太陽のカケラ...8



入学式の今日、学校で行われるのは式とホームルームのみ。
後は寮でちょっとした挨拶があるとの事だ。

「そんな訳だからお前ら遊んでねえで真っ直ぐ寮に帰れよ。地元組は真っ直ぐでなくてもいいけどな。ま、適当に遊んで帰れや」

教壇に上がるのは教師、なのだろうとは思うのだが挨拶もなしに開口一番これだ。
入学式だからだろう、細身のスーツにオールバック。見た感じは線の細いサラリーマン、しかも高級、の文字が付きそうな恐らくは瑛麻の父より幾分か年下の男、に見える。まあイイ男の部類だろう。

しかし顔の良い奴が多いなあとのんびり思いながらも、ちっとも訳が分からない。
のは瑛麻だけらしく、クラスの皆は驚くこともなく教師の言葉に突っ込みを入れつつ笑っている。
一人だけ不思議そうに見ていたら教師と視線が合ってしまった。
ばちり、と音を立てそうな視線の合いかたはあまり宜しくない。

「さーて、お前ら!珍しい外部生だぜ?おい院乃都。自己紹介して、先生にごめんなさいしろ」
「は?」

何を突然言い出すのか。顰めっ面をする瑛麻に教師の方も顰めっ面をして瑛麻を睨む。

「お前、通達行っていただろう?式の前に理事長室に寄って職員室に寄って寮に寄ってから入学式!
全部すっぽかして式だけひょっこり顔出して。一応心配したんだぞ。主に理事長が」

最後の部分を強調する教師の言葉にうっすらと思い出した。
そう言えばあちこち寄る様にと、すっかりしょぼくれた父に言われた記憶がなくもない。

「あー・・・すいませんね。何分右も左も分からないもんで。で、何で俺だけ自己紹介なんすか」

その前にお前が何だかも知らねえっつーの。と教師なのに睨み付けていればなぜかにんまりと悪巧みの笑みを向けられるし、クラスがざわめいて瑛麻一人だけが異世界人みたいで大変に気分が悪い。

「そりゃだって、今年の外部生ってお前だけだし。目立つぞー。人寄せパンダだぞー。って事で自己紹介!ついでにホームルーム終わったら職員室。はい立った立った!」

ここはひとつ、机を蹴り上げて教師に吹っ飛ばせばこの気分の悪さもなくなりそうだし、スッキリしそうだ。
どうにも物の言い方が瑛麻の癪に障る。
別に望んだ進路じゃないし、いっそここで。なんて危険思考に陥った瑛麻に意外な所から助けが現れた。

「みーちゃん?久々の外部生が珍しいからって苛めちゃダメでしょ?ほら、院乃都君困ってるし、ボク、気分悪いもん。いくら持ち上がりだからって知らないヒトだっているんだし、ちゃんとみんなで自己紹介しよ、ね?」

ここは確か男子校だったはず、だ。
なのに立ち上がってやたら可愛い口調でのんびりと教師を責めたのは、女の子、しかも美少女。だった。

いやだって、どう見たって女の子にしか見えない。
制服は着ているものの、ふわふわの、ちょっとくるんと巻いた茶色の髪にこぼれ落ちそうな大きな瞳はきらきらと輝いて、真っ白い肌と妙に赤い唇が不満そうに結ばれているのがまた可愛らしい。
身体つきも細くて小さく、瑛麻より10cmは小さそうだ。

そんな可愛らしい女の子に、けれどクラスの空気がざわりと揺れる。
可愛い子に怒られた、的な軽いざわめきではない。
これは、恐怖におののくざわめきだ。教師もざっと顔を青ざめて一歩下がっている。

「す、すまん。そ、そうだよな。初日で先生はしゃいですまん。それじゃ右端の前から自己紹介にするか」
「その前に先生の紹介でしょ?もう、若いのにモウロクしちゃったの?みーちゃん」

もう可愛い子の独壇場だ。すっかり恐怖におののく中でこそっとカオルが耳打ちしてくれる。
カオルと遊佐だけは怖がっていないのもまた不思議だ。

「アイツはサチね。可愛い顔してるけど、生徒会長の弟で、ああ見えて空手、柔道、剣道、合気道の猛者。言い寄る男共を切って投げて蹴りつけて、ついたあだ名が狂犬な」

そりゃまた随分と似合わないあだ名だ。
感心していれば青ざめたままの教師、美里が担任だと挨拶して、ようやく教師らしい所を見られたといっそ感心できた。

「まったく。初日からこれかよ。はいはい、睨むなって。先生が悪うございました!俺は1年Bクラスの担任の美里な。まあ一年宜しく頼むぜ」

ようやく担任の名前も知れて、淡々と自己紹介はそれなりに盛り上がりつつ、しかしサチの恐怖におののきながら淡々と進んでいく。

自己紹介だけでもいろいろ見えるものだ。
凡庸に見えるヤツやら、良家の坊ちゃんらしいヤツやら、不良っぽいヤツやら。
半数が既に私服になっているから正直顔を覚えろと言われても私服じゃ難しい。
そうして、やっぱりカオルと遊佐、それにサチは別格の様だ。

「神野樹カオル。知ってるけど改めてヨロシクな。好きなのは庭いじりと稲刈り。
お前ら暇だったらいつでもウチに手伝い来いよな。バイト代は出ないけど。あ、ウチ、庭師と農業だから。畑もあるぞ広いぞ♪」

にこにことカオルが自己紹介すればあちこちから歓声が上がる。
親しみやすく、屈託のないカオルの事だ。人気者なのだろう。
ひらひらとクラス中に手を振りながら楽しそうで。

「夏樹遊佐。今年もよろしくな。カオルに同じく、だ。俺ン家は林業、農業な。待ってるぜ」

遊佐が喋ればどうやらカオルの相方らしいのは分かっているらしく、同じ種類の歓声が沸く。
本当に人気者だ。



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