太陽のカケラ...3



そんなやり取りが一週間前の事。
それからはもう逃げつつ遊んでまた逃げての繰り返しだった瑛麻だ。

友人とか顔見知りとか、不在がちだった両親には知り得ない友人が山ほどいる瑛麻だ。
その中には悪い友、悪友も山ほどいて、隠れるにはうってつけ。
残念ながら恋人の所には迷惑になるのが分かっていたから潜り込めなかった、と言うか直ぐにバレるから駄目だったけど、折角の機会だからちょっと頑張れば良かったかもしれない。
ではなくて、まあそれなりに楽しかった逃亡生活だ。

どうせ一週間以上経てば我慢できなくなった和麻に発見されるとも予想していたし、最初から本気で逃亡する訳ではなかったのだ。
なのに、結局は和麻に頼らなきゃ子供の一人も発見できないなんて、仰々しい名前の割には使えない。

「普通のガキが歓楽街で偽造パスポート持ってる訳ねえだろうが。高飛びでもするつもりだったのか!?どこでこんなの手に入れた。お父さんは聞いてませんよ!」

そして使えないのがもう1人。
瑛麻の目の前でしかめっつらをしている父だ。まあ使えないと言い切るのも可哀想だけど。
ふかふかのソファに沈んだまま結構座り心地良いなあなんて思いつつ瑛麻がつんと顎を上げる。

「暫く北欧にでも遊びに行くつもりだっただけ。言ってねえから知ってる訳ねえだろ。お父さん、ならもうちっと息子の行動把握しとけ」

ふふん、と笑えばぐっと父が押し黙る。
どうやったって父の方が弱い立場なのは仕方がない。


さて。瑛麻達がどこにいるかと言えば、父の実家だと言う豪邸だ。
仰々しい洋館の、そりゃもうデカイ家の、一室。
連れて来られるままに部屋に入ったから、ここがどこだか正確な場所は瑛麻にはさっぱりだ。
けど、この家で一週間も寂しい思いをしていた和麻はやっと戻った兄を抱き込みながらこっそりと2階の客室だと教えてくれた。
普通の家にこんなデカイ客室はないけど、まあ豪邸だからあるのだろう。

「聞いてんのか、瑛麻。一週間も逃げやがって。心配するだろうが」
「はん、心配?そりゃ珍しい言葉聞いちまったな。父親らしくて何よりだ」
「親だから心配するのは当たり前だろうが!全く、我が息子ながらとんでもねえ」
「ふん」

久々の親子の対面だと言うのに微妙な空気だ。
和麻に捕まって車で運ばれて、無言の時間を挟んでやっと喋り出したらこれ。
頭上から和麻の溜息が落ちてきたけど気にしない。
ついでに父の周りでコメカミをピクピクさせている黒服集団も気にしない。

「全く。和麻様はともかくこれが当麻様のご子息とは・・・」

気にしてなかったのに黒服が喋った。和麻と一緒にいたヤツだ。
そう言えばとっても瑛麻を嫌ってるみたいで、今もあからさまに見下されている。位置的にも見下されてるけど。

「柄沼(えぬま)、良い。瑛麻、ちっとくらいは俺の話を聞いてくれ。悪い話じゃないだろうが」

黒服の一人は柄沼と言うらしい。父と同じ位の年齢に嫌味ったらしいメガネにスーツ。
見るからに秘書って感じで、恐らくはそうなのだろうと思っていれば和麻に秘書の一人だと教えてもらった。

「悪い話しかねえよ、クソッタレ」

がん、とテーブルを蹴ればこんな真夜中だと言うのに用意されつつも、一口も飲まれていない紅茶のカップがガシャンと揺れて、
面白いくらいに黒服集団が身じろぎする。今にも飛びかかりそうだ。
父もびくっと肩を揺らす。ああ、顔が怒ってるなあと思うけど、瑛麻の方が怒りは大きいのだ。
静かに深く。怒鳴らない怒りは大きすぎる怒りだ。それを分かっているのはこの部屋では本人と和麻だけ。

手を伸ばす先はカップ。その仕草に和麻が瑛麻から一人分だけ離れる。
手に取ったのは繊細な、きっと絶対高級品なカップ。
用があるのは紅茶ではなくて、カップそのもの。

「なあ、お父さん?そんな顔しなくっても、俺も怒ってるんだぜ?」

薄くて繊細なそれを、力を込めてテーブルに打ち付ければ面白いくらい綺麗な音と、まだ熱い紅茶が瑛麻の手を濡らす。

残るのは、手に残る尖った残骸。

「瑛麻!」

父の悲鳴に近い怒鳴り声と黒服の声にならない悲鳴が聞こえる。
うるさい。

「黙れ」

それは、子供の出す声じゃない。
妙な威圧感に立ち上がった父が無言でソファに沈み、黒服集団は押し黙る。

沈黙の中、瑛麻の手は残骸をすう、と首筋にもっていく。
尖った残骸はつぷりと瑛麻の首に刺さり、血を滲ませた。




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