花咲く海で...16





市場は夜が深くなる頃になって本格的に動き出す。
元々は魚市場が深夜から動き出すと言う事で夜の市場だったのが、市場が終わってからそのまま宴になり、何時の間にやら酒屋や食料品店が軒を連ね、そのまま他の品物も扱う様になり、それが増え、今の状態になった。

すっかり夜も深くなり、世界は優しい夜の闇に覆われているけれど、市場は煌々と明かりが焚かれていてキラキラと輝いている。灯りは主に松明と蝋燭だが、色硝子を通して様々な色の光になっていて、とても綺麗だ。

お店が沢山。人も沢山。昼間の市場と違うのは夜の闇と灯りと、道端のテーブルセットと酒の混じった喧噪だろうか。それぞれ好き勝手に使用出来るテーブルと椅子は勝手に移動しても良いからあちこちで夜の宴会になっている。

そんな中を夕食を終えた翔愛達はのんびりと歩いていた。
翔雅に手を引かれて人の波を泳ぐ。人ごみで歩みは遅いが目に映る物、全てが珍しくて楽しい。見慣れている物さえ夜の光で珍しく見えてしまう。この大通りにある露天や店は魚と関係の無い、日用品や輸入雑貨ばかりだ。魚の市場はもっと先との事だ。

「お店も人も、いっぱいです」
「そうだな。毎日こんな感じだ。朝まで賑やかだぞ」
「・・・すごい、です」

夜市の賑やかさは翔愛には初めての物だ。昼間の商店街とはまた違う賑やかさで、驚いている間にどんどん翔雅と翔愛の周りを人が通り過ぎていく。皆、市場で買い物をした後なのか、それぞれに荷物を抱え、そうでない人は露天や店を眺めながら歩いている。それ以外には、酒瓶や食べ物を抱えながら、飲み食いしながら歩いている人も多い。それぞれ好き勝手にしながらも、集まれば活気としてより一層賑やかだ。

「翔愛、これはどうだ?お前に似合いそうだが」

翔愛が驚いている間に翔雅はさっさとお目当ての物を見つけた様だ。立ち止まったのは布屋の前で、手に広げているのはとても繊細な刺繍のある深い海の色の布だった。

「きれいです。翔雅さまにも似合うと思います」

深い海の色は金の髪の翔雅にこそ似合うと思う。いや、海の色も似合うけれど、他の色だって。
お店を見れば白地に朱と銀の刺繍のある布が見えて思わず手に取る。

「これも翔雅さまに似合うと思います」

そうして翔雅の前に布を広げれば本当にお似合いだ。嬉しくなって笑みを浮かべれば何故か翔雅は苦笑する。

「・・・2枚買ってみるか」

どうやら翔愛に進めたかったらしい。けれど、翔愛だって翔雅の物を選びたい。綺麗な翔雅は何を着ても似合うと思うのだ。真剣に。

「分かった。では俺と翔愛。二人揃いで服を作ってもらおう。な?」
「翔雅さまとお揃い・・・」

それはとても素敵な提案だ。そう言えば翔愛と翔雅の服がお揃いになるのは寝巻きくらいだ。普段の服もお揃いになれば、とっても嬉しい。

「うれしい、です」

はにかんで翔雅を見上げれば頭を撫でられた。

「偶にはこうして自分で選んで作るのも良いな」

翔雅も嬉しそうに微笑んで、お店の人に注文をする。羽胤の服は簡単な造りだからその場で注文が出来る。大まかな大きさだけを伝えれば良いのだ。

普段は翔雅も翔愛も天丸や珊瑚に選んで貰った服を着ている。自分で選ぶ事はあまりない。そもそも翔雅は王の衣装があるから服に拘りは全くない。翔愛に至っては服を選ぶと言う概念そのものがない。
だから、こうして二人で選ぶ事は初めてで、何だかくすぐったい気持ちだ。



そうして、お店を出てまた市場を歩く、もう深夜で、普段ならば夢の中に居る時間だ。それなのに相変わらず市場は賑やかで、けれど少し雰囲気が変わった。
辺りを見渡せば買い物に歩く人々より、道にあるテーブルで寛ぐ人の方が多くなっている様だ。ざわざわとした雰囲気で、あちこちで音楽や歌まで聞こえてくる。

「朝の市、まあ時間的には真夜中の魚市場が始まるまではこんな感じだな。俺たちもそろそろ休憩するか」

もう沢山歩いた。市場はそう大きくはないが、あちこちのお店を見て回っているから言われてみれば疲れている。はふ、と息を吐いた翔愛に翔雅が笑いながらも翔愛の背を支えてくれて近くのテーブルまで移動した。

空いている席はなかったのに、もう休憩が終わりだからと席を譲ってもらった。皆笑顔で気前が良く、程良く酒も入っているから更に気前よく残り物だけれども、と酒を幾つかと果物も譲ってもらった。残念ながら翔愛の飲む果実水はないからと、今度は葉多が飲み物を買いに行ってくれている。

「どうだ?楽しいか?」
「はい。とても楽しいです。夜に、こんな賑やかな所があるなんて、はじめて知りました」
「そうだな。夜遊びも中々楽しいだろう?」
「はい!」

喋っている間に葉多が戻ってきて、新しいデザートも追加された。
それぞれ酒と果実水を飲みながら果物を摘んで、ふうと息を吐く。夜市の賑わいは人の熱気を含んで少し暑い。冷たいデザートが美味しくて、身体が冷えるからとても有り難い。
辺りも翔愛達の様に休憩している人が多い様で、ざわめきが少しだけ静かだ。けれど相変わらず宴会を開いている人達も多くて遠くから近くから楽しそうな音と歌声が聞こえてくる。

「にぎやかです。みんな、楽しそうです」
「そうだな。それぞれ好き勝手にしているが集まれば連帯感も生まれる。ほら、あっちはまさにその例だな」
「あっち?」

翔雅に言われた方は翔愛の座る所の真後ろだ。確かに賑やかな音楽と歌声と、それに歓声まで聞こえてくる。振り向けばとても大きくて横に長いテーブルがそのまま舞台になっていた。テーブルなのに、その上で楽しそうに踊っている人が居る。しかも沢山。

「うわぁ・・・踊ってます。でも、テーブルの上ですよね?」
「ここに居るヤツらはあまり気にしないからな」
「いっぱい居ます。すごい、です」

とても楽しそうだ。踊る人は軽やかにテーブルの上を器用に動き回り、なのに同じテーブルで酒を飲む人も多い。皆それぞれ歌って手拍子して、呆然と見とれている内に楽器を持つ人達までテーブルに乗ってしまった。

歌い踊り、共に飲んで騒いで、とても楽しそう。
見とれていると楽器を持った人達が翔愛達の周りにも増えてきた。どんどん人が集まってくる。楽しそうに見ている翔愛とは違い、翔雅達は人の多さに顔を顰めた。

「しまった。ここは中心か。巻き込まれない内に避難するぞ」
「その方が良いですね。子由殿、行きましょう」
「翔愛、行くぞ」

翔雅に抱き上げられた。どうして離れてしまうのだろう。とても楽しいのに。

「今の内に離れないと巻き込まれて朝まで付き合わされてしまうんですよ」

人混みを急いで抜ける翔雅に慌てて掴まれば子由が苦笑しながら教えてくれた。

「ヤツらは手加減がないからな。流石に朝まで付き合わされるのはキツい」
「でも、楽しそうでした」

遠ざかりながら少しだけ寂しい。きゅ、と翔雅の服を掴めば苦笑した翔雅にしっかりと抱きしめられた。

「また今度な。心配しなくても毎日が祭だ。それに、今日は留華に戻らなければならないからな」
「・・・今度。行きたいです」
「ああ。一緒に行こう」

ふわりと微笑んだ翔雅に翔愛も微笑む。また今度。
今は留華へと戻るのだ。






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