花咲く海で...15





羽胤の夕暮れは長い。それは天丸から聞いた話だけれども、確かに愛綺と比べれば随分とゆっくりだと思う。
翔愛にとって、比べる単位はあの狭い部屋での事でしかないから、どうしても愛綺との差になる。あの頃は部屋が真っ赤に染まっても何も思わなかったけど、今はこの赤く染まった世界も綺麗だと素直に思う。

そんな夕陽の中、大急ぎで街に出た翔雅と翔愛、それに警護にと子由と葉多が本島に向かう船に滑り込みで間に合った。
翔雅達と比べてどうしても翔愛は足が遅い。と言うか長さが違うし、そもそもの体力が全く違う。だから、宮殿から港まで翔雅に抱えられての滑り込みだ。
翔愛は抱き付いているだけだったから楽だけど、ずっと走っていた翔雅達は少し息が荒い。留華の島から羽胤の本島までは少しの間で着いてしまうから、甲板で休む間に到着だ。けれど、着いた港は出発の時の港ではなかった。

「翔愛は初めてだな。ここは羅着(らき)の港だ。出発したのが鈴穏(れいおん)の港で羽胤の表玄関だが、ここは主に市場と一緒になっている、まあ羽胤の勝手口だな」
「お店が沢山あります。夜なのに開いているんですね」
「だろうな。ここらへんは夜から市が始まって、朝に終わる。朝方になれば港から魚も揚がるから一層賑やかになるぞ」

確かに賑やかだ。もう日が暮れかけている時間で空が夜色になりかけている。普段はお風呂の時間だけれども、市場は今から賑わいを増す時間で、今でも既に賑やかだ。露店が並ぶ大通りに、開店準備をしている店、今から露店を組み立てている所も多い。

「さ、まずは市場を見学、の前に飯にするか。葉多、あそこにしよう。子由、飲み物を頼む」

翔雅に手を引かれて歩き出す。星南に詰めて貰った夕食は葉多が持っている籐籠の中だ。子由は近くの露店で飲み物を買っている。向かう先は道の端に無造作に置かれているテーブルセット。見ればお店の物では無さそうで、どうして道なのにテーブルがあるのだろうと首を傾げれば、これは誰が使っても良い物だと教えてもらう。

「市場だからな。ここで食うも良し、飲むも良し。その内宴会も始まるぞ」

そうして朝まで飲む人や途中で働きに出る人もいるのだと翔雅が言う。言われてみれば道の至る所にテーブルと椅子があって、中には道の真ん中にどん、と置かれているテーブルまである。

「賑やかです。こんな中でご飯は初めてです」
「そう言えばそうだな。偶にはこんな所で飯も良いだろう」

そうして葉多と翔雅がテーブルの上に食事を並べて、翔愛も小皿一緒に並べる。何も出来ない翔愛だけれども、これくらいは出来るのだ。せっせと用意すれば急いで用意した割には豪華な夕食が並んだ。

「はい、飲み物ですよ。一緒に冷たいデザート付きです。流石に冷たい物は持ち運び出来ませんからね」

子由も両手に飲み物とデザート抱えて戻ってくる。羽胤国は暖かい国なのに冷たいデザートが多い。どうやら国中に海水を利用した冷蔵庫が設置されているらしく、それは市場でも健在の様だ。だから飲み物も冷やされていて、果実酒と果実水。それに果物に直接穴を開けた飲み物が幾つか。デザートは小さな葉っぱの器に砂糖漬けされた果物が幾つか。並べられた品々に何故か翔雅の眉間に皺が刻まれる。

「・・・買ってくるとは思ったんだが、どうして酒ばかりなんだ?」
「だって夜ですもの。夜は酒と決まっているんですよ」
「警護だったはずじゃなかったか?」
「細かい事は気にしない方が良いですよ」

にっこりと微笑む子由に溜息一つで諦めた翔雅が果実水を翔愛の前に置いてくれる。果物に直接穴を開けた果実水は瓶に入っている果実水より濃くて美味しい。両手で持てば翔雅達は果物の皮を使ったコップに酒を注いで乾杯している。もちろん翔愛の果物水にも乾杯してくれて、賑やかな夕食が始まった。
市場の中での食事は本当に賑やかだ。翔雅に盛ってもらった小皿をせっせと減らしている間に市場は本格的に動き出し、同時に道にあるテーブルも人で埋まっていく。やはり夜だから酒盛りが多いらしく、騒ぐ声に笑い声、歌声も聞こえてくる。


「夜が更ければ踊る奴も多くなるぞ」

市場なのにお祭りの様だ。夕食を終える頃にはすっかり夜になり、市場の灯りが夜の闇を明るく照らしている。

「じゃあ市場見学と行きましょうか。我々は後ろからついていきますので、見たい所を見て下さいね」
「すまんな。では、行くか」

差し出された翔雅の手に自然と翔愛の手が重なった。






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