星降る庭で...70



悲しかった。やっぱり、と言う想いと一緒に、どうして?と問う気持ちもあった。
覇玖の言葉は記憶は翔愛にとってはとても悲しいものだった。嫌われていたのだ。ずっと、ずっと嫌われていたのだ。
父にも、見た事の無い兄にも、覇玖にも。生まれた時からずっと、嫌われていたのだ。

けれど翔愛にとって覇玖はただ一つの光だったのも事実。覇玖しか居なかった。薄暗い部屋に笑顔で訪れて少ない時間で色々な事を教えてくれて、抱きしめてくれたのは、覇玖だけ、あにうえ様だけ。
ずっと、ずっとそんな生活が続くと思っていた。この羽胤と言う国に来るまでは。

暗闇はどこまでも深く翔愛を飲み込む。
何処までも闇は続いて底が無い。ずっと一人。誰も翔愛を見てはくれなかった。みんな、翔愛を嫌っていた。人が人を嫌う、その意味さえ知らなかった翔愛だけれども、好かれているとは思えなかったあの頃。
薄暗い部屋は狭くて一人ぼっちの翔愛は何も知らなかったけれど、それでも覇玖が訪れてくれた後にはどうしようも無い想いを抱えていた。
それは言葉に出来ない悲しい想い。身を裂かれる悲しい気持ち。
ずっと、ずっとそんな気持ちを抱えて生きていくのだと思っていた。いや、翔愛には生きると言う意味も分からなかったけれど。


ぱちりと目が覚めた。
覇玖の悲しい話を聞いてからどうしても涙が止められなかった。泣いて泣いて泣きじゃくって、覇玖の話を聞けば聞く程に悲しくて、どうしても溢れる涙を止められなかった。でも、翔雅に抱きしめてもらったのは覚えている。優しい翔雅はずっと翔愛を抱きしめてくれていて、ずっと翔愛を慰めてくれていた。

あれからどうしたのだろう。
目を覚ました翔愛はそっと視線を上に上げて、驚いた。

「起きたか?」

目の前に翔雅の顔があったのだ。優しい微笑みを浮かべている翔雅がそっと翔愛の額に唇を落とした。

「身体の調子はどうだ?何処か辛い所は無いか?」

翔愛の事を気遣ってくれる。まだ状況の把握出来ない翔愛は何も考える事無く頷いて、それから少しの間を置いてようやく今の状況が分かってきた。
翔愛も翔雅もまだ寝間着では無くて、でも寝台に横になっている。横になっている翔雅に軽く抱き寄せられながら眠っていたのだろうか。そっと視線を辺りに這わせばうっすらと闇が出ていて、でも今の時間が何時だなんて翔愛には分からない。

「今は夕暮れを少し過ぎた時間だ。丁度夕食時だな」

きょろきょろとする翔愛に気づいたのだろう、翔雅がくすりと笑って翔愛の頭を撫でてくれた。

「ん?まだ目が覚めないか?」

何処かぼんやりしている翔愛に翔雅が視線をあわせてくる。
覗き込まれる色はきらきらの金色と深い森の色。でも、森の色に移る翔愛は真っ黒。
じわじわと今までの事が翔愛の中で明確に浮き上がってくる。翔愛の色が元に戻って、翔雅が受け入れてくれて、覇玖から話を聞いて。

「・・・・ぼく」

沢山泣いて泣いて泣きじゃくって。でも、それからどうしたのだろう。今ひとつ記憶が曖昧になっている翔愛に翔雅がそうっと翔愛を抱き寄せながら起き上がった。

「薬湯を飲んで眠っていたんだ」

翔雅の腕は暖かくてほっとする。見上げる表情も穏やかでじっと翔雅を見つめていると苦笑した翔雅が少しだけ翔愛を揺さぶった。

「どうした?」

柔らかい声に触発されるかの様に、ほろりと、瞬きした拍子に一粒だけ涙が滑り落ちた。

「ぼく、きらわれていたんですね・・・」

頭の中にはその言葉しか無かった。覇玖が語った言葉が今になってもまだ頭を巡る。いっぱい、いっぱい泣いたのに、それでもまだ涙は尽きない様でじわじわと翔愛の瞳に涙が浮かぶ。けれど翔雅は肯定も否定もせずに翔愛の目尻に唇で触れた。

「俺は嫌ってはいない。覇玖殿が嫌っていたとしても、俺は翔愛を好きだ。それに、天丸も椛も倫斗も珊瑚もだ」

翔雅は何を言っているのだろう?唐突に嫌いでは無いと言われても、それは覇玖の事ではないのに。
けれど翔雅の言葉は温かくて涙が止まった。

「今は、それで勘弁してくれ。これ以上、お前に泣かれるのは辛い」

そうして、続けて落とされた言葉と小さな口付けが完全に翔愛の涙を止めた。暖かくて優しくて大きくて、見上げる翔雅は翔愛をとても心配してくれている。その心遣いが分かるから翔愛はこくりと頷いて目の前にある翔雅の服をきゅっと掴んだ。

「僕も、翔雅さまのこと、すきです」

小さな声で翔雅を見上げながら呟いた。翔愛を抱きしめてくれて笑顔を向けてくれる大きな人。沢山の事を教えてくれて、ずっと一緒に居ようと言ってくれた。そんな翔雅を今はとても好きだと思う。最初はとても怖かったけれど、今はとても優しい。そんな翔雅を好きだと思う。一緒に、ずっと一緒に居たいと思うのだ。

翔愛からこぼれ落ちた言葉は初めて聞く言葉。思わぬ言葉に翔雅の瞳がぱちりと見開かれて、それから、とても嬉しそうに微笑んだ。

「・・・ありがとう。翔愛」

ぎゅっと抱きしめられて翔雅の腕の中にすっぽりと入ってしまう。翔雅の腕の中はとても暖かくて安心出来る所。悲しい気持ちがするりと無くなって暖かい温度にほわっと心が緩む。

「さて。そろそろ食事だな。腹はどうだ?食べられそうか?」
「お腹、すきました」
「そうかそうか。沢山食えよ」

嬉しそうに笑う翔雅が翔愛ごと立ち上がってすたすたとリビングへと足を進める。翔雅に抱き上げられた翔愛は子供の様に翔雅の片腕にちんまりと乗って、けれど離れがたくてきゅっと翔雅の首に両腕をまわした。





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