星降る庭で...36



大きな朱色の傘の下に敷かれた分厚い絨毯。その上に何処から持ってきたのかクッションまで敷かれていて、そのふわふわの上で朝のピクニックが始まった。

徐々に薄暗く、明るくなってきた空に変わらぬ波の音。
初めてじっくりと座る外の空気の中で翔愛は少しの怖さと大きな好奇心を抱えて翔雅の隣に座っている。
天丸と椛が朝食の準備をしてくれている中でどかりと座る大きな翔雅の隣にちょこんと座る翔愛はただ黙って海を眺めている。

不思議な気持ちだ。この海と言うものを見ていると。
とても大きくてとても深いのだと天丸に教わった海。今は黒い色をしているけれど、朝日が昇れば真っ青な綺麗な色になる。それくらいはずっと窓から外を、海を見ていた翔愛でも知っている。今はまだ黒くて怖いけど朝日が昇ればとても綺麗になるのだと翔雅も教えてくれた。

大きな翔雅はただ座っているだけでは無く、天丸と椛とあれこれ喋りながら主の他強い海の風に揺れる翔愛を片手で支えてくれている。太くて長い腕は片方だけで翔愛一人をすっぽり抱え込む事が出来るのだ。その腕の中は風の冷たさも届かなくて、ほんのりと暖かい。強風が吹くたびに取れそうになるショールも翔雅が抑えてくれている。あんなに怖い腕が今は翔愛を守ってくれている。

「朝日が昇れば温度も上がる。そうしたら少し砂浜を歩くといい」
「そうそう、偶には運動しないと鈍っちゃいますからね。ああっ、椛殿、それはその器じゃありませんよ。こっちの葉の上です」

翔雅が翔愛の方を見て微かに微笑むと天丸が朝食を器に盛りつけてくれながら騒ぐ。

「分かってるよ。ったくどうして俺が飯の準備なんぞ・・・お、こりゃ随分可愛らしいデザート付きだな」
「雷吾特製ですね。美味しそう」
「ああ、確かに旨そうだな」

椛の大きな指先が指さすののはとても可愛らしい細工の施されたデザートだった。
ちなみに雷吾と言う人は羽胤城の料理長なのだと、何故か天丸が自慢気に教えてくれて、翔雅と椛はただ笑っていた。

何やかんやと賑やかに朝食の準備を進めていく3人を眺めながら翔愛も少し微笑んだ。
この賑やかさが楽しいと思う。今まで感じた事のない楽しさ。人の楽しそうな声を側で聞くのは翔愛にはとても少ない経験だ。何時だって側で聞こえた声は冷たい声ばかりで、唯一楽しい声だと感じたのは兄である覇玖だけだったから。

騒ぎながらようやく準備の終わった朝食は、朝食とは思えない程に豪華でとても綺麗に盛りつけてある。
それをさらに小さな皿に食べやすく盛って翔愛に渡してくれるのは天丸だ。天丸は以外に世話好きなのだと椛がガツガツと食事をしながら笑う。
小さな声でお礼を言ってお皿を受け取った翔愛は小さな口でもくもくと食事を始める。羽胤の食事は何時でも美味しい。何より自分一人で食べる食事で無いのがとても美味しく感じる。

「そう言えば、お前は甘い物が好きなのか?何時も多く食べているな」

翔雅が翔愛の皿を覗き込む。小さな皿にはどちらかと言うと甘い食感の物が多い。

「好き、です」

確かに甘い物が好き。まだ口の中に残る食べ物を飲み込めずにそのまま返事をすれば翔雅が優しい表情を見せてくれる。

「そうか。じゃあ俺の分も食え。お前はもう少し肉をつけろ」
「にく?」

肉を付けるとはどう言う意味なのだろう。首を傾げる翔愛の皿に翔雅が次々に食べ物を載せてしまう。翔愛にはとても食べきれない程にあっという間に乗せられてしまった。ずしりと重くなってしまった皿に困惑すれば椛も天丸も笑う。

「もうちょい太れって事だよ、姫さん。今のままじゃ細すぎるからな」
「太る・・・太った方が良いのですか?」
「太りすぎは身体に良くありませんが、翔愛様はもう少し太った方が健康的ですよ」
「・・・わかりました」

実は太る、と言う事も今ひとつ良く分かってはいないけれど、とりあえず食べれば食べるだけ良いと言うのならと、翔愛は重い皿の上の食料を攻略しにかかる。とは言っても元から小食な翔愛だ。どんなに一生懸命口の中に食べ物を入れてもなかなか皿の上は減らずに持っている手がだんだん重たくなってきてしまう。そんな翔愛に意外な所から助けが現れてくれて。

「重いなら重いと言え。いくら太れと言ったってすぐには無理だろうが。ほら、貸せ」

隣から翔雅の呆れた声と一緒に大きな手が翔愛の皿を奪う。
まだ食べ切れていない、元は翔雅が増やした皿の上をそのまま翔雅があっという間に食べきってしまった。

「ごめんなさい」

せっかく乗せてくれたのに、としゅんと翔愛が俯けば無言で翔雅の手が翔愛の頭を撫でてくれた。ショールの上から優しく触れてくれる手はぽんぽんと軽く撫でてすぐ離れてしまう。驚いて翔雅を見上げれば思いの外優しい微笑みが返ってきてとても柔らかい視線が翔愛を見下ろしてきた。

「出来るだけでいい。誰もお前を責めてはいない」

静かに告げて、それからもう一度軽く翔愛の頭を撫でてくれた。
何でだろう、とても翔雅が優しいのは。今までが今までだっただけに翔愛は不思議で思わず翔雅をじっと見てしまう。大きな瞳の、翔雅と同じ色が不思議そうに見つめてくる。ぱちぱちと瞬きしながらそれでも一心に見つめてくる瞳に翔雅の瞳も優しく細まった。





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