マールファンの泳ぐ空/プロローグ

冬の寒さがうすくなって、気温もぬるくなった頃、世間様は卒業式シーズンになる。
桜はまだ咲かないけれど、膨らんだ蕾が桜の開花を想像させて、ちょっぴりわくわくする季節でもある。

けれど、卒業式は切ない。新しい道に進む清々しさと、別れの悲しさがごちゃまぜになって、どうにも切ない。

体育館の内、壇上に上がった朱理(あかり)はほんの少しの悲しさと、中学校生活では一度しか体験できない卒業式と言うものにひっそりと感心していた。
朱理は生徒会長で、現在、卒業生代表として挨拶をしている真っ最中だ。

今日でお別れ、卒業式。

ずらりと並んだ椅子には生徒と保護者がぎゅうぎゅうになっていて、あちこちにダルマストーブがある。出入り口は冷えるからストーブも多くて、寒さに負けた先生がこっそりストーブにかじりついている。見下ろす生徒達はあんまり厳粛な雰囲気じゃなくて、うっかり眠りこけている奴もいれば、式に飽きて隣と遊んでる奴だっている。卒業式だけど、二度と会えない訳じゃないからお気楽で、どこか間が抜けていて面白い。

最後までいろいろと楽しいな。

声はあくまで静かに神妙に。でも、心の中はちょっぴり楽しい。
切ない気持ちもあるけれど、思い浮かぶのはいろいろやった3年間の、楽しい記憶ばかり。おまけに遊んでる生徒が朱理に手を振ったりなんかして、うっかり手を振り替えしそうになってしまう。

「以上を持って答辞とさせていただきます。卒業生代表、篠塚朱理(しのづか あかり)」

やっと読み終わった。ふ、と息を吐いて礼をすれば拍手と、少しだけすすり泣きの声が聞こえてくる。
常の式よりも拍手が多いのはこれが卒業式だからだろうか。ひっそりと心の中で笑っていた朱理もぐっときて、少しだけ涙が浮かんでしまった。
慌てて顔を振って涙を隠しながら席に戻れば隣の生徒がにっこりと微笑みながら肘で突いてきた。

「ちょっと涙ぐんじゃったでしょ、朱理」
「んな訳ねーだろ、海理(かいり)じゃあるまいし」

海理と呼ばれた生徒は朱理と全く同じ顔で、全く同じ見かけ。一卵性双生児だ。
普段は違うクラスで、もちろん今日の席だって離れていたのに卒業式くらいは朱理の隣が良いんだ!と海理が駄々をこねて隣同士になってしまったのだ。
通常ならば有り得ない我が侭でも卒業式は別らしい。最後だからと先生達の許可まで得て堂々と朱理と海理は隣同士だ。

こうして隣に座ると目立つ兄弟だ。
さらさらの黒髪は耳より少し長め。アーモンド色の瞳は大きくて少し垂れているのが可愛らしい。顔の造りも全体的に甘く、中学卒業だと言うのに、未だに幾つも下に見られてしまう事が多い。色も白く、標準より身長が低くて華奢で、まだまだ成長期のまっただ中にいる不思議な魅力がある。そんな顔形が瓜二つ。
外見が全く一緒の双子の見分け方はしゃべり方と、性格の違いだけ。
イマドキの男の子らしい言葉遣いをするのが、兄の朱理で、華奢な印象をことごとく吹き飛ばしてくれる。
反しておっとりとした言葉遣いで、性格ものんびりしているのが海理で、少し喋れば誰でも違いが分かる。なのに、見かけは全く一緒。二人の話によればホクロの数も一緒らしい。

「もう、終わっちゃうね」
「だな。腹へった」
「もう、ちょっとは感慨深くないの?」
「俺の心は今日の昼飯だけ」

こそこそと喋る姿がとても目立ってしまう。これ以上喋っていると先生に見つかってしまいそうで、卒業式なのに怒られるのはいやだ。

「ほら、海理。もう黙れ。後で説教くらっちまう」
「ん・・・」

小さく頷いた海理が俯きながら鼻を啜れば当然の様に朱理が手を伸ばしてさらさらの髪をくしゃりと撫でてから、膝の上できゅと握った手に手を重ねる。
顔は正面を向いたままだけれども、手は繋がっていて、海理の大きな瞳に涙が浮かんだ。




そんなこんなで。
卒業式は滞りなく終了し、卒業証書を片手に朱理と海理は体育館の外に出た。

結局、海理は大きな瞳からぼろぼろと涙を零し、朱理は苦笑しながらもちょっぴりもらい泣きしてしまった。
鼻を真っ赤にした海理は照れくさそうに笑って、朱理も笑って沢山の同級生やら後輩やらに囲まれてしまった。目出度く後輩からの花束攻撃にあって、臨時花屋が開けそうな勢いだ。

「ったくもー、こんなにあっても勿体ないってのな」
「でも嬉しいよ。僕と朱理で二倍だね」
「どうせ帰る家は一緒なんだから2人一緒でいいのにな」
「そんな事言わないの。ほら、父さんたちに預けて僕達も行こう?」
「そうだな。よっしゃ!遊ぶか!」

卒業式が終わったとなれば後は遊ぶだけだ。高校の入学式まではもちろん宿題もない。
うきうきと保護者が集まる場所へ行けば2人の両親もいる。
息子達の晴れ姿に兄弟に良く似た母は涙ぐんで、兄弟から見ても男前な父親は駆けてくる息子2人を余裕で抱き留めた。いや、抱き留めようと両手を広げたら花束だけが父親の腕の中にきてしまった。残念そうに花束を抱えればけらけらと双子に笑われる。

「父さん、預かってて。つか、あげる」

わらわらと花束を預ける息子2人は今日も可愛く輝いている。両親そろって目尻を下げれば二人ともきょとん、と同じ動作で首を傾げてからにぱっと笑った。

「今から僕達遊んでくるね。ご飯食べてカラオケなの」
「夕飯には帰るから!」
「今からか?偶には四人で外食しようと思ったのに」
「ざーんねん。それは後でな。今はダチと遊びてーの」
「ごめんね、父さん、母さん。じゃ、行ってくる」
「まったく。遅くならないうちに帰るんだぞ」
「夕ご飯は一応気合い入れておくからね、二人とも」

最後に卒業証書を預けてバタバタと駆け足で行ってしまう。落ち着かない息子達だ。

それでも晴れの卒業式、少し寂しいものの嬉しい事には違いなく、両親は忙しそうに駆け足で去っていく息子達の背中を目を細めて眺めていた。

当たり前の会話。当たり前の景色。
こんなたわいもない言葉が最後になるだなんて、当たり前だけれども、思いもしなかった。






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