フルムーン・シフォン1


さて。
そんな大陸の東半分、湖訪国(こといこく)の城下町。

湖訪国でも一番大きな街だからいつでも賑やかだ。
大通りには沢山の人々が行き来して、食堂の屋根裏部屋からでも外の賑やかさが分かる。

いや、賑やかではなく、あんまりにも人が多いから煩い、だ。

でも、屋根裏部屋でお昼寝をしている風莉(ふうり)にはとっても気持ち良い子守歌に聞こえて、眠るには最適の環境だ。すぴすぴと寝息を立てながらお気に入りのまんまるクッションで寝こけている。

 

風莉は食堂の末っ子で、ようやく十四歳になったばかりの子猫だ。

愛嬌のあるまんまるい顔と大きな飴色の瞳が可愛いと評判で、一番のチャームポイントは猫の中でも珍しい折れ耳だ。

大きな耳は生まれつき耳の半分からぺたんと折れていて、何とも言えない愛嬌がある。尻尾は耳に反し、小さな身体の割に大きくてふさふさで、とっても触り心地がよい。色は茶の混じった白で、髪の毛もふわふわとしていて肩に届くくらいに伸びている。

 

すぴ。すぴ。

鼻にかかる寝息を立てながらも風莉の耳は時折ぴくぴくと動いている。どうやら覚醒が近いらしい。と言うより熟睡できる環境ではないのだ、この部屋は。屋根裏部屋だから換気の為に窓は開けっ放し。家は城下町の大通りに面していてとっても賑やかで、煩い。それでもお昼寝するのは子猫で、丁度お昼ご飯も食べたし眠くて眠くて、この煩さを最高の子守歌にするくらい睡魔に負けていたのだが。

 

すぴ・・・すぅ・・・うう。

すやすやと眠っていた風莉の眉間に皺が寄る。まだ起きたくないのに、眠っていられない。

「もー・・・ウルサイ」

むく、と起き上がってから目を開けた。まんまるの瞳は飴色でとても美味しそう。まだ眠たくて瞼の半分が下りているが、何度か瞬きしてぱっちりと目を開ける。

「まだお昼寝したかったのに、ちぇ」

小さく呟いてお気に入りのクッションから立ち上がった風莉はううん、と伸びた。耳も尻尾も同時に伸びた気持ちになって、開けっ放しの窓から身を乗り出す。

今日も城下町は賑やかだ。風莉の住むこの街は湖訪国で一番大きな街。乗り出した先には王様の住む大きな宮殿も見える。

「んー。今日も良いお天気」

丁度、今の季節は春。
一年の中で一番過ごしやすい季節で風莉は春が一番好きだ。流れる風に小さな鼻をふんふんさせて一人機嫌良く微笑んでいれば、暖かい風が風莉に挨拶してくれる。
ついでに街行く人達も風莉の姿を見つけて挨拶してくれる。

珍しい折れ耳の風莉はみんなの人気者だ。軽く手を振りつつ挨拶しながらお喋りしていると案の定、どたどたと階段を上がる音と共に風莉の背後に大きな影ができた。

「こーら風莉、昼寝終わったんなら手伝え」
「あ、瑠璃(るり)兄ちゃん」

振り返れば風莉よりずっと大きな兄が呆れた顔で立っていた。

瑠璃は風莉の兄で猫だ。但し折れ耳ではなくて、ぴんと立った三角耳。風莉と良く似た色合いの髪に海色の瞳をした、自慢の兄の一人だ。

ほんわりとした印象の風莉とは違って、きりっとした印象の瑠璃はもう成人間近ですらりとした長身に甘い顔立ちで城下町の人気者だ。紺色のエプロンをしたままの瑠璃は食堂の手伝いをしていて、店の前で風莉と喋る人を見かけて屋根裏部屋に来たのだろう。けれど、呆れた顔なのに大きな手は優しく風莉の頭を撫でてくれる。

「寝癖だかクセだから分からないな、風莉の頭は」
「やー、くしゃくしゃにしちゃダメ!」
「そのくしゃくしゃが可愛いんだって」
「違うもん!」

風莉の髪は猫だから猫っ毛でくしゃくしゃになりやすい。それは兄の瑠璃だって一緒だけれども、風莉の髪は家族の中でも一番やわっこいのだ。
あっと言う間にくしゃくしゃになった髪に瑠璃は笑いながら屋根裏部屋を出ていく。風莉もその後をついて食堂に下りていった。


風莉の家は城下町でも人気のある食堂だ。何せ店主が美人で店員も美人だったり可愛かったりな上にご飯が美味しいときたら人気が出て当たり前なのだ。
ちなみに、風莉の父が美人な店主で、風莉の母が格好良い店員さんだ。

瑠璃と一緒に食堂に下りて、真っ直ぐにカウンターに向かう。昼を過ぎた休憩時間だから、店は準備中で客はいない。

「やっと起きたね、風莉」

人のいないカウンターの、風莉には大きな椅子にジャンプして座れば父の紗衣(さい)が苦笑しながらミルクを出してくれる。
父は白に銀の混じった髪と海色の瞳をした猫だ。目尻に浮かぶ皺が柔和な印象になるが顔立ちは美人系。いつまでも若く見える人だ。

「まーた髪くしゃくしゃにして。瑠璃だな」

ミルクを飲む風莉の隣に座ったのは母の奈々(なな)で、長い茶色の髪をポニーテールにした美人と言うよりも格好良い雰囲気の人だ。耳は茶色でぴんと立った犬耳でふさふさの犬の尻尾。奈々は犬だ。わしわしと風莉の頭を撫でながら髪を元に戻してくれる。

 

湖訪国は猫が多めだが犬も多い。だから、風莉の家族みたいに両親の種類が違う事も良くあるのだ。

だから、瑠璃は猫だけれども、お城で働く長男の李織(いおり)は犬だし、瑠璃の双子の妹で少し前にお嫁に行った美璃(みり)は猫だ。

 

大好物のミルクを飲み終えた風莉は奈々に撫でられた髪に手をおいて、折れ耳をむにむにと摘む。撫でられた時にちょっと折れ具合が変わったから気になったのだ。
そんな風莉にカウンターの内側にいる紗衣が笑い、エプロンを外しながら店側に出てきた。

「風莉、飲み終わったのなら瑠璃と一緒にお使い行ってくれるかな?」
「お使い?」
「伊織に差し入れだよ。宮殿だから着替えておいで。それと、偶には瑠璃と一緒に遊んでおいで」

紗衣の言葉に風莉の顔が輝く。
宮殿にお使い!とてもわくわくする言葉だ。
きらん、とまんまるい飴色の瞳が輝けば紗衣がにこりと笑って頭を撫でてくれて、奈々が呆れた様に肩を竦めた。








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