春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...09



そうして、夜は更けてお披露目も無事終了した。簡単なお披露目なんて言っていたけど結構な大人数で、宴会だった。
まだ飲酒年齢には遠いカオルとしてはちょっと豪華な夕ご飯で、早々に離れに避難だ。
まだまだ大人の宴会に馴染むには早いしちょっと楽しそうだなあとは思ってもいろいろあって疲れたからかなり眠い。

「あるじ、眠るなら着物脱いで、お布団入って」
「うー。着物、めんどい。脱がせて」
「ふふ、良いよ。ほら、俯せになって」
「あー」

のそりと俯せになれば樒美が帯を取ってくれてそのまま転がされる。微妙に扱いが雑だけど眠いから気にならない。
転がるまま布団に辿り着けばお休みなさい。樒美の困った声も聞こえずあっという間に夢の中だ。

そう、夢の中。
疲れてくたくたで寝たと思ったら、なぜか夢の中だと分かっているのに意識がある。はっきりと。

「え?何で?」

しかも着ているものは脱いだはずの正装、樒美の春色の着物のまま。辺りは明るくて、でも景色は特にない。真っ白と言う訳でもなくて不思議な感じだ。

「あるじの夢の中だよ」

きょろきょろしていたら樒美がふわりと湧いてあらわれた。大きい樒美じゃなくて、手のひらサイズでふわふわと浮いている。そのままカオルの肩にちょこんと座って頬に口付けされる。

「夢の中・・・俺、寝たよな?」
「うん。直ぐにばったりと」

じゃあ何で夢の中なのに起きているんだ。眠くはないけど、いや、夢の中でも眠いだろうか。そんな夢は見た事がないし、そもそもこれは夢とは言わないんじゃないだろうか。

『疲れている所すまぬな。俺が呼んだ。これから永く付き合うのに顔も見ない話もしないのではつまらんからな』

声が、唐突に聞こえた。不思議な響きの男とも女とも判別がつかない声だ。
驚くカオルをよそに周りの、何もない不思議な空間が変わる。

緑に花々、春の木々に小さな家。カオルは外に立っている、らしい。視線が小さな家の縁側を向いていたからだ。家は離れに似た感じの造りで、縁側の側には小さな池と満開になっている桜の木。

ここはカオルの夢の中じゃなかったのだろうか。なのに、この景色はカオルの内にはないものだ。だって、縁側に人が座っている。見た感じは十代後半の、少年だろうか。
春色の、樒美と同じ着物に長い黒髪。性別の判断に戸惑ったのは少年が綺麗だから。樒美とはまた別方向の美形だ。
その美形の少年がにこりと微笑む。笑う表情は何となく樒美に似ている。

『俺だ俺。華淺夜だ。勝手に夢を借りて悪いな。まあ座れ。茶と砂糖菓子を出すぞ』
「華淺夜様!お菓子!」
「ちょ、樒美」

華淺夜!まさか夢の中でカオルと樒美が召喚した人に会えるなんて!
驚くカオルを置いて樒美は満面の笑みになると真っ直ぐ華淺夜の方に飛んで行ってしまう。すごく嬉しそうで、カオルにしては珍しくちょっと妬ける。

『はは、そんな顔もするのか。まだ若い様だがしっかりと『あるじ』なんだな。良かった、樒美が幸せそうで。おいで、お茶と菓子がある。樒美、真っ直ぐに埋もれに行くのも相変わらずだな』
「だって華淺夜様のお菓子美味しいの」
『俺とあるじの食べる分は残しておいてくれよ。ああ、そう言えばまだ名前も聞いていなかった。まずはこっちに座れ。そして名前は?』
「・・・カオルだよ。えーと、ホントに華淺夜、サマ?」
『そうだぞ。それと呼び捨てでいいぞ。カオルと俺は言葉通り一心同体だしな』

召喚していた時は意識がぼやけていて、とても遠くだったからイマイチ華淺夜と言う人の記憶がない。まさか正面からこんな近くで見られるとは思ってもみなかった。
砂糖菓子、どうやら落雁らしい、の器に埋もれてお尻だけ出している樒美を横目に縁側に座る。華淺夜からふわりと花の匂いが、樒美と同じ匂いがした。

『俺は樒美の親だ。だからこんなんだけど、間違ってもそう言う意味での愛情はないから心配するな。さて、折角だから少し語るか?』

そう言えばそんな事を言っていたかもしれない。思い出して納得しつつ、お尻だけの樒美をちょっと突いて華淺夜を改めて見る。
本当に綺麗な人だ。ツヤツヤの黒髪に大きな瞳と朱色の唇。溢れるのは花の匂いだけじゃなくて、樒美と同じく色気みたいなものも溢れてると思う。ぼけっと見惚れているだけでもいいなあ、と思ってしまう人だ。

「語るって言ってもなあ。あ、美味しいよお茶」
『俺も美味かったぞ。この国は面白いな。人も言葉も変わるのに茶は変わらない。いや、少しずつ変わってはいるが基本は同じだ。菓子もな』
「確かにお茶って昔からあるもんなあ。あ、菓子って言えば今は和菓子だけじゃなくて洋菓子ってのもあるぞ。今度食べてみる?」
『舶来物か。楽しみにしている。カオルは今、幾つだ?』
「今年で15になるぞ」
『そうか。丁度成人になるのか』
「成人?って、そうか。あのな、今は20歳で成人って言うか、大人になるんだよ。俺はまだまだ子供で、学生。春から高校生、って言っても分かるか?」
『また随分変わった様だな。ああ、分かるぞ、樒美からある程度の情報は貰っているし、これからも『今』を知りたいからいろいろ貰う。高校生、ねえ。ふむ、ではお祝いをしないとな。お祝い、で良いのだろう?』
「お祝い・・・嬉しいけど、受験も何もしてないしなあ」
『まあお祝いと言っても俺はこの次元には存在していないから限られてしまうがな。明日、枕元に置いておくことにしよう。樒美、いつまで埋もれているんだ?俺とカオルの分は残しておいてくれと言っただろう?』

華淺夜がくすりと笑ってまだお尻だけの樒美をひょいと摘み上げたら落雁を頬張っていたらしい、ほっぺたが膨らんだまま、もごもごしている。
カオルと華淺夜の話よりも落雁に夢中だったみたいで、華淺夜に摘み上げられて、2人に見られて頬を染めながらもちゃっかり両手に落雁を持ったままだ。

「ホントに好きなんだなー。美味しいか樒美」

普段から好きだけど、ここまで来ても好きなんだなあとカオルが感心すれば力いっぱい頷かれる。そして、早く落雁の山に戻してくれと視線で訴えられる。

『邪魔して悪かったな。好きなだけ埋もれてると良いぞ。俺はカオルと話してるしな』

華淺夜も感心しつつちょっと呆れて樒美を落雁の山に戻した。
無言で埋もれて行く姿に2人で笑って、また話がはじまる。

不思議だ。この、人じゃないしかも召喚する精霊と友達みたいに喋っているなんて。
緊張もしないし、学校の友人の様な、いや、もっと気が合うかもしれない。何もかも違うのに喋っているのが楽しい。大笑いする事はないけど、普通に、日常の事とか、友人の事、樒美達の事をつらつらと喋って。
華淺夜も楽しそうだ。静かに笑いながら話が尽きない。何度か華淺夜がお茶を追加してくれて、お菓子も樒美の為に追加してくれる。どこから出てくるんだ、とは思うものの美味しいから気にしない事にして、尽きる事のない話は続いて、喋り疲れた頃に華淺夜が名残惜しそうに時間切れだと、まだ食べていた樒美を持ち上げた。

『樒美のあるじはいつも俺と気が合う。不思議だと思うが、嬉しいとも思う。これからも末永く宜しくな、カオル。また夢で会ってもいいか?』
「もちろん。俺も、ヨロシクな華淺夜。また来てくれると嬉しいし、樒美も嬉しそうだからそっちもヨロシク」
「華淺夜様、またね」
『ふふ、ありがとう。じゃあな』

ふわりと、花が綻ぶ笑みになった華淺夜の言葉で唐突に真っ暗になった。
夢の中じゃなくて、眠ったと言う事なのだろうか。
意識もぷつりとなくなって。


目が覚めた。
当然と言うべきか、朝になっていて大きな樒美の腕の中で目が覚めた。こっちでは大きいままだったのだろうか、花の匂いを感じつつ身じろぎすれば樒美も起きたみたいだ。

「おはよう、あるじ」
「おっす・・・口元に砂糖ついてないな」
「つかないよ」

あれだけ食べていたのだからついていても、とは思ったけど夢は夢なのだろうか。いや、夢だけと夢じゃなかった、と思う。
目の前で微笑む樒美に軽く唇を寄せて起き上がれば妙に身体が軽い。眠った時間は遅かったしずっと夢で華淺夜と話していたのに疲れが全くない。

「華淺夜様だからね。夢であるじを呼んだのに疲れちゃったら悲しむから力を使ったんだと思うよ。僕を創ってくれた方だし、まあその辺はすごいよって思ってくれればいいかな」
「はあ。楽しかったからいいけどさ、樒美は食べてただけだったな」

ううんと両手を伸ばして、樒美も起き上がって軽く抱き寄せてくる。
夢の中ではひたすら落雁に埋まっていた樒美だ。にやりと笑んで見上げれば目尻がほんのりと染まって色っぽくなった。

「だ、だって華淺夜様のお菓子は特別だもの。あるじは楽しそうだったね。どうだった?華淺夜様」
「うーん、気が合う友達って言ったら変かもしんねえけど、会えて話せて良かったし、またいろいろ話したいな」

尽きない話はまだまだあった。今度会えたら何を話そうか、何を聞こうか。考えるだけでワクワクしてくるのだから不思議だ。
カオルの言葉に樒美がとても嬉しそうに微笑んで、枕元に視線を流す。釣られてカオルも見れば眠る前にはなかったハズの小さな箱が置いてあった。
漆黒の漆塗りの妙に高級そうな箱だ。

「・・・ひょっとして」
「お祝いって言っていたから、そうだと思うよ」

夢の中の話が現実になった。ぱちりと瞬きするのはカオルだけで、樒美が箱を手に取って渡してくれる。
確かにお祝いとは言っていたけど、何に対してかは聞きそびれた。あるじになった事か入学かそれとも違う何かか。話の流れとしては入学かもしれないなと、小さな蓋をそっと開ければ。

「またピアス。しかも高そう。印籠から出てきた奴より高そう」

ふかふかの布の上にピアスが1組。宝みたいに宝石をそのまま花の形、こっちは桜の花の形だと分かるくらいの大きさだ、になっているのは同じだけど、どう見ても高そう。
カオルには宝石に詳しくないから分からないけど、樒美には分かる。

「ダイヤモンドだね。少し色が付いてるけど、面白いね。花びらの外に向かって淡く桃色になってるけど普通のピアスだね。華淺夜様、あるじの宝を見て決めたのかな」
「・・・貰いモンだし気持ちが嬉しいからつけたいなっては思うんだけど、その前に俺ピアスの穴ねえし・・・んー、この機会にあけるかな。6つあけて一番上にこれつければそう目立たなそうだし。あ、でも宝も全部つけないとダメか?」

触るのも怖い高級品でも華淺夜の気持ちは純粋に嬉しいカオルだ。普段、は怖いから無理でも仕舞っておくと言う選択肢はない。

「大丈夫だよ。当主として出る時は印籠で構わないし、宝は僕のあるじだって言う証拠だし、ほら、あるじの宝は数が多いし」
「確かに多いよな。ピアス6つって。でもさ、樒美はそれでいいのか?あのピアス、樒美にも関係あるんだろ」

空の印籠を振ったら出てきた不思議なピアス。樒美のあるじだと言う証拠だと教えられたけど、だったら大切なものでもあると思う。
華淺夜の気持ちと、樒美の気持ちであればカオルとしては樒美の方が上だ。気持ちの揺れがない、真っ直ぐな意見に樒美が少し目を見開いて、華淺夜のピアスを持つカオルの手をそっと包み込んだ。

「僕のあるじの証拠だから、関係はあるんだけど、そこまで重要じゃないよ。そうだね、僕もあるじにプレゼントしたいからなんだと思う。ありがとう、あるじ」

嬉しそうに微笑んで、手を包み込まれたまま口付けされる。とても嬉しいのだと、触れるだけの唇から樒美の気持ちが流れてきた、と感じてカオルまで嬉しくなる。

「宝の2つを僕に頂戴。2つを僕が身につけるよ。あるじは華淺夜様のピアスをつけてくれると嬉しいな」
「そっか、宝の方なら穴開けなくてもいいしな。そう考えると樒美とお揃いになるな」
「あるじとお揃い・・・嬉しいな」
「その前に俺はピアスの穴開けなきゃだけどな。そうと決まれば街に行っていろいろ買うか!休みも終わっちまうし、学校はじまってからより休み中のがいいだろうし」

春休みも、もう終わりだ。
華淺夜のピアスをそっと箱に仕舞って、一度樒美に抱きついてから立ち上がる。

短い休みの間にいろいろあったけど、カオルとしては有意義で、嬉しい事が沢山あった春休みだった。そして、これからの、今までと違う意味で樒美と共に過ごす毎日が楽しみだ。




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>>最初の話はここでお終いです。ここからまったりとシリーズで続きます〜。(概ねいちゃついてるだけです)


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