太陽のカケラ...30



「何だありゃ。あれ、俺の机じゃないのか」
「おお、確かに瑛麻の机だけど、こりゃあ・・・」

朝日に輝く教室。
クラスメイトは半分くらい登校していて、みな瑛麻の机を見てざわつきながら笑っているではないか。

「虐めだ。嫌がらせだ」

がくっと肩を落とす瑛麻に後ろの3人が吹き出しだ。酷い。

「嫌がらせだけど親切じゃん。結局職員室行ってないんだし?」
「そうだな。まあ親切だろうぜ、あれでも」

カオルと遊佐は腹を抱えて笑って、サチは瑛麻の机に行って感心しながら、笑っている。
昨日勝手に座った席がそのまま授業でも使用されるみたいだ。
そして、そんな瑛麻の机に上には山盛りの教科書が、恐らくは授業で使う全ての教科書が積まれているのだ!

「あんの担任。地味な嫌がらせしやがって。持って帰るの大変じゃねえか」
「って言うか。今更言うのもあれなんだけど、瑛麻君、ノートも筆記用具も持ってきてないでしょ。授業なのに」
「・・・!!!」

忘れてた。いや、忘れてはいなかったのだが、忘れてた。
私服でぶらぶら歩きながら授業だとは分かっていたのだが、どうして肝心の物を忘れてしまうのか。
そもそも誰も突っ込まなかったのか。

「その様子だと忘れてたっぽいね。まだ時間あるから購買行こうか?それともダッシュで寮に戻る?」

サチのきゅるんとした大きな瞳が呆れた色で瑛麻を眺めている。
可愛らしいのに憎たらしい。ではなく、この場合悪いのは瑛麻だ。

「悪りぃサチ、購買に案内してくれ。寮に戻ってもあるかどうか分からん。カオル、遊佐、そのまままで良いぜ。戻ったら横にでも積んでおくさ」

何も言わずに教科書の山を整理してくれようとしたカオルと遊佐を止めて、溜息。
初日から馬鹿をやってしまった。はーっと重々しい溜息を落とす瑛麻にカオルと遊佐は笑いながら教科書を持ち上げる。

「気にすんなって。授業だってのに一式全部忘れる奴をはじめて見せてくれたお礼に片付けておいてやるよ」
「そうそう。珍しいよなあ」

にやにや。落ち込む瑛麻に容赦なく意地の悪い笑みを見せて、クラスメイト達もあちこちで吹き出している。
うう、どうして忘れちまったんだか。
しょぼくれながらサチに背中をどつかれて、折角登校した教室から出て行く瑛麻だ。


購買は1階の奧。
時間が早い所為かがやがやと賑やかな廊下をサチと一緒にしょぼくれたまま歩いていればあちこちからサチに対する黄色く野太い悲鳴が上がる。

「しっかしすげえな。それ、尻尾もつけたら誰か失神するんじゃね?」
「ダメだよ、尻尾は私服じゃないもの」
「・・・基準はそこなのか」

本当に、どんな基準なんだか。
呆れつつ購買までの道を歩いていればふいにサチが雰囲気を変えた。例えるなら。臨戦態勢、と言う感じだろうか。

「そうそう瑛麻君。喧嘩は強い方?」

大きな瞳で見上げてくる様は大変可愛らしいのだが、違う。
視線を走らせずとも気付くのは背後の不穏な空気で。

「あん?経験値がないとは言わねえが、ほどほどにな」

嘘だ。瑛麻の経験、特にこの手の喧嘩に関わる経験値はかなりの高さだ。
が、今になって思い出すサチのあだ名に一応謙遜すればちゃんと伝わった様だ。
にんまりと猫の様な笑みを見せたサチが腕にぶら下がってくる。

「一応ごめんね、購買に行く時間がなくなっちゃったらボクのお貸しいたします♪」
「了解。サチのお手並みも拝見させてもらうぜ」
「瑛麻君のもね」

発授業の前に初喧嘩か。それもそれで瑛麻らしいと思えば笑みも浮かぶ。

ともかく広さの目立つ学園だ。当然、誰もいない区画もあるらしく、サチが選んだのは購買の先、空き教室だった。
鍵はかかっていたのだが、サチが軽く開けてしまった。鍵を無視して。

「どんな腕力なんだよ」

ボソっと呟けば向けられたサチの笑顔が怖い。
そのまま教室、元教室に入れば中はがらんとしていて埃っぽい。
それにしても追ってくる奴らも馬鹿だ。こんな、明らかに誘っています状態の所にのこのこと来るなんて。

「で?ボクに喧嘩売ってくれるのは誰かな?」

元教室の端まで歩いて振り返れば妙に細っこい生徒が1人。その背後にでかいジャージ姿が5人。
何ともまあ、ありきたいと言うべきか。

「今度は負けないよ。会長の弟だからっていっつもいっつもウザいんだよ」

口を開いたのは細っこい生徒だ。
私服、だと思われるのだが妙に制服っぽい格好で、良く見ればある程度整った顔立ちはしている。が、サチの派手さには完敗だろう。
後ろの奴らはジャージ。こういう場合は制服の方が場も締まるのに、と、のんきに観察してしまう。

「だって弟だもん。兄さんと仲良しだもん」

対するサチは余裕たっぷりで、むしろ人数が少ないと瑛麻だけに聞こえる様に呟いていた。
ちょっと怖かった。

「ふん、ただの狂犬が、憎たらしいんだよ。早く会長の元から消えちまえ」
「だから弟だってのに・・・」

こういう手合いには何を言っても聞き入れてもらえなさそうだ。
話しの通じなさにがっくりするサチだが、この元教室に入る頃からとってもご機嫌なオーラが出ている。



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