太陽のカケラ...1



「はぁ・・・はっ」


駆け足の音と、荒い息。

状況が違えば大変色っぽい場面だが、残念ながらこれは逃げる音だ。

全速力で駆けるのは今時珍しく染めていない黒髪の少年で、毛先を揃えず跳ねた髪は肩に掛かるくらい。少々長いが良く似合っている。

利発そうと言うよりは悪巧みの似合いそうな年相応の少年だ。

特に目立つ所もないのだが、不思議と引き寄せられる雰囲気がある。


左内 瑛麻(さない えいま)。

ついこの間、近所の中学校を卒業して来月からは高校生になる微妙なお年頃の少年だ。

その高校と、家族環境の変化が素敵に絡み合った結果、真夜中の歓楽街を全力ダッシュする事になっている。

着ていたコートはさっきまで潜伏していた顔見知りの店に置きっぱなしで、走りすぎて汗ばんだ上着は追っ手を驚かせるために投げ捨てた。

今はカッターシャツ一枚と細身のジーンズのみ。

走りやすい格好だが見ている方が寒くなりそうだ。

全速力でひょいひょいと道端に転がる酔っぱらいと言う名の荷物を飛び越えてもスピードは落ちない。見事。


「ドコでしくじったんだよ、ちくしょう!」


瑛麻を追いかけるのは黒服の、ダークスーツに身を包んだ集団だ。

とってもヤバい気がするのだが、本来であれば瑛麻にとって敵ではない。かと言って味方だと言うのも嫌だけれど。

しかし黒服の集団が高校生を追いかけると言うのも物騒な世の中だ。

それがここ歓楽街とあれば瑛麻も黒服も目立つ。

裏通りを全速力で走っているから騒ぎにはなっていないものの、聡い者達は何事だろうと野次馬になりつつある。

誰もが通報しないのは土地柄であり、恐らくは黒服の集団が危険人物の範囲に入らずエリートサラリーマンの様相だからだろうか。


「いやいやいや、通報してくれっての!ああちくしょう、俺の平穏はドコに消えたんだ!」


かれこれ1時間は走っているのにまだ叫ぶ元気があるなんてとっても元気だ。

一人で賑やかに逃げるその様は追っ手に居場所を教えている様なものだが、気付いていないのだろう。

裏道を走りながら細く曲がり、追いかけにくい道ばかりを進む瑛麻の、ジーンズのポケットから軽やかな音楽が流れる。着信だ。


「あいよっ、今逃亡中だから後でな!」

『まだ諦めてなかったの、兄ちゃん』

「諦めるかってんだよ馬鹿!俺の生活がかかってるんだぞ!?もうちょい逃げさせろ!」

『酷いよ。もう一週間だよ?もういいじゃない。僕、一週間も兄ちゃんに会えないの、イヤ』


唐突に電話が切れて、瑛麻が足を止めた。いや、止めざるを得なかった、と言うべきか。

ネオンの届かない暗い裏道の、瑛麻が進むべき先に黒服の集団が一つと、その前に立つ少年が一人。


「はい、チェックメイト。もう諦めて帰ろうよ、兄ちゃん。父さんも心配してるよ?たぶん。」


少年というには青年に近い、けれど瑛麻を兄と呼ぶからには弟だ。

悔しいけれど兄より10cmは高くて、細身の瑛麻に対して体格も運動嫌いの割にがしっとしている。


「お前が出張ってくるなんてな、和麻」


左内 和麻(さない かずま)。

瑛麻の1つ下の弟で、見かけは確実に年上で、男前だ。

すっきりとした美貌、と言っても差し支えのない容姿にがしっとした身体つき。

兄の前でだけは甘ったれで、久々に会えた瑛麻を見て嬉しそうに、にこにこしている。

ぞろぞろと黒服を引き連れて来る和麻に瑛麻が獣の様に唸って軽い一発を和麻の腹に入れた。


「だって兄ちゃん見つけてくれなかったんだもん。僕がでなかったらずーっと会えないんだもん」

「だもん、じゃねえよ」


じゃれあいながら2人が並べば確かに兄弟だ。

瑛麻の容姿は和麻ほど派手ではないが目元がそっくりで、雰囲気が兄と弟になる。

そんな兄弟を忌々しげに睨むのは黒服の集団だ。


「お戯れはそこまでです。全く、これが当麻(とうま)様のご子息とは呆れてものが言えませんね」


その一人が一歩出て、あからさまに瑛麻を見下す。

嫌な視線だが、それを受けた瑛麻は和麻に抱き付かれながら、にまあっと笑みを浮かべる。


「中学生に頼らなきゃ子供一人発見できないボンクラが馬鹿言ってんじゃねえよ、能なし」


事実をそのまま告げればぴしっと黒服が固まって、周りの軍団も固まった。



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