夜の街の魔法使い・星を掴む人 47



雪原も魅力的だけど、まずは住む場所が先だ。やっと不動産を巡れる様になったのだ。街に詳しいラジェルもいるし、憧れていた夜の街だ。珈琲を飲み終えてうきうきと外に出たユティはラジェルの案内で工房区にある不動産の店に向かった。大きい街だから不動産屋は沢山あるし、どの辺りに住むのかでもまた変わってくるらしい。
「そう言えばやたら広いもんなここ。住む場所までは決めてなかった。ラジェルのお勧めはやっぱりこの辺りか?」
「もちろん。工房、魔道区が一緒だし中央区にも近いからね。魔導師はだいたいこの辺りに住んでるぜ」
「だよなあ。確かに便利だな。まあ俺は魔導師でも下級だからそんなに拘りはないけど・・・分かった分かった。まずはこの辺りで探すからそんな顔すんなって」
ユティとしては別にこの辺りではなくとも良いのだが、ラジェルが若干涙目になってしまったのでこの辺りで探した方が良さそうだ。場所に拘りはないし、確かに便利だし。ぽんぽん、とラジェルの腕を軽く叩きつつ目的地である店に向かいながら見上げる空は相変わらずの星空で、この調子じゃあどこの住んでも一緒だろうなあとは思う。
「俺としては魔道区がお勧めだけど、ユティに魔法ばっかりって文句言われそうなんだよなあ。いっそプープーヤ様の家に住んじゃえばいいのに」
「俺の希望は火を炊ける風呂とキッチンと暖炉だ。一戸建てでも構わないけど手入れが面倒だし、この街じゃ見かけないからラジェルを頼ってるんだぞ。プープーヤ様の家なんて魔法のキッチンじゃないか」
「やっぱりそこに拘るんだなあ。分かったよ、とりあえずこの辺りで一番大きい不動産屋はここ。物件も多いし街の中に支店もいっぱいあるから、まあ、他の場所のもあるし」
「紹介しながらぶーたれた顔すんな」
どうしてもラジェルはこの辺りをお勧めしたいらしい、と言うか、この様子だと街の外れにでも行かない限り魔法の家ばかりなんだろう。予想はできてるけど火の拘りは捨てたくないのだ。綺麗な顔をやや膨らませているラジェルの背を押して大きな店に入る。
店は大通りに面していて大きいと言うだけあってかなりの広さだ。人も多くて全部の壁に物件らしい紹介の紙が隙間なく貼られている。ラジェルが店に入れば少し空気がざわめた。男前は大変だ。ラジェルの背中に隠れていた形になったユティには誰も気づいていない様で、これもちょっと面白い。
「ユティ、笑わないで」
「悪い悪い」
眉間に皺を寄せたラジェルに軽く睨まれるから謝って、ざわめく店の中の、奥に向かう。奥は対面式のカウンターになっていて、こっちはそれ程人がいない。空いている椅子に座れば奥から店員がいそいそとやってくる。
「いらっしゃいませ。お勧めの部屋をご紹介しますよ」
「いきなりお勧めされても困るぞ」
「それもそうですね。ではどの様な物件をお探しで?」
人の良さそうな店員はユティの前に座るなり物件のリストらしい分厚い本を渡そうとするので軽く笑って止めておく。しかも真っ直ぐにユティに話しかける辺り中々に鋭い店員かもしれない。と思えばどうやらラジェルを知っているらしい。
「第一師団って有名なんだなあ。だから店に入るとアレになるのか」
「第一師団って言うか、ほら、師団長があれだから」
「ああ。納得した」
でもラジェルそのもののかなり有名なのだろうと思う。店員はラジェルをちゃんと認識していたし、所属まで知っていたのだから。ふうん、と感心しつつラジェルの横顔を見ていたら肘で突かれる。
「俺の事よりユティの物件だろ。店員さん、この人ねえ魔法のない部屋がいいって変わった人だからよろしく」
「変わった人言うな。でも火を使う所がいいのはホントなんだよな。店員さん、そう言う部屋とか家とかある?」
突かれたお返しに突き返しつつ笑顔の店員に聞いてみれば驚かれる。まあそうだろうなあ。何せ魔法ばかりの街だ。街そのものが魔法で出来ていると言ってもいいくらいだし。そう直ぐには見つからないかな、とラジェルとちらりと視線を合わせたのだけれども。
「確かに変わった方ですね。ありますよ、火を使う物件。あれですよね、昔ながらの、魔法のない生活をしたいって言う物件ですよね」
さらりと希望通りの物件があった。今度はユティ達が驚く番だ。本当にあるんだ、なんて呟くラジェルに店員は笑顔に戻ってちょっと待っていて下さいね、と奥に引っ込む。ん?リストはまた別なのか。
「本当にあるんだ、この街で。あり得ない」
「あり得ない言うな。俺も驚いたけど、随分あっさりと出たな。ちょっと怪しくないか」
「それもそうかも」
ユティの条件に合う物件を探すのは難しいと思っていたのだ。一軒目で、しかもあっさりと見つかるなんて怪しい。奥に引っ込んだ店員に思う所はないけど。
「お待たせしました。不思議そうな顔をされてますね。だってこの街で魔法を使わない物件なんて珍しいから直ぐにご紹介出来るんですよ・・・まあその、曰く付き物件になりますが」
そっちの怪しいだったか。直ぐに戻ってきた店員が苦笑しながらユティとラジェルの前に古い紙を数枚並べてくれた。だいぶ古い、黄ばんだ紙に書かれているのは魔道区の中心地らしい。
「魔道区の中心にこんな家があったなんて知らなかった。確かに曰く付きだな。魔法を使わないんじゃなくて、使えない家ってのも」
「使えない、ねえ。店員さん、これ理由とか判明してるのか?」
黄ばんだ紙に書かれているだけあって、物件そのものも古いみたいだ。数百年前に立てられた小さな石造りの家で、価格は格安。でもラジェルの言う通り魔法を使わない、のではなくて、使えない家、らしい。不思議過ぎる。
「詳しくは判明しておりませんが、この街には数カ所そんな場所があるみたいですよ。魔法の歪みとか、繋ぎ目とか、いろいろ言われていますが、そんな訳で人気のない物件なんです。ああ、魔法は使おうと思えば使えますよ。発動しにくいですが」
「歪み、かあ」
「繋ぎ目なあ。聞いた事はあるけど、ユティ、どうするんだ?ちょっと怪しいぞこれ」
「怪しいけど条件は良さそうなんだよな。店員さん、この物件見て来てもいい?それから決める」
何やら不穏な言葉が並ぶけど一度見て見れば分かるだろう。ラジェルは難しい顔をしているけど店員は嬉しそうに頷いて、黄ばんだ紙を封筒に入れてくれる。ああそうか、誰も欲しがらない物件だから片付くのかと思えば嬉しいのだろう。有り難く封筒を受けとって、難しい顔をしているラジェルを引っ張って店を出た。向かう先は曰く付きの物件、ではなくて、まずはプープーヤの店だ。


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