太陽のカケラ...31



瑛麻は一言も喋らない。と言うか、どうも瑛麻はこの場の誰にも気付かれていない様だ。
一応サチを腕にぶら下げているのだから誰か突っ込んで欲しい気持だ。と思っていたらサチが腕から離れてゆっくりと一歩踏み出した。

雰囲気が、変わる。

「ねえ、時間ないんだから早くヤろうよ。ボクも春休みで鈍ってたし。授業初日から暴れられるなんて幸せだよね♪」

言葉はあくまで甘く軽やかに。けれど、動きはえげつなかった。
踏み出した一歩を基点にサチの身長らしからぬ大きさで跳ねたと思ったら、後ろのでかい1人が吹っ飛んだ。

「怖えぇな。俺の出番なんてないんじゃねえの?」

一発入れば後はただの喧嘩だ。
ざっと揺れる空気に翻弄されるのは細っこいのだけ。ジャージ軍団がサチに襲いかかるが、正直ジャージを心配するくらいサチが強い。
あの小さくて細い身体のどこにあんな力が。

「にしても狂犬ってホントだな。おーいサチ、やり過ぎんな!気絶で止めておけよ」

一応端っこの方でようやく瑛麻に気付いてくれたジャージを相手しながら声を掛ければものすごい笑顔で振り向かれた。

「何で?骨の一本も折らなきゃ面倒でしょ?」

片腕でジャージの一人を掴みながら見るのはドコかが違う微笑み。怖い。
怖すぎる上に人格が変わってるじゃないか!

「成る程、だからあの名前ね。お前ら、死にたくなかったらさっさと逃げろ!」

これでは本格的にジャージ軍団が気の毒だ。
声を張り上げればやっぱり怖かったのだろう。ジャージ軍団の2人ばかりがダッシュで教室から逃げていく。
それを横目で見ながら1人を伸して、残る2人はもうサチの手で夢の世界だ。但し悪夢の。

「サチ、やり過ぎ。もう止めておけって」
「どうして邪魔するの?まだ足りないのに」

サチの肩に手を置けば怖い笑顔のまま足下で床とお友達になってるジャージの1人に蹴りを入れる。
悲鳴は上がらず鈍い音がして瑛麻の方が痛い。

「もういいだろ。これ以上やったら入院だぜ。こう言うのは生かさず殺さず楽しむもんだ」

瑛麻の言い分も酷いがサチは納得しない様子で、ふ、と息を吐いた瞬間、瑛麻に蹴りを入れてくる。
恐ろしい速さだが間一髪、左手で塞いで一歩後ろに飛ぶ。

「じゃあ瑛麻君が相手になってよ。つまんないんだもん」
「お前なあ」

塞いだ左手が痺れて痛い。
実力ではサチの方が確実に上だろうが、床とお友達になるのは嫌だ。埃っぽいじゃないか。

「ったく、しょーがねえな。後で文句言うなよ」

こうなれば相手をするしかない。但し、正攻法では負けるから卑怯な方で。
瑛麻の言葉に笑顔を輝かせるサチには気の毒だが、正直怖いのだ。瑛麻だって。

一歩、前に出ればサチも一歩前に出る。そのまま押し殺した呼吸でサチが動くのを待てばそう間を置かずサチが飛び出てきた。
やっぱり早い。遠慮無く瑛麻に攻撃しようとするサチを間一髪で避けて手を伸ばす。
掴むのは可愛いねこ耳の頭。思い切り掴んで反動をそのままに身体を捻り。

「はいお終い。もう良いだろって。これ以上暴れるなら落として運ぶぞ」
「うー・・・卑怯者!」
「俺は卑怯が売りなんだぜ。ほら、授業はじまるだろーが」
「最初はみーちゃんだもん!ホームルームだもん!」
「はいはい」

身長差があって良かった。
ひょいと持ち上げられる重さではないが何とか片手で首を押さえつつ持ち上げればもう瑛麻の勝ちだ。
ばたばたと足を動かしながら暴れるサチは傍目には可愛いものの、押さえている方としてはかなり重労働だ。
何せ可愛らしい外見に反して筋肉のあるサチは意外に重い。
どうにも暴れたり無くて不機嫌なサチをそのまま運ぼうとすれば視界の端に光る物が見えた。

「何だよ!何で僕を無視するんだよ!気に入らない!気に入らないんだよ!」

この乱闘ですっかり忘れてた細っこいのが似合わない物を持って叫んでいるではないか。
にしてもナイフだなんて阿呆すぎて笑う気にもならない。

「素人が似合わねえモン持ってんじゃねえよ」

今度は瑛麻の空気が冷える。
ぞくっとする声に暴れていたサチも動きを止めて思わず瑛麻を見上げるが、そこにあるのは不自然な程に綺麗な笑み。
見惚れる、とは違う意味で吸い寄せられる。

「サチ、暴れんなよ。おいお前、危ねえから捨てろって」
「うるさい!うるさい!うるさい!」

もう話しができる状態ではない様だ。
サチを離した瑛麻はゆっくりとナイフを構える生徒に近づいていく。既に正気とは思えない生徒に、不自然な程にゆっくりと。
サチは瑛麻の雰囲気に呑まれて動けず、ただ眺める事しかできないでいる。

「全く。騒がなきゃ忘れてたのに。馬鹿が」
「何だよ!お前には関係ないだろ!来るな!刺すぞ!来るな!来るな!」
「うるせえよ」

普通、こんな風に錯乱状態でナイフを持つ人間に近づくのは危険だ。なのに瑛麻は違う。
笑みさえ浮かべて近づいたと思った瞬間、身体を動かす動作もなく思い切りナイフを持った生徒をそのまま、殴り飛ばした。
文字通り、殴られた生徒が吹っ飛んで、衝撃にナイフが床を這う。

「とんでもねえ学校だな。生徒にナイフなんざ所持させたら面倒だっての」

いっそ鼻歌でも聞こえそうな声色で瑛麻がナイフを拾う。
そのまま終わるかと思ったのに、吹っ飛ばされて床でうめく生徒の元までまた歩いていく。

「こう言うのは子供が持ったらダメなんだぜ?」
「・・・瑛麻、君?」

今度はサチが震える番になってしまった。怖い。
暴れてもなく怒っている様にも見えない瑛麻が怖いのだ。

吹っ飛んだ生徒が何かを呟きながらそれでも逃げずにいる。
ゆっくりと歩み寄った瑛麻が笑みを浮かべて手に持ったナイフを慣れた仕草でくるりと回す。
その仕草にようやく正気に戻った生徒が騒ぎ出し、サチが声を上げる。

「瑛麻君!ダメ!」

瑛麻が人を刺す、サチにはそう見えたのだ。けれど結果は違った。
騒ぐ生徒に一度蹴りを入れた瑛麻は腕を振り上げ、ナイフを光らせながら思い切り生徒の側にナイフを突き刺した。

「こんなモン、ダメだぜ。怖いだろ?」

静かに語りかける瑛麻にもう生徒から声は発せられない。恐怖に震えているのだ。それはサチの位置からも見える。

「よし、行こうぜサチ。お前、ヤるならもうちと旨い方法考えろ」

これにて終了。ふ、と纏う雰囲気を変えた瑛麻にようやくサチもほっと息を吐いた。



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