夜の街の魔法使い・星を掴む人 69



ラジェルの宣言通り、第一師団の事後処理が終わったのは一週間後だった。討伐の規模が大きいと事後処理にも時間がかかる様で、よれよれのラジェルが宿に駆け込んだのは夜の月が夜空に見えた頃だ。街に戻った時よりさらに痩せて見えて、忙しかったんだなあと声をかけるより早くおざなりな挨拶だけをして風呂に駆け込まれてしまった。そうか、風呂にも入れなかったのか。浴室で湯を作る詠唱が聞こえたのを確認して、ちょっと笑ってしまう。大変だなあと同情はするけど、そんなに急がなくてもと思うし何より風呂に入ってから来れば良かったのに。それ程、ユティに早く会いたかったのだと思われているのならば嬉しい。脱衣所の扉を開ければ脱ぎ散らかした服といつも身につけている武器達が床に散らばっていて、服だけを拾って籠の中に放り込む。武器はユティじゃどうして良いか分からないのでそのままだ。
「ラジェル、腹減ってるなら食事注文しておくぞ。外の方がいいか?」
「注文してくれると嬉しい。ごめんなユティ、いきなり風呂入って」
「別にいいぞ。ゆっくり洗ってくれ。タオルと、バスローブ置いておくな」
「ありがと!」
洗いたい気持ちはよく分かる。元気の良い返事に笑って、タオルとバスローブを置いてから食事の注文をする為に一度部屋から出る。高級宿はすっかり慣れた我が家になっていて、食事の注文も頼めば直ぐに届けてくれる。受付で喋りながら注文した食事を受け取って、部屋に戻れば風呂上がりのラジェルが腰にタオルだけを巻いて全開にした窓辺に立っていた。夜風は気持ち良いけど、それじゃあ通りから丸見えだ。
「大丈夫、見えない魔法かけてるし。わ、美味しそう。ありがとユティ」
「わざわざ魔法に頼るくらいなら乾かせばいいのに」
「この夜風が気持ち良いんだって」
注文した食事は紙の箱に入っていて、酒はバスケットで渡してくれる。早速とばかりに腰タオルのラジェルが酒を一本取ってそのまま飲んでいる。美味しそうだ。ユティはテーブルの上に食事を広げて、酒の瓶を並べていく。用意を終えても酒を瓶から飲んでいるラジェルはまだ窓辺にいるので背中を軽く叩いて着替えこいと笑う。
「一緒に食おうぜ。久ぶりなんだしさ」
「分かってる。やっと普通のご飯が食べられる・・・」
ぺちりと叩いた背中は相変わらずの逞しさで綺麗だけど、やっぱり少し痩せている。討伐の間もその後も忙しかったのだろうと思いながら既に空になった酒の瓶を受け取って、ラジェルは着替える為に自分で使っている方の寝室に行く。その前に見上げるユティの額に口付けをするさり気なさは流石だ。
ラジェルが着替えている間にユティも酒瓶を開けて一口飲んでから、思い出して自分の寝室に行く。あの、とっておきの贈り物だ。ラジェルが戻る数日前に加工を終えていて、とても綺麗な髪飾りになっている。箱も店側の好意で立派な、宝石箱に入れられている。ラジェルの金色の髪にある青い髪飾りは今日もあった。今は髪を洗ったばかりで何もないけど、食事をする前に渡してしまおう。早く見せたいし、喜んでくれれば嬉しい。
「あれ、ユティ?」
「今行く」
ふふ、と一人で微笑んでいたらラジェルが着替え終わっていた。慌ててテーブルに行って、箱を背中に隠して首をかしげるラジェルの前に座る。喜んでほしい。喜んでくれるだろうか。洗ったまま、まだ濡れている髪を見て、瞳を見つめて、今更ながらに緊張してしまう。
「どうしたんだ?何か持ってる?」
「・・・ああ、持ってる。その、プレゼントだ」
「え?」
どきどきしながら不思議がるラジェルの前に手のひらサイズの宝石箱を出して、差し出す。ラジェルの方を向いてユティから箱を開ければ驚かれるけど、中身を見てラジェルの表情が、息すら止まって、それから。
「まさか、髪飾り、だよな。え、でも、小さい・・・?」
「いつものやつと一緒に飾れる様にって。下につけると良い感じになると、思う」
「一緒に・・・ちょ、ちょっと待って、まさかこれ、星の石じゃ」
「俺が贈るんだから星の石に決まってるだろ。小さいけど、ラジェルに贈りたいと想って掴んだ星だ」
髪飾りだと気づいて、一緒にと告げもラジェルの表情が硬い。ひょっとして嬉しくないのだろうか。勝手にユティだけが盛り上がってしまったのだろうか。不安になって箱を持つ手が震えればラジェルが急に立ち上がって脱衣所に走る。それから、魔法の、風の詠唱が聞こえて脱衣所からテーブルまで暖かい風が流れてきて。
「ラ、ラジェル?」
髪を乾かしているのだろう、か。箱を持つ手はそのままで、どうしようと腰を浮かせればラジェルがすごい速さで戻ってきた。髪にはあの青い飾りをいつもの、横の髪に飾って。
「酷いよユティ、そう言うのはほら、飾ってる時に・・・いや、あの、もう、嬉しいんだけど、星の石って俺には畏れ多いって言うか、ああもう、一緒につけても、いい?」
「い、いいぞ」
嬉しい、のだろうか。嫌がっている訳ではなさそうだ。驚くユティはまだ宝石箱を持ったままで、ラジェルが素早く青い飾りをいつもの飾りの下につける。ああ、似合っている。星の石の方が色は暗いけど、重ねて飾るには丁度良い色になった。横の髪の一房に青い飾りが二つ繋がって、うん、とても綺麗だ。ラジェルは自分の姿だからよく見えないのだろう。ユティに見せると直ぐに脱衣所の洗面台に向かって行って、また直ぐに戻ってくる。顔が真っ赤だ。床に座ったままラジェルの忙しい行動を見ていたユティの前に真っ赤な顔の良い男が膝をつく。今にも頭から崩れ落ちそうだ。
「す、すごく嬉しい。綺麗で、これ、魔力すごいのに自然だし、あの、その、どう言って良いか分からないんだけど、な、泣いて良い?まさかユティから星の石を、それも、俺の飾りと一緒になんて言って貰えるなんて、夢にも見ないよ」
良かった。嬉しかったみたいだ。言い終える前に両手で顔を負ったラジェルがそのまま額から床に落ちて、ごつんと音がした。絨毯は敷いてある所だけど痛そうな音に思わず手が伸びて金色の、ぷるぷると震える頭を撫でる。
「良かった、喜んでくれて。勝手に贈ろうって決めたから、迷惑かもって今更気づいて、ちょっと泣きそうだった」
「そんな事ないし、泣いてるのは俺だし・・・」
「それだけ嬉しいって事だと受けとる。ありがと、ラジェル」
「お礼言うのも俺だし・・・あ、ありがと」
床に落ちているラジェルからのろのろと手が伸びてきたので、ぎゅっと握る。ちょっと濡れているのはご愛嬌だし、こんな体勢でも金色のの一房が床に伸びて綺麗な飾りが二つ見える。良い出来具合に満足だし、ここまで喜んでくれるのならばラジェルと一緒に泣いても良いだろう。まだぷるぷるしているラジェルの手を握りながら、ユティの瞳にもうっすらと涙が浮かんで、ころりと落ちた。


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