夜の街の魔法使い・星を掴む人 68



街に戻って酔っ払いになって、夜風を気持ち良く浴びながらもユティの日常は変わらない。また図書館と宮殿に通いながら資料を読み漁って、エクエクに寄って二人と話したり酔っ払いになったりする。繰り返しの日々を過ごしていれば半月なんてあっと言う間で、図書館に行こうかなと街を歩いていたらやたらざわざわしているなと気づいて、ようやく日付を思い出した。そうか、もう戻るのか。あんなに寂しく思ったのに、戻るとなれば早いなと思ってしまう。夜空を見れば黄色い月が沈む頃だ。ならば、宮殿に向かえば会えるだろうか。いや、報告や事後処理もあるだろうから・・・。
「今日は流石に無理、だよな。明日にするか」
それともラジェルが宿に来るのを待つべきか。ざわめきの中からいろいろな声が聞こえて、どうやら討伐は無事に終わったらしく死傷者もないらしい。それだけでほっとする。ラジェルの強さは分かっているけど実際に聞けば安心する。ならばユティは自分の成すべき事をしようと図書館に向かって、でもやっぱり気になるから宮殿の奥にある資料室にも向かってしまう。もう宮殿にも慣れて顔見知りも増えた。受付の騎士や資料を管理する文官に挨拶をすれば騎士団本部へ行かないのかと笑われる。やかましい。まだ戻ったばかりで忙しいだろうが。なのに受付の文官がころころと笑って資料室の鍵を渡してくれない。
「だってもう挨拶も終わって本部に皆さんいらっしゃるんですよ。良いじゃないですか、おかえりなさいあの挨拶くらい。関係のある方はみんな本部に行っているから賑やかですよ。ほら、今回とても急いで出かけたから」
そうか、ラジェルだけじゃなくて全員があんな感じで拉致、ではなくて召集されたのか。どうりで宮殿の奥でもある資料室なのに、普段はとても静かなのにざわざわしているハズだ。
「今日は資料を見に来ただけだっての。ほら、鍵」
「ええ、資料なら図書館の禁書を読み込んでからって言ってたじゃないですか。それに、今日は人が多いから紛れ込むならもってこいですって。ね、ユティさん」
「あのなあ・・・」
鍵は渡してくれなくて、騎士団に行ってほしいらしい。そんなに多くの会話をした覚えはないけれど、この数ヶ月ですっかりいろいろと知られてしまった。この様子だと恐らく騎士団に知り合いでもいていろいろと話を仕入れてるんだろう。
「分かった。俺の負けだ。騎士団に行くよ。でも資料は後で見せろよな」
「もちろんですが明日でも明後日でも構いませんよ。いってらっしゃい、ユティさん」
ひらひらと文官が手を振るから軽く睨んで、でも足取りは真っ直ぐに騎士団の本部へと向かってしまう。ひょっとしたら顔にでも出ていたんだろうか、気になっているのだと。資料室の管理をしているだけあってイイ性格だよなあと文官に背中を向けて、黒い廊下を早足で歩く。うん、やっぱり気になっているし無事な姿を見たい。もう数ヶ月、手紙もなく噂と簡単な人伝の報告だけだったのだ。今のユティは宮殿のどの区画でも自由に出入りできるから、いつも資料室へは裏口になる人の少ない所から忍び込む様に入っていた。でもここから騎士団本部へ行くには普通の通路しか知らない。奥から宮殿の中央を突っ切って本部へ入って第一師団の区画へ、大きな通路ばかりを通る。第一師団の区画へ近づく度にざわめきが大きくなって、一般の人の多さも目に入る。文官の言う通り第一師団の家族や友人らしき人達が多い。ああ、本当に帰ってきているんだなと思えばどうしても歩く足は急いでしまって、通路や廊下で談笑する人達の間をすり抜けながらラジェルのいる区画へと辿り着いた。一度しか来ていないけど、覚えていた。いや、人の多さが勝手にユティを第一師団へと案内してくれたのだ。第一師団の区画へ入れば後は記憶だけでラジェルの、隊長室へと向かえる。師団で使用している大きな部屋には人が溢れていて、今日はもう仕事にはなっていないのだろう。再会を喜ぶ声を聞きながら部屋を通り抜けて小さな廊下へ入れば、なぜだか人がいなくなった。そうか、戻ったばかりで仕事になっていなくて、この先にはラジェルだけだから人がいないのか。あんなに賑やかだったのに誰もいない黒い廊下はとても静かだ。この奥にラジェルがいる。ああ、今日はプープーヤがいないから気配が分からない。部屋にいてほしいと言う願いで心が鳴って、ユティの足音だけが響いて、扉の前に到着した。
「よ、よし・・・」
気合いを入れる為に小さく呟いてから扉をノックする。返答がない。
「・・・い、いないのか?」
ここまで来て、不在だとは思わなかった。考えてみれば不在の可能性だってあったのに誰にも確認しなかったのだ。どうしよう、ラジェルがいると信じきっていたから次の行動を考えていなかった。ノックした手をそのままの形で止めて、黒い扉を呆然と眺めていたら部屋の中から小さな音がした。がたん、と何かを動かした音だ。でも、返答はない。
「な、何だ?いる、のか?まさか泥棒なんて、いる訳ないよ、な」
返答がないのに音がするとは、何なんだ。けれど音がするなら誰かしらはいるのだろうか。ならば、なぜノックに返答をしてくれないんだ。もう一度ノックをしてみてもやっぱり返答はなくて、代わりに部屋の中から、また音がする。
「くそ、開けるぞ。もう、何なんだよ一体、誰かいるのか?」
訳が分からなくてドアノブを握れば鍵はかかっていなかった。そもそも鍵があるのかどうかも知らないけど、扉はあっさりと開いて部屋の中が見えて、ユティは全ての動きを止めた。
部屋の中は前に見た時と同じくらい散らかっていて、書類が山積みで、奥に見える窓が全開になっていて、そして。窓から身を乗り出しているラジェルの後ろ姿が見えてしまって。
「・・・え、うそ、ユ、ユティ?」
「な、何、してんだよラジェル」
数ヶ月ぶりの会話は、とても間の抜けた声になった。だって、どう見ても逃げ出す人の態勢じゃないか。窓から逃げようとしているラジェルは衣装もここの制服ではなくて私服になっていて、ユティを見てとても驚いた顔をしている。ユティだって驚いた。
「何って、ユティの所に逃げようかなって、今日は戻ったばっかりだからまだ事後処理がはじまらないし、今の内にって」
「だからって、逃げたらまた師団長が来るんじゃないのか」
「師団長は大丈夫。今は隣国にいるから・・・って、そうじゃなくて、え、うそ、ユティだ、ユティがいる!」
「お、おう、いるけど」
呆然としたまま間の抜けた会話をして、ラジェルの方が先に気づいた。ぱっと窓から身を離して真っ直ぐにユティに駆け寄って、途中にあったテーブルやら山積みの書類やらを盛大に踏んづけて蹴り飛ばして、抱きつかれた。
「ユティ!」
「ちょ、く、くるし・・・」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、いきなりユティの視界がラジェルだけになってしまった。数ヶ月ぶりの声と体温に心が鳴るよりも痛みと息苦しさでもがいてしまうじゃないか。
「わ、ごめんごめん。だってまさかと思って。ホントにユティだぁ・・・夢みたいだ」
「夢じゃないし、資料を見るついでに、戻ったって言うから・・・うん、久しぶりだな」
ラジェルの腕の中でもがいていたら直ぐに離されて、両手がユティの顔に触れてくる。確かめる様な動きをくすぐったく思いながら、ユティも手を伸ばしてラジェルの顔に触れる。少し痩せただろうか。怪我はない様だけれど疲れを感じる。そっと頬に触れれば懐かれて、ユティの頬にも大きな少しかさついた手の平が触れてくる。
「やっと会えた。ただいま、ユティ」
「おかえり、ラジェル。急だったもんな・・・」
顔に触れ合っていれば自然と距離が近くなって、互いに引き寄せあって口付けた。唇を柔らかく触れ合わせて温度を感じて、口を開いて舌でも触れ合う。直ぐにラジェルの舌が口内に入ってぐるりと混ぜられて触れられて、次第に口付けに夢中になる。隙間なく抱き合って口付けあって、気持ち良さを感じるよりもお互いを確かめ合って、ようやく満足して唇が離れれば息苦しくなっていた。呼吸を忘れてしまった。ラジェルも少し息を乱していて、お互い様だ。二人でくすくすと笑って額をこつりと合わせる。
「は、はは・・・ちょっとがっつき過ぎた。いきなりで、びっくりしたけど、嬉しい。ユティが会いに来てくれた。俺、今から宿に行こうかと思ってたんだ。どうせ忙しくなってまた会えなくなっちゃうし」
「まだ事後処理が残ってるんだろ?休みとか、貰えそうなのか?」
「もぎ取る。絶対もぎ取る。でもまだ、離したくない・・・どうせ扱き使われて一週間くらい缶詰にされるんだ。もう魔物多すぎ」
「しょうがないだろ。それに、無事に戻ったんなら宿で待ってるから、早く片付けろ」
「分かってる。だから、もうちょっと」
「ん、俺も、もうちょっと、触りたい」
鼻先で触れながら会話をして、自然に唇がラジェルを求めて触れていく。ラジェルも同じ気持ちなのだろう。口付けは直ぐに深くなって両手は身体に触れて、触れられて、今度は呼吸に気をつけて満足するまで触れ合った。


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