夜の街の魔法使い・星を掴む人 67



雪原に一ヶ月も籠って星を掴みに行ったユティは無事に夜の街に戻ってきた。もちろん怪我もない。ただ一ヶ月も携帯食料と僅かな木の実だけで過ごした上に風呂もなかった。一応限界がくれば身体を拭いていたけど必要最小限の荷物だったから、まあ、かなり酷い。街に入る寸前の、魔物の出ない辺りで改めて身体を拭いて、かろうじてユティと判別できる見た目になってから真っ直ぐ宿に戻った。高級宿だけあってよれよれのユティを見ても驚かれず、逆に心配されて食事の手配までしてくれてたのは感謝だ。
「・・・この豪華な部屋に帰ってきてほっとするとはなあ・・・久しぶりだ」
一ヶ月も一人きりで魔物に囲まれていたから独り言も久しぶりだ。部屋に入って荷物を床に落として、腹も減っているけどやっぱり風呂が一番だ。こう言う時は魔法の便利さが有り難くて、もう処分するしかないくらいに汚れた服を脱ぎ捨てて暖かい湯を作った浴槽に飛び込む。気持ち良い。湯は直ぐに汚れるけど、遠慮なく魔法で新しくして大量の泡でもって全身を洗う。気がすむまで洗って温まって、風呂から出る頃には宿の人が手配してくれた食事も到着した。これも久しぶりのまともな食事でとても嬉しい。星を掴みに行った後はいつもこんな感じで文明の利器や料理してある食事に感動するユティだ。テーブルの上に置いた料理を食べながら部屋をうろついて、床に落とした荷物から貴重品入れでる小さな皮の袋を取り出す。皮の袋は簡単な封印布も兼ねていて、ユティだけが開く事のできる多重詠唱で封がされている。口の中に残っていた食べ物を飲み込んで、酒で流してから封印を解いて袋の中身をテーブルの上にころりと出す。それは、雪原で掴んだ星の石だ。小指の先くらいの小さな石は海の底の様な、星空の様な色をしている。石の中心に目を凝らさないと見えないくらいの白い星が幾つか浮かんでいて、淡い光を放っている。この光があるから暗い色の石がやや青く見える。
「ふふ、我ながら良い石になった。後でプープーヤ様にも確認してもらおうかな」
見せた時の反応が楽しみでもある石だ。これは青色に分類されるから聖なる白石ではない。けれど、もっと特別な石だ。小さな石を摘んで眺めて、満足したら元の袋に仕舞って封をする。確認してもらったら良い加工場も紹介してもらおう。ラジェルが戻るまでに加工してくれる様な腕の良い所を。
「久しぶりに本気で掴んだな。うん、満足満足。腹も満足したし、寝るか」
まだ料理も酒も残っているけど、起きてから食べれば良い。安全なベッドも久しぶりだし、夜の街はいつだって夜だからとても眠りやすい。まだ部屋のあちこちにあるラジェルの私物が視界に入って今頃どうしているかなと思うけど、それも起きてから確認すればよい。今は疲れた身体を休めて、全ては起きてからだ。

青い月が浮かぶ頃に街に戻ったユティは目が覚めても同じ色の月を見た。丸一日眠っていたらしい。これもいつもの事だと、残った料理と酒を腹に収めて風呂に入ると簡単に身支度をして宿を出る。青い月はまだ浮かびはじめだからエクエクも閉店していないだろう。気配は追えていると言っていたからきっとユティが戻ったのも知っているはずだ。久しぶりの活気あるざわめきを心地よく聞きながら店に向かって、営業中の看板を確認してから扉を開けようとしたら。
「おかえりなさーい!遅いよユティ!真っ直ぐ来てくれると思ってたのに!」
「うお、いきなり飛びつくなよ。風呂入ったりしてたんだよ。ありがとな、ハーティン。ただいま」
ユティが開けるより早くハーティンが飛び出してきて抱きつかれた。尻尾がぶんぶんと振られていて心配してくれていたんだろう。ゆるく抱きしめ返しながら有難いなあと思う。すると店の中からプープーヤもふわりと飛んできてユティの頭の上に乗った。こっちも久しぶりの、心の底がぞくりとするうぞうぞである。
「無事な様で何よりじゃの。おかえり、ユティ。ほれ、早く入らぬか」
「ただいま、プープーヤ様」
プープーヤも心配してくれていた、のだろう。頭の上のうぞうぞを嬉しく、心の底がぞわぞわするので正直止めて欲しいけれど、まあ、嬉しい。ハーティンに抱きつかれながらプープーヤを頭の上に乗せてソファに座る。直ぐにハーティンが珈琲を用意してくれた。二人とも星を掴む話を聞きたがるけど、実際のところは一人黙々と、孤独に詠唱を続けるだけだから特に何もない。
「えー、つまんないよう。もっとこう、大冒険的なのはないの?」
「あったら星が掴めないぞ。そう言うのはラジェルに聞いてくれ。それで、これが完成品だ」
話はないけれど、星の石はある。ポケットから袋を取り出して封印を解いて、テーブルの上にころりと青い石を乗せる。小さな石ではあるけどプープーヤが見れば分かるだろう。どうだろうかと問おうとしたけど正面の、ハーティンの膝の上にいたプープーヤの全身がぶわりと膨らんだので声を喉の奥で止めた。ハーティンも耳と尻尾の毛がぶわりと膨らませてプープーヤをぎゅっと抱きしめる。そうか、そんな反応になるのか、この石は。いっそ感心しつつ二人を見ていたら、だいぶ時間を置いてプープーヤのぬたぬたが細く伸びてテーブルの上の石に触れる。
「驚いたのう。何じゃこの石は。聖なる力を感じるのに白石ではない、浄化もせぬ、なのに確かに力を感じる・・・そうか、場の魔力を乱さぬのじゃな。清らかでありながら、力を感じながらも自然であるのか」
プープーヤの言葉に今度はユティも驚く。何だか同じやりとりばかりをしてる気がするけど、ほんの少し見ただけでこの石の全てを理解してくれるとは、だ。ハーティンも大きく頷いているから人外には分かるものなのだろうか。では、人間も分かるのだろうか。
「いいや、人間には無理であろうよ。これは我らだからこそ感じられるものじゃ。そうじゃな、例えば特製の様なもの・・・ユティ、お主、まさか」
「やっぱりプープーヤ様すごいな。その通り、これはラジェルの特性に近くなる様に掴んだんだ。聖なる、何だっけ」
「聖なる泉じゃ。自身の内に絶えず聖なる泉を持ち、清らかな空気を発し全てを惹き付ける」
「そうそう、それ。俺じゃあよく分からないけど、白色なら掴めるし、でも浄化じゃなくて清らかってのを目指してみた。準備に一ヶ月、掴むのに一ヶ月、まだ付け焼き刃の知識で掴んだ星だけど、それだけ驚いてくれるなら良かった。成功だ」
「成功もなにも・・・いやはや、驚いた」
プープーヤのぬたぬたが青い石をつんつんと突いては感心している。ハーティンも指先で触れているから、光にかざした方が綺麗だぞと伝えればさっそく店に浮かんでいる明かりを呼び寄せている。
「わあ、綺麗・・・光があると鮮やかな青なんだね。すっごいなあ。ラジェルみたい」
「石の発する力が聖なる泉に近い所為もあるが、色もラジェルの瞳なんじゃのう。いやはや、これはこれは、別の意味でお熱いな」
「は?瞳って・・・・・・・あ、そう言えばそうか。青だった」
「え、そう言えばって、ユティ?」
「いや、忘れてた訳じゃなくて、いや忘れてたんだが、この石はラジェルの髪飾りに似せてるんだよ」
お気に入りだと言っていた青い宝石の髪飾りだ。いつも身につけているからきっと大切なものなのだろうと思われる、自然と目を惹く宝石だ。髪飾りに似せたと言えば二人も納得して、あれはラジェルがはじめて討伐した巨大魔物のドロップ品だと教えて貰った。やっぱり大切なものだったのか。
「これを加工して同じ髪飾りにしようと思ってる。もちろんラジェルの飾りに張り合うつもりは最初からない。大きさも星の石の方がだいぶ小さいはずだしな。これはあの飾りと一緒に身につけてくれたらと思ってるんだ」
聖なる力で苦しんでいるのならば、いっそ石の所為にしてしまえばいい。そう思ったのだ。ラジェル自身の性質ではなく、石の力、魔導具の力だと思えば人間は勝手に納得するだろうと。二人に説明すればまた驚かれてから、今度は笑われた。何でだ。
「だって、ユティの言う事は納得するしラジェルにとってはとても良い石になると思うけど・・・ねえ、プープーヤ様」
「少し会わぬ内に随分と堂々と惚気る様になったものじゃと」
「はあ?」
何で惚気になるんだ。これは純粋にラジェルを心配して、これまでの礼を込めた石なのに。ユティとしては真面目にラジェルの為にと思ったのに。けらけらと笑う二人を睨めば少ししてから謝罪されて、でもまだ顔がにやけたままだ。顔のないプープーヤもまだ笑っている気配がする。
「惚気と思われても仕方がないと思うがのう。ユティよ、あまり言いたくはないのだが、この石に付けられるべき価格を思うと壮大な惚気じゃぞ。いや、価格など付けられぬ、もやは国宝の域になるじゃろうて」
「この石だけで空気を乱さずに、でも清らかになるんだもん。欲しがりそうな人が沢山いそうだけど、僕らみたいな人外じゃないと本当の効果が分からないってのがまた凄いよね」
「あー・・・いや、まあ、そりゃあ、なあ」
そう言われてしまうと納得してしまうし、確かに石の効果は人間ではきっとユティにしか分からない。人間だったらきっと魔導具の一つとして見るはずだし、実際にユティが身につけているアクセサリーみたいな効果もある。カモフラージュ用ではなくて、どうしても星の石を掴むと膨大な魔力が蓄えられるのだ。この小さな石だけで上級魔法の多重詠唱を複数回可能にするくらいには。改めて石の威力を思えば惚気に・・・指摘されて自覚して、顔が暑くなってしまったじゃないか。
「今更照れても遅いと思うよ」
「ハーティンの言う通りじゃな。して、これの加工を聞きに来たのか」
「う、まあ、そうです。腕の良い加工場を教えてほしくて。ラジェルが戻る前に飾りにできたらなーって。あ、石の効果は内緒にしてくれな。そこは本気で頼む」
ユティとしては壮大な惚気、ではなくて国宝なんて気持ちはないのだ。綺麗な飾りで便利な魔導具だと言って贈るつもりなのだから。
「言われなくとも口にはせぬよ。我らは人と共に暮らしておるが、基本的に人の理(ことわり)の外におる者じゃ。それに、ラジェルがそんな価値のあるものは受け取れないと騒ぎそうじゃからのう。良い店は知っておるから任せるが良い」
「ありがと、プープーヤ様。俺一人じゃあ店も知らないし、助かる」
「気にするな。この様な石を見られて面白いからのう。まあ、時期に折を見てラジェルには本当の効果を説明してやるが良い」
「うん、そうする」
今はまだ言えないけど、もしラジェルとの付き合いが長くなるのでれば、その内にこっそり種明かしをして、喜んでくれれば良いなと思う。プープーヤが店に頼んでくれると言うか、人外の店じゃないと加工もできない石だと断言されてしまったので元の袋に仕舞って、今度は封印をしないで渡す。小さな袋は灰色のぬたぬたの中に取り込まれて、ちょっとぞわりとした。店に行く時は紹介してくれるらしいので楽しみだ。
「ああ、そうじゃった。そのラジェルだが、戻りは半月程先になるとの事じゃ。少し早く戻れるらしいな」
「昨日宮殿で聞いて来たから間違いないよ。加工、間に合うかな」
「難しい細工ではないから大丈夫であろうよ。ではユティ、飲みに行くぞ」
「もうお店も終わりにして良い時間だし、何より一ヶ月ぶりだもん、いっぱい飲もうね!」
ふわりと浮かんだプープーヤがまたユティの頭の上に乗っかって、ハーティンも尻尾を揺らして立ち上がる。まあそうなるよなと思うから、ユティもプープーヤを乗せたまま立ち上がって、これも久しぶりの酔っ払いになるべく店を出た。


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