夜の街の魔法使い・星を掴む人 66



いくら酔っ払いになっても落ち込んで寂しがってもラジェルは戻ってこないし、宮殿にも近づきたくない。けれども、星を掴む為には宮殿の奥にあると言う持ち出し厳禁の資料を漁る必要があるし、やっぱりラジェルの安否が気になる。何より星を掴みたいユティの復活は早かった。
数日後には気合を入れて宮殿に出向いて紋章による様々な恩恵を受ける手続きを済ませて、ついでにラジェルの安否も確認した。やっぱり数ヶ月はかかるらしく、しかも早くても三ヶ月、との返答を貰って返って腹が決まった。
「だったらラジェルが戻るまでに掴むしかないよな」
雪原で、とっておきの星を、である。討伐の状況は宮殿に出入りすれば紋章の威力もあって直ぐに分かる。それに、宮殿には図書館にもない持ち出し厳禁の資料があるから丁度良い。尋ねてみればこの街の深部に関わる資料があっさり閲覧できて、頼めば一般向けの本も持ってきてくれる。フェレス直々の紋章はかなりの威力があるらしく、戻ったらラジェルを拉致った苦情と一緒に礼も言おうと決める。まあ、怖い人なのでラジェルに苦情を言うだろうけど。

宮殿と図書館に通いながら資料を読み漁り、宿に戻って星網を編んでいく。エクエクに立ち寄ってプープーヤから助言を貰いながら購入した家の話も進めていく。そろそろ行動範囲も広げたいなと思うけれど、それはラジェルが戻ってから一緒に、案内してもらおう。まだまだ街の一部しか知らないから観光でも良いかもしれない。今度は北の街にも行ってみたいし、火山帯が近いらしいので温泉も期待できる。ふとした時にラジェルを想い浮かべて少しだけ寂しくなるけれど、時が経つにつれ寂しさも楽しめる様になった。一ヶ月が過ぎた頃には寂しさよりも戻った時の楽しみを想い浮かべる事の方が増えた。それもこれも宮殿でマメに報告される討伐の進行度と、宿に散らばるラジェルの私物のお陰だ。

そうして、ラジェルが討伐に出て一ヶ月と少し。簡単な調査と星網を編み終えたユティは道具を揃えて雪原に向かう。背中に背負うのはラジェルと出かけた時とは比べ物にならない程に大きなバッグで、中には携帯食料が山ほど入っている。出かける前にエクエクに寄ったら呆れられつつも心配されて、そう言えば星を掴みに出かけるのに見送って貰えるのは久しぶりだ。一人に慣れすぎていたのかもしれないなと見送られる嬉しさを噛み締めつつ、人気のない街の出口からゆっくりと雪原に向かって歩き出す。

夜の街から徐々に青い空が見えてきて、透き通った冷たい空気と大量の魔物に出迎えられる。ラジェルがいないから結界は道具で補う。なるべく場の魔力を乱したくないから今回は極力魔法は使わずに、原始的な方法での行動だと決めている。その分危険は増すけど、今までも同じだ。気配を消して音を出さずにゆっくりと歩く。荷物も必要最小限にしていて、肩から斜めに下げるバッグ一つの軽装だ。食料もコンパクトさだけを求めた携帯食料と粉にした飲み物だけ。後は雪原の木の実で補えば良い。前みたいな基本の星を掴むだけならば食料も多めに持ち込んで休憩や下の街にも行けるけど、今は違う。本気の場合はいつもこんな感じだ。後でラジェルに知られたら怒られそうだなと思えば心の奥がほんわりと暖かくなる。

魔物の動きを見ながら雪原を歩いて、夜になった。夜になれば一気に気温が下がり、深夜になれば雪が降りる。魔物すら動かない雪の降りる時間になる前に魔法のテントを出して暖をとる。一人だから特に喋る事もなく、もそもそと携帯食料と雪水を沸かして粉を入れただけの味気ない飲み物で流し込む。栄養が取れれば良いのだ。このテントもラジェルオススメの立派なものではなくて、魔力を極力乱さない小さなものだ。その分寒さが厳しいけど気にならない。ユティの中にあるのは今から唱える詠唱の事だけだ。

防寒具の上からでも感じる寒さで外に雪が降りたのを感じて、そっと外を伺って時間を見る。完全に雪原が白く覆われたのを確認したら星を掴む頃合いだ。

気配を消して、そっと外にでる。まだ寒さが残っているから魔物は静かだ。どうやら雪が完全に降りた時刻から一時間程、魔物は動かないらしい。読み込んだ資料で新たに判明したユティに有利な事実だ。魔物が動かないのであれば道具を使わなくて良いからユティは星網を取り出して静かに詠唱をはじめる。

澄み切った夜の空気はとても冷えて肺まで凍りそうだ。けれど、満点の星空に紛れて魔力が溜まっている。真っさらな白い大地に足跡を残しながら、動かない魔物に知られない様に静かに静かに詠唱を重ねていく。
星に願う祈りの言葉を十二、少しずつ変化を付けてラジェルが言っていた歌の様に雪原に流していく。両手に持った星網も詠唱にあわせて決まった動作で動かして、少しずつ星が集まってくる。一つ、二つ。目視で数えられる少なさなが正しい。これから星を掴み終えるまでに一ヶ月を見ているのだから、はじめての今夜はこれで十分だ。今夜の分の詠唱を終えたのは魔物が活動する少し前で、星網を仕舞ったユティは外に出た時と同じ様にテントに戻る。たった一時間、雪原の空気が澄み切って魔物の動かない時間。それを一ヶ月。朝まで眠って、夜明けと共にテントを仕舞って魔物よけの道具を取り出して雪原を歩く。途中で休憩を挟みながら携帯食料と木の実を腹に入れて夕暮れまでに次の場所まで進む。毎夜同じ場所では良い星がつかめないから、事前調査で一ヶ月分のルートを決めている。慣れている行動だからゆっくりと歩きながら魔物にも見つからず、夜遅くにテントを出して、深夜に星を掴みに出る。黙々と続く日々はとても静かで、詠唱以外に声を出す事もない。ただひたすら想いを込めて星に願う。重ねる詠唱を段階ごとに増やして行って、雪原の旅はたった一人で続いて行く。この星が想い人の力になる様に。願いと想いを込めてユティの詠唱は星空にふわりと舞って星を掴んで行く。


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