夜の街の魔法使い・星を掴む人 61



気持の良いまま昼過ぎまで眠って、魔物の闊歩する雪原を歩いた。ラジェルが結界を貼っているから魔物が側を走っていても安全で、雪原ならではのアイテムをいろいろと採取する。主に植物と鉱物だ。魔物を退治できれば魔物からのアイテムも取れるけど、そっちはユティは手を出さない。
「そっか、ユティは基本魔物に手は出さないのか」
「下級魔導師なめんなよ。まあ俺の場合は場の空気を乱したくないのと、体力温存の為だな。俺の本番は夜だし」
「俺は魔物退治が専門みたいな感じだから、こう、うずうずするなあ」
「今は止めてくれ。魔物もこの世界の生き物だから怪我するだけでも空気が変わるんだぞ」
「え、そうなの?」
「特にここみたいな強いのが多い所だと血の出る怪我で変わるな。かすり傷くらいなら特に何もないけど。もちろん退治されたり攻撃したりしたら数日は星を掴めない。確実に呪い玉になる」
「星を掴むのって繊細だなあ。魔物を減らせれば良いやって思ってたけど、そっちの考えだとだいぶ変わるな」
「別に魔物退治を否定する気はないし、むしろ賛成するぞ。だから俺は人気のない所ばっかり入ってこっそり世界のおこぼれを貰ってるって感じだな」
「なる程ねえ」
闊歩する魔物を眺めつつ特徴なんかをラジェルに聞いてのんびりと散策する。途中でテントを出して簡単な食事をして、また歩く。ずっと夜の街にいたから青空が眩しくて、けれど二日目になったら慣れた。やっぱり人間は太陽の光が当たり前なんだなあと思う。そう言えばラジェルはずっと夜ばかりなのに太陽の光も平気そうだ。
「俺はむしろ街にいる時間の方が少ないから。討伐隊は主に街の外だろ?遠征も年に何度か出るし、そっちは普通の国だしな」
「それもそうか。でもあの真っ暗な宮殿も平気なんだろ?」
「あそこも長いからね。あれはあれで落ち着くよ。もっと人が少なくて仕事がなかったら、だけど」
「人多かったもんな。あんなにいても仕事も山積みだったし、宮殿ってどこも同じだよな」
「やっぱりそうなんだ。中々難しいよなあ」
雪原にあるオヤツみたいな植物を少しもらって食べながらゆっくりと歩く。いろいろと喋りながら散策しているけど、ちゃんと手元には地図を持って地形や魔物の把握もしている。ユティが歩くのは主に夜になるけど、昼間の情報も大事だ。

そうして、雪原を歩きながら日が暮れはじめる頃に下への入り口を見つけて降りた。下への入り口は緊急避難トンネルで雪原からは魔物に発見されない様に隠れた場所にある。入り口も小さくて、簡易梯子で降りるものだ。結界はそのままで、周囲を警戒しながら下に降りればもう安全だ。
「ここが北のトンネルか。雪原よりかなり暖かいな」
「暖房の魔法をこれでもかって使ってるし、灯りも火も絶やさないからね。北のトンネルは条件さえ整えば南より安全だし、規模も大きいんだ」
下はトンネルと言うには多き過ぎる空間が広がっていて、夜の街みたいだ。魔法の灯りやかがり火の数もかなりのもので、暖かい。ほっと息をしながら防寒具の一枚を脱げばラジェルが気になる事を言いながら歩き出す。
「何だよその条件って」
「この灯りと火だよ。一定の数と温度があれば魔物は出ないし、南みたいな鍾乳洞もない。そもそもトンネルは古代の時代に魔法で作ったらしいんだよな。俺は詳しくないけど、うん、調べるなら街の図書館にいっぱいあるよ、その手の資料が」
「よし、帰ったら調べる。ん?じゃあここはトンネルだけなのか?あの雪は?」
「あれはもっと地下から、人じゃあ辿り着けない世界から、って言われてるけどそっちは調べても分からないみたい。で、街の規模も南より大きくて、あそこが宿屋」
街は横に長く、建物が点在している様だ。南と同じ様に岩盤を刳り貫いたものもあるけど、煉瓦造りも見える。宿屋は煉瓦造りで、それなりに歩く人々が多い。
「結構人が多いんだな。確か北の街に出るんだったよな」
「北の街までは二日かかるからそれなりに多いよ。街も大きいし。街もこんな感じでずーっと横に広がってる。割と遊べるし、観光で来る人も多い」
「はー。夜の街だけでも凄いのにトンネルもすごいよな」
「例外ばかりの場所だからねえ」
確かに閉塞感はない。夜の街から来れば違和感もなさそうだ。流れる風も暖かいし明るいから夜空がないのを除けば街よりも過ごしやすいかもしれない。
ラジェルから簡単な説明を受けつつ入った宿はさらに暖かくて、もう防寒具は必要なさそうだ。宿の人に案内された部屋も広くはないが二部屋あって快適そうだ。
「快適だな。街も楽しそうだし少しゆっくりしようか。星を掴むのはいつでも出来るし、俺も偶には観光したい」
「そう?俺もあんまり観光ってしないから楽しそうだけど」
「じゃあ観光しようぜ。まだ対策が充分じゃないし、一度街に戻った方がとは思うけど俺だって遊ぶんだぞ。ああでも、ラジェルはそろそろ仕事とか考えた方が良いか?だったら明日にでもトンネルで戻るけど」
「いいや遊ぶ。俺だって遊びたいし・・・折角の街なんだから、その、ユティといちゃつきたい!」
「・・・へ?」
防寒具を脱ぎながら荷物をテーブルの上に広げて、風呂にでも、なんて思いながら会話していたらラジェルが顔を真っ赤にして見つめてきた。そうだった。忘れてはいないけど、ラジェルはユティにその気がある人だった。思わずぽかんと口を開いてラジェルを見返してしまう。そうしたら怒られた。
「ユティって鈍いって言うか、興味のある方向にしか思考が動かない人だろ。俺、すげえその気でいろいろ触ってるのに全く気にしないし・・・」
「そ、そうだった、のか?」
「寝る時にだってキスしたし。気持良さそうにふにゃふにゃして直ぐ寝ちゃったけど」
そう言えば気持良かったのは覚えている。たぶん。何かにつけて抱き寄せたり触れたりしていたと、思う。でも防寒具の上からじゃあんまり意味がないのでは、とは言わない方が良いだろう。
「あー・・・悪かったよ。少しは意識する様に、頑張る」
「頑張る事じゃないと思うけど、風呂から上がったら目に物見せてやるんだからな。だから早く風呂に入って暖まっておいで。待ってる」
「そう言われると嫌でも意識するぞ・・・入って来る」
ラジェルは笑っているのに目が本気だ。じっと見つめられて風呂に送り出されてしまえばどうしたって考えてしまうではないか。これからの事を、ラジェルの事を。


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