夜の街の魔法使い・星を掴む人 59



狭い簡易ベッドでぎゅうぎゅうになっての仮眠は案外心地良かった。近くにある人の体温が心地良さを感じさせたのかもしれない。最も二人とも防寒具でもこもこだから人肌なんてかなり遠いハズなのに寄せ合った顔がそう思わせたのかもしれない。
ぐっすりと数時間を仮眠にあてて、空が白んできた頃にテントを片付けて外に出た。寒さは相変わらずで、深夜に降りた雪が綺麗に地面を覆っている。ただ、魔物は既に動き出しているからあちこちの雪が土色になってちょっと残念だ。
「朝日の昇る時間帯が一番清らかだって言うから魔物の動きも少しだけ鈍くなるんだ。どう、ユティ」
「良い空気と魔力だ。あの雪が降りる時間はやっぱり魔力が関係してるんだな。降りる前よりも魔力が濃くて、空気も澄んでいていい感じだ。でも、そろそろ魔法は極力なしで。少し離れて詠唱して星を掴むまでは前と一緒だ。悪いけど頼むな」
「任せて」
星を掴むのは久しぶりだ。結界魔法で守られる安全はもうない。テントから一歩外に出れば厳しい自然と魔物の世界だ。ここからはラジェルの魔法も極力使わずに街で買い込んだ道具で何とかするしかない。気配を消して静かに雪原を歩く。吐く息は白くて魔物にも見えているけど、道具のお陰で何とか無事に進める。急がず慌てずゆっくりと。自然と一体化する様に気配を消して、けれど不自然にならない程度に人間ではない、そこらに転がっている植物だと思わせるくらいの温度は漂わせる。何年も一人で歩いて来たユティは自然に気配を紛れ混ませて歩くのが得意だ。そして、場数を踏んでいるだろうラジェルも違和感なく一緒に歩いてくれて頼もしい。
ああ、空が白んできた。夜の星が朝日に浄化される時間がきた。静かに明るくなる雪原はとても綺麗で、ユティの頬が緩む。やっぱり好きだ。人間を受け付けないこの空気が。世界が。
ゆっくりと歩く速度を落とさずに静かに街の宿で編んでいた星網を取り出す。両手で持って決まった動作で広げる。白んだ空をちらりと見て、澄んだ空気とまだ残る星を全身で感じて詠唱する。
空に浮かぶ星々よ、たゆたいし光、穏やかなれ・・・
重ねる詠唱は最初から9つ。既に人間の耳では聞き取れない音になっているだろう、ラジェルが言う所の歌は雪原に静かに響く。魔物はこの詠唱に反応しない。星網を広げて星を捕まえながら詠唱は続く。淡く輝く星は網に捕まって、数を増やしていく。
詠唱を続けながら雪原を歩いて、朝日に照らされて消える寸前の星を捕まえていく。程良い所で詠唱をさらに重ねて、集めた星を網に絡めて静かに畳んでいく。淡く輝く星は次第に濃度を濃くしていって、やがて、ユティの両手に収まる大きさになる。詠唱はまだ続く。この頃になるともうユティの意識は両手の星だけになるから周りの魔物を気にしない。重ねて続ける詠唱と星を願う心が完全にユティと雪原とを混ぜて一体化する。
そうして、両手でぎゅっと星を掴んで、完成した。
ふ、と息を吐いて止まりそうになる足を何とか動かしていたらラジェルが何も言わずに結界魔法を詠唱してくれる。上級だからあっと言う間に移動テントみたいに頑丈な結界が出来上がって、もう安全だ。はー、と息を吐けばラジェルが肩を抱いて支えてくれる。
「お疲れさん。見事だった」
「さん、きゅ・・・」
今回の詠唱も最初の、南の草原で唱えたものと一緒だから出来上がった星は宝石だ。けれど色は違う。星を掴む場所や魔力、いろいろな条件で変わるのだ。ラジェルに支えてもらいながら握っていた手の平を開けば指先くらいの小さな、白い宝石があった。透明度のない、絵の具みたいな白い石は中心に向かって淡い青が混じっていてユティの目が軽く見開かれる。
「へえ、今回は白いんだ。砂糖みたいな白さだな。ちょっと青も混ざったりするんだ」
ラジェルは色の意味を知らないから指先で突いては楽しそうにしている。きっと忘れているのかもしれない。ユティのとっておきも白い石だった事を。あっちは淡く光っていたけど、白と言う色に意味があるのだ。聖なる白星(しらほし)。名前に色のある星は特別な意味を持つ。別の色が混じっていてもだ。
「あ、俺一人で騒いでごめん。移動してテントを出そう。歩けるか?背負った方がいいか?」
「大丈夫、少しなら歩ける」
黙りこくっていたユティをラジェルは疲れているのだと思ってくれたみたいだ。正解ではあるけど、間違いでもある。この雪原では白星を掴める。きっと星網や詠唱を考えれば貴重品を越える星も掴める、かもしれない。じっと手の平に転がる小さな宝石を見て考える。ユティには聖なる力は必要ない。自然に存在しているものだから惹かれる事もない。けれど、貴重品である白星を掴めるのは星を掴む人として単純に心が躍るし好奇心も湧く。ひょっとしたら他の星も掴めるのかもしれない。
「ユティ、本当に大丈夫か?何か目が怖いぞ」
「・・・ふふ、ふふふふふ。いや、ちょっと走り出したいくらいに嬉しいだけだぞ」
「そ、そんなにこの宝石が出来たのが嬉しかった、のか?」
「ああ。すっごく。いろいろ考えたくなってきた。今すぐ街に戻って図書館に籠もりたい」
頬が緩んできっと妙な笑顔になっているんだろうと思う。ラジェルが肩を抱いて支えてくれているのに身体を半歩退いた。しょうがないじゃないか、嬉しいんだから。


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