夜の街の魔法使い・星を掴む人 53



むずむずする。ラジェルの匂いがまだ残っている様で落ち着かない。目当ての本を借りてページを捲っていても集中できない。くそう、全部ラジェルの所為だ。
「はぁ、駄目だ。俺とした事が集中できないなんてあり得ない。気晴らしに少し歩くか」
昼までにはまだ時間がある。夜の街の図書館は流石に広くて歩くだけでも気分転換できるだろう。借りた本を小脇に抱えてそれなりに人の多い図書館をぐるりと歩く事にする。ユティは一般用の入館証で入っているから巡ると言っても今いるフロアしか歩けない。それで充分だけど。
このフロアには誰でも読める簡単な魔導書や街についてのガイドブック、その他の本がずらりと並んでいる。途中で面白そうな本を見つければ近くを歩いている係員に頼んで滑車のある本を運ぶ専用の台も貸して貰える。準備に必要な本と、そもそもまだ夜の街に詳しくないからとガイドブックを数冊選んでいればようやくラジェルの残り香が消えた様な気がする。
「しまった、三十冊に増えた。ま、いっか。宿に持っていけるのかこれ」
集中しようと目に入った本をばさばさと台に乗せていたらこれだ。図書館で読むには多すぎるし宿に貸し出してもらうしかない。らしくないなと頭を掻いて、台を押しながらテーブルに向かう。今度はちゃんと集中出来るだろうと受付で貸し出しをお願いして、ラジェルが来るまで読み込むかと、最初に借りた本を開けば今度はちゃんと文字が目に入ってきた。良かった。
そうして本を読み込んでいればあっと言う間に昼食の時間だ。この図書館では昼食の時間になると鐘が鳴るみたいだ。遠くから聞こえる音色にふと視線を上げれば正面に、ラジェルが座っていた。ふんわりとした笑顔を浮かべてユティを観察している。
「・・・おい」
「だって集中してるみたいだったから。すごいなユティ、それ三十冊目だろ。思わず数えちゃったよ」
「え、これで最後か。いや、そうじゃなくて声かけてくれよ。これ貸し出し依頼したんだぞ」
「そこなの?持って帰る手間がなくなって良かったじゃん。飯食いに行こうぜ」
「そうだな。これだけ借りて行くか」
いつの間にかほぼ全てを読んでいたみたいだ。もっと早くに声を掛けてくれればいいのにと思うけど、確かに手間は省けた。いつから観察していたのかと問えば三十分くらしいから、声を掛けてくれたとしてもそれ程変わらなかっただろう。受付の人に読み終えた本を返して、最後の一冊だけを手に図書館を出る。
「それ何の本?」
「街のガイドブック。主に北側のだな。この街、ガイドブックが多すぎだ」
「そりゃあ大きいからなあ。雪原の本は読んだ?」
「軽く読んだが、まだ足りないな。んで、飯はどうしようか。今日のオススメは?」
「俺のオススメは魔道区の裏通りかな」
「結構歩くな。宿に戻るから良いけど」
「だったら宿に戻ってから行こうよユティ。で、飯食ったら少し北側を案内したい。店とか、雪原の見える場所とかあるぜ」
そうか、北側まで行けば雪原が見えるのか。魔道区は北側だし、ユティの家になる予定の土地だしラジェルに任せるべきだろう。店も気になるし腹も減った。街を歩きながら何となくラジェルの向く方向についていく。
「ラジェルに任せる。美味い店を期待してるし、雪原の見える場所も楽しみだ」
「まっかせて!って言っても魔道区の方はプープーヤ様オススメの店なんだけどな」
「プープーヤ様って意外と食通だよな。酒場も沢山知ってるし、安い雑貨屋まで詳しいしな」
「あのまま一人?で食堂とか行くんだぜ。行列だって並ぶ」
「まじか。ちょっと見て見たい」
魔道区の方に向かいながらふわりと気持の良い夜風が流れた。また、ラジェルの匂いがする。直ぐ側にいるから当たり前だけど、こんな風に感じるのははじめてだ。何か香水でもつけているのだろうか。だって良い匂いだし、少し気になる。
「へ?香水なんてつけてないぞ。あ、走ったから汗臭いかも、やばい、ユティ離れてくれ」
「汗臭くはないぞ。そうか、香水じゃないのか」
「ん?ユティ?」
「いや、何でもない。悪かったな。だから汗臭くないから離れるなって」
「だって気になるじゃんか。宿戻ったらちょっとひとっ風呂浴びさせてくれ!」
「別に構わないけど、臭くなんてないのに」
むしろ良い匂いだから聞いたのに微妙にラジェルが離れて歩いて、寂しい。ん?寂しい?いつも一緒で近い距離に慣れ過ぎたのだろうか。自分の気持ちを不思議に思いながらもユティから一歩近寄って念を押して臭くないと伝えればやっとラジェルが離れて行かなくなる。うん、この距離が落ち着く。


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