夜の街の魔法使い・星を掴む人 46



師団長の所に出向いてから3日後。無事に対面を終え、ラジェルの仕事も何とかなって、ようやく平穏な、街に入ってあれこれと生活の基盤を整える時間ができた。やっと、である。このやたら豪華な宿からもとっとと出て落ち着ける住処を探したい所である。例えリビングが広くてソファがふかふかでラジェルが珈琲を入れてくれるとしても落ち着かない。
「えー、部屋広いし便利じゃんか。それに料金は俺持ちだって言ってるのに」
「ラジェルの奢りでも落ち着かないモンは落ち着かない。プープーヤ様も幾つか紹介してくれたけど、ぜーんぶ見事に魔法頼りの部屋で話にならん」
「だって夜の街だし、そりゃ魔法が基本になるぜ」
「ラジェルもこれだし。ほんっとうに夜の街って魔法ばっか。お前らそのうち火の点け方も忘れるんだからな」
「え?火って魔法で点けるんじゃないのか?」
これである。不思議そうに、とても純粋な瞳で見られてはユティの方が間違っているのかも、と思ってしまうが、違う!無言でふかふかのソファに別れを告げて、寝室から旅用の袋の中から火打ち石を取り出す。ラジェルが首を傾げながら着いてきたので火打ち石を見せればまた首を傾げられた。やっぱりか。
「魔法がありゃ何とでもなるけどこれは酷いだろ。火打ち石、言葉くらいは知ってるよな」
「んー・・・?」
「部屋探しにラジェルの力も借りられないってのが分かった。とりあえず不動産屋を紹介してくれ。後は何とかする」
「いや力になりたいんだって!そりゃあその変な道具は知らないけど、不動産屋なら知ってるし!気が変わらない内に出かけようぜ!ほら、まだ夜の昼だし」
「・・・飯食いがてら出かけるか。だからそんな焦った顔するなって」
「う、あ、焦ってなんかないし。昼メシなら美味い所知ってるから行こう!」
「ああ、楽しみにしてる。でもまだ珈琲飲み終わってないから、これ飲んだらにしないか?」
珈琲を入れたばかりなのに、もう出かける用意をしているラジェルに笑って、まずは座ってゆっくり飲んで行こうと告げれば素直にソファに腰掛ける。昨日の夜からようやく、今度はちゃんと師団長の許可と仕事の手配を終えて、合流したラジェルの様子がちょっと面白い。何と言えばいいのか、親の後をついてまわりたい子供か、人懐っこい飼い犬か、恰好良くて綺麗なのに見た目と行動が一致しなくてユティとしては楽しい。けれど、ラジェルはどう思っているのだろうか。確かにユティにはラジェルの特性は効かない。だからこそ良いのだと、だからこそユティにくっついていたいのだろうか。星の捕まえ方を教えているから一緒にいるのは不自然ではないけれど、少々距離が近すぎる様に思う。
「ユティ、俺の事じっと見てるけど、どうしたんだ?あ、珈琲苦かったとか」
「苦くはないけど、ちょっと考え事。星網もそろそろ本格的に作りたいなって」
ラジェルの事を考えていたらつい見つめてしまっていた。どんな気持でユティに貼りついているんだ、とは流石に言えないので星網の件を出せばラジェルの瞳が輝く。
「星網、今夜作るか?あれ凄いよな、1本1本編んでる動きがすげえ綺麗で、魔力の流れって言うのか?とにかく綺麗だし1本の糸が網になるなんてって思うし」
ん?食いつきが激しいぞ。もう何度か見せているのにこんなに、身を乗り出して語られるとは。少し驚いてラジェルを見れば、はっ、となって口を閉じてしまった。何だ、変な動きだな。ひょっとして星網の、最初から言っている通りあくまで星の掴み方に興味心身なのだろうか。それはそれで良いけど、どうにも腑に落ちない何かを感じる。不思議だ。
「いや、その、すげえなって思ったらつい。仕事で見られなかったし。あ、あのさ、星網が出来上がったら星を掴みに行くんだろ?」
「ああ、行くぞ。でもここから南の草原だと結構遠いよな」
なぜそこで視線を逸らすんだ、とも突っ込まない。これはユティそのものにも何かありそうだし、星を掴む方にも、両方なのだろうか。視線を逸らすラジェルはやっぱり男前だし、突いてもないけどこれ以上は今はまだ考えなくとも良いかと話を変えてみる。それにこの場所、街の北側から南の草原に行くには数日がかりになるから遠いのも事実だ。馬車で移動するのも面倒だしな、とラジェルに効いてみれば意外な答えが返ってきた。
「だったら北の草原に出ればいいんじゃないか?南より魔物が小型だし・・・ただ、その分強くて、雪原だけど」
「へ?」
雪原?南は普通の草原だったし、街の北側であるここも寒くなんてないのに。夜の街は四方をぐるりと草原に囲まれている、くらいの知識しかないユティだから実はまだ何もしらないに等しい。すると、今度はラジェルが自分の寝室に行って直ぐに戻ってきた。何やら一枚の紙を持っていて、テーブルの上に広げてくれる。
「師団の地図ね。夜の街は四方を草原に囲まれてて阿呆みたいに強い魔物ばっかだけど、東西南北で性質が違うんだ。ユティが来た南側はだだっ広い草原で大型魔物が多い。西と東は草原って言うより木が多くて森になってる。ここは中型の魔物が多い。それで、工房、魔道区の北にある草原は一年を通して雪原だ。夜の街そのものが巨大な魔法の塊みたいなモンだから東西南北にいろいろ歪みがあって、その最も濃いのが北の雪原って訳。北にも街に移動するトンネルがあるぜ」
「・・・はー、改めて、変な街だなこりゃ」
分かりやすく説明してくれるラジェルに礼を言ってから深々と息を吐く。どんだけ巨大な魔力がかたまっているんだか、考えるのも恐ろしい街だ。ただ、この区画から北の雪原はそう遠くなくて歩いて数時間で行けるとの事だ。そして南と同じくトンネル経由での移動が普通だとも。
「好き好んで魔物ばっかの雪原に行く馬鹿はいないって事だよな。小型の魔物が多くて雪原ねえ。雪が降ってると星が掴めないからちょっと考えないとだな」
当たり前ではあるけれど、空が晴れていなければ星は出ないのだ。ユティの掴む星は本物ではないけど、晴天でなければ夜空に浮かばないのは同じだ。
「それは大丈夫。雪原だけど雪は降らないんだ、あそこは。地面に延々と雪がうっすら積もってるだけ。魔力で気候とかいろいろな物が歪んで、地面の底から雪が降ってるって話」
「うへえ。まだ普通に降ってくれてる方が良いな」
それはつまり、気候ではなくて空間が広範囲に歪んでサカサマになってる、んだろうなあ。星は掴めそうだけど、実際に行ってみないと何とも言えない。
「行くなら防寒具も用意しないと凍えるぜ。工房区と魔道区にいろいろ売ってるから案内する。むしろオススメを案内させて」
「まだ行くとは言ってないんだけど」
「でもユティなら行きそうだし、あの雪原、人がいないから空気がすげえ綺麗なんだ。それに、雪原の中央に大きい湖もあって、もちろん入れないけどさらに綺麗。どう?」
それは、心惹かれる話だ。ラジェルも一緒に行くだろうし、そうすればいろいろと頼りになるし、基本的にユティの常識が通用すれば雪原は他の土地より空気が澄んでいて綺麗な星が掴みやすい。さっきまでのちょっと面白いラジェルが頼もしい笑みを浮かべてユティを見ている。
「分かった。今作ってるのが出来上がったら行きたい。いろいろ当てにしてるぞ、ラジェル」
「まっかせて!」
嬉しそうに微笑んだラジェルが珈琲を飲み干すと早く早く、なんてそわそわしながら立ち上がった。いや、今は飯を食いに行って不動産を巡るだけだぞ。


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