夜の街の魔法使い・星を掴む人 40



あんまりにもラジェルが怖がるから、どんな人なのか逆に興味が湧いてきた。できれば遠目で見て満足したいけど、ユティをこの宮殿に招いた張本人でもあるから対面しなければいけない。残念だ。
「俺はこう言う所からは遠い所にいたいんだよなあ。で、着替えても真っ黒なんだな、ラジェル」
「全部真っ黒だからな、ここの衣装は。ああ、そう言えば師団長も黒髪だったな。ユティみたいな。目の色は違うけど」
「へえ、黒髪ってこの辺りじゃ珍しいのにな。目は何色?」
「目も黒だよ。星空みたいって言う人がいるけど・・・怖いんだよなあ、あの目。力があり過ぎて」
やっぱりラジェルの意見は怖い、に到着するみたいだ。着替えても真っ黒な騎士服になったラジェルにもう涙の影はない。ちょっとだけほっとして、改めてさっぱりとした制服姿のラジェルを観察してみる。さっきまではよれよれだったけど、流石に今は恰好良い。見た目の良さは素直に認める男前だ。長身でうっすらと浮かべた笑みが周りの人を魅了する、そんな感じだろう。ユティには聖なる力みたいなものは一切感じられないけど、いい男がいい笑顔を浮かべて恰好良く歩いている、のは理解できる。やっぱり特性云々ではなくて、ラジェルそのものがモテる要因じゃないのかと。漆黒の騎士服には階級を示す刺繍があって、それもまたラジェルの見た目を良くさせている。纏うマントにもびっしりと刺繍があって目立つし、腰に下げる剣も太股にベルトで固定している短剣もまた同じだ。ん?短剣も制服姿で持つものなのか?
「そう言えばラジェルは短剣も持つんだな。俺、魔法剣士ってあんまり馴染みがないんだけど、みんなそうなのか?」
思えばユティの周りに上級の魔法剣士はいなかった。そもそも魔導師に比べて魔法剣士の数は少ないのだ。何せ魔法に加えて武器での強さも加味されて、両方が強くないといけない。上級魔導師はこの街に入ってからちょいちょい見かけるけど、魔法剣士はあんまり見ない。確か魔法剣士としての衣装は騎士服にマントだったはずだけれども。
「上級魔法剣士って言ってもいろいろだけど、俺は複数武器で登録してるから、これが普通」
「複数武器?」
ひょっとして魔法剣士って登録する武器の種類でもあるのか。そう思えば当たりだったらしい。ラジェルがマントを捲って背中を見せてくれる。そこには魔法のみで使用できる特殊な魔法弓が背中に固定されていた。
「魔法剣士って言っても武器はいろいろだろ。だから得意とする武器を登録して、それも上中下のランクに関わる。俺は剣と短剣に弓で登録してる。だからこの3つはいつも持ってるよ。逆に持ってないと安心できない。ああ、もちろん剣だけで登録して上級の人もいる。って言うか、そっちが普通。俺は変わり者」
「はー・・・魔導師の俺から見たらすごいとしか言いようがないなあ」
ユティなんて剣も使えないのに。一応護身用の短剣は持つけど、それも料理に使ってばっかりだ。感心しながら思う存分ラジェルを観察していたらプープーヤに咳払いされてしまった。何だよ、ラジェルが嫌だと言っていないんだからいいじゃないか。
「先ほどの話を綺麗さっぱり忘れておるだろう、ユティ。ラジェルに警戒されるぞ」
ああ、特性云々か。ラジェルの顔を見上げれば苦笑されて、でもユティには特に何も感じられない。ラジェルがいるなあ、と言うだけで今は武器や制服が珍しくて見ているだけだ。
「だってラジェルなら普通にモテるだろ。それにこの制服すごいよな。騎士服の刺繍もだけどブーツも手袋にも同じ刺繍があるし、マントのなんか・・・」
特にマントの刺繍が気になるのだ。隊長職を表しているらしいけど、複雑な文様に魔法文字が混じっている。これだけで何かしらの魔法を発動させるんじゃないか、いや、既に発動しているのか。黒い生地に黒い糸で刺繍しているみたいだけど、きっと糸の方に魔力が。ちょっと借りて解析したい。解析すればユティの使う詠唱のいいネタになるかもしれない。既にプープーヤの言葉もラジェルの苦笑もユティの中に残っていなくて、ついマントに手を出してしまう。
「うん、俺に興味がないのがすごく分かった。ユティ、マントが気になるなら後で貸すよ。制服だから問題ないし」
「まじか。ありがとうラジェル。できれば制服一式見たい。全部、アクセサリーも含めて」
「・・・うん、いいよ」
何でだろうか、ラジェルの苦笑の色が変わって、がっかりしている?みたいだ。プープーヤも溜息を落としている。
「良かったのう、ユティよ。ではそろそろ行こうかの。時間が遅くなるぞ」
「あ、そうだった。ええと、師団長って事はこの辺りにいるのか?いてもいなくても来た事実だけ作ろうと思ってから確認しなかったんだ」
通常であれば師団長、しかも王族に会いに来たのだ。それなりに予定を確認するべきではあるけど、ユティは知っていて全てを省いた。封筒を開けた時点で知らせは行っているだろうし、ラジェルがいればそこから確認して、いなかったら会いに来た事実を残してしばらく逃げられると思っていたから。
「ユティ、悪いけどあの人はそんな事じゃ逃がしてくれないし、本人がユティを探して街を歩く。それと、今日はいる。残念ながら」
「・・・ちっ」
「ちょっと、すごい顔で舌打ちしないでよ。怖いよユティ」
本当に残念だ。いや、会うつもりでは来ているけど、いなかったらいいのに。とも思っていたユティだ。王宮の関わる記憶には面倒臭さしかないとユティの、星を掴む人の経験がどうしても嫌な思いしかない。うっかり今までの記憶を思い出して舌打ちしたらラジェルがぎょっとして三歩も後ずさってしまった。


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