夜の街の魔法使い・星を掴む人 39



真っ黒い宮殿の、闇色の石。全部が闇に染まっていてこの街そのものだと感心するけど、やっぱりラジェルの部屋を出たら感じた。魔力の濃さと闇色の底にある禍々しきなにかを。心の底がぞわりとして震えるもの。廊下に出て直ぐに感じたから、無言でラジェルの部屋に戻る。何も、感じなくなる。
「本当に浄化してるんだ。廊下に出たら感じた・・・すごいな、ラジェル」
「だからそうではないと言っておろうに。ユティのそれは特性ではなさそうじゃの。まあ良い。それで、ラジェルを見て何か感じる事はないか?」
また同じ事を言われた。特に何も感じないけど、食事はちゃんと食べてほしいなあと思うくらいで。もぐもぐしていないラジェルが今度はじっとユティを見ている。何かに怯える様な青い瞳が痛々しい。だから、何でそんな目で見るんだ。ラジェルの所に歩いて近づいて、側に立って見てみてもユティには何も感じられない。聖なる力も浄化の力も。イイ男だなあとは思うけど。
「惹き付けられる、近づきたくなる、触れていたくなる。そう言った感情があるか?」
「はぇ?何だそれ。いや、イイ男だと思うけど、うーん」
それはラジェルがイイ男だからじゃないのか。素直に告げればプープーヤの威厳溢れる顔が驚いて、ラジェルもユティを見上げて凝視する。
「な、何だよ。だってそうじゃないのか?」
「確かにその部分も大きいかもしれぬが、違うのじゃよ。無条件に惹き付けられ、側から離れたくないと思い触れたくなる。それもラジェルの特性じゃ」
「・・・はあ?」
なんだそりゃ。それじゃあ誰もかれもがラジェルに惚れ込んでしまうじゃないか。魅了の魔法でもあるまいし。禁止されている魔法だけど。
「・・・ユティは、本当に感じないのか?普通ここまで言われれば思い当たる所があるのに」
さっぱり分からないユティにラジェルが小さく呟いた。妙に暗い声にぎょっとする。
「この特性があるから、俺に教えてくれるんじゃなかったのか」
「何をだよ」
「星網の作り方だ。星を捕まえる方法も。貴重な技術なのにあっさり教えてくれるって言うから、ああ、特性があるからなんだなって、思ってたのに」
「はあ?」
そんな事を思ってユティにひっついていたのか。いや待て、そもそも近寄ってきたのはそっちじゃないか。草原で出会って警備兵を助けて、それから。
「ちょっと待て。思い出してもどう考えても俺から近寄ってないぞ」
どんなに思い出しても違うじゃないか。なのにそんな暗い声でユティを見上げるなんて、そんなにその特性とやらが凄いのか。でも近づいて来たのは明らかにラジェルからだ。それは変わらない。
「・・・え・・・あ、そう言えば、そうかもしれない。でも、あっさり教えてくれるから」
「言われれば教えるぞ。明らかに変な奴には教えないけど、別に隠してないし今までにも教えてる。最も面倒過ぎて全員が投げたし、こう言う面倒そうな所じゃ隠してるけど。ラジェルはやる気がありそうで上級だし、変な奴には見えなかったから教えてる。それじゃ納得できないのか?」
ユティだってそうやって教わったし、長い旅の間で両手の指の数くらいの人には教えている。言えば興味を惹くのは当然だし、ユティにとっては今までに何度も体験してきた事だ。当然だと告げるユティにラジェルが目を見開いて、綺麗な青色の瞳からぽろりと涙が零れてまた驚いてしまう。
「は、はは・・・あはは・・・そうだよな。俺から教えてってお願いして・・・うん、ユティは、本当に、違うんだ」
力なく呟いて、零れた涙が止まらないラジェルに思わず一歩引いてしまう。泣く程の事なのだろうか。ユティにとっては相変わらず訳が分からなくて助けを求めてプープーヤを見てしまう。
「私にも分からぬがユティにラジェルの特性は効いておらぬ様じゃのう。気持ちは分かるが落ち着け。ラジェル、まずは風呂にでも入って落ち着いてこい」
「う・・・ご、ごめん。何で泣いてるか分からないんだよ・・・ユティ、どうしよう、何て言っていいか分からないんだ」
涙に震えた声にくしゃくしゃになった顔。特性とかは分からないけど、今のラジェルは抱きしめてやりたいと思う。いや、思うだけじゃなくて抱きしめてやればいいのか。泣いてるんだし。一歩引いた足を戻して両手を広げて抱きしめようとして。
「待て、ユティ。今抱きしめたら衣装が汚れるぞ」
「プープーヤ様、それ酷くないか?」
プープーヤにさくっと止められてしまった。衣装なんて別にいいいのに。と言うかラジェルの特性が魅了みたいなものならプープーヤだって惹かれているはずなのに扱いがあまり良くない様に思う。
「私はそれなりに長生きしているからのう。じゃが、それでも特性は関係しておる。言葉にしたくはないが、先ほど言った思いは私の中にも確実にあるのじゃよ」
「それが俺の特性なんだよ、だから厄介だし、できれば言いたくなかったんだ。言ったら自覚してしまうから。でも、ユティは違うみたいで・・・安心した。ごめん、お風呂入ってくるよ。確かに三日も入れていないからな」
ちゃんと覚えていたらしい、ユティの失礼な言葉を。涙を零したままのラジェルがくしゃりと微笑んで、ユティの肩を軽く叩くと区切りの向こう側に消えた。



シャワー室に消えたラジェルを待つ間にプープーヤからの補足説明があった。妙に長々しく難しい説明はプープーヤが精霊だからなのだろうか。聞く気はあるしラジェルがあんな風になってしまう特性だから理解はするけど、ユティには難しい世界だと思う。
「要するに、周りの空気を浄化しながら常にモテモテだって事でいいんだな」
「頷きたくはないが、そうじゃ。だからラジェルは他人を警戒する。しかしラジェルは特性に加え上級じゃ。しかも上級の中の上級。強くもありあの見た目で性格も悪くない」
「べた褒めだなプープーヤ様。俺から言わせてもらえばラジェル本人が既にモテモテなんじゃないかって思うけどさ」
「それもあるんじゃろうな。だが、ラジェルの意志に関係なく惹かれるのじゃよ。それで苦労しておるのじゃが・・・本当に何も感じないのか?説明すれば自覚する類いのものであるし、そもそもユティにも特性が・・・それは特性なのかのう」
「俺に聞かれても知らないし、勘が鋭いじゃ駄目なのか?つーか今はラジェルの話だろ。そもそも今まで普通に行動してたし、特性云々は信じるけど、あんなになるなんてちょっと異常だぞ」
そうなのだ。今まで一緒に行動していたけど、特にモテモテ、だろうなあとは思っていたけど実際には普通に生活していたじゃないか。一緒に街も歩いているけど、何もなかったのだから。
「そうじゃな。特に問題はないのじゃよ。誰もが惹かれ惹き付けられるが、それだけでもある。大抵はラジェルの見た目や性格がそうさせるのだと思う。だが、特性は想いとは別の場所で働いてしまい、想いと重なる。それがやっかいなのじゃ」
「ごめんプープーヤ様、分かんない」
「・・・話した事もない部下に告白され襲われかけ、尊敬していた者からもまた同じ。ラジェルと付き合いが長くなればなる程、全員が想いを濃くし勝手に爆発してしまうと言う事じゃ」
ああ、それは大変そうだ。モテモテなのは変わらないけど、ちょっと尋常じゃない。そんな生活が続いたら人間不信にでもなりそうだ・・・ああ、だからあの涙だったのか。
「特に人間は聖なる力に弱いものじゃ。普通につきあえる者は意志が強いものか耐性のあるもののみ。我ら人外は人間に比べ耐性が強いからそう爆発する事はないんじゃがな」
「はあ。やっと理解した。そりゃ大変だ・・・・ん?でも、その話だと騎士やってるのも大変じゃないのか?」
「何がどう関わるのかは分からぬが、そう短期間で爆発はせんよ。ただ、人間関係は大変であろうな。幸い、この宮殿は中級や上級が多い。強き者は何事にも耐性がある」
また分からなくなってきたけど、大変そうなのは変わらないと言う事か。でも何かに警戒する様子はなかったし、一緒に過ごす日々は楽しそうだった。聞けば聞く程考え込んでしまう。今までのラジェルを。まだそんなに長い付き合いじゃないから判断材料は少ないけど。
「別に日頃から身構えている訳じゃないさ。そんな警戒してたら疲れて死んじゃうからな。ごめんユティ。情けない所ばっかり見られてる気がするけど・・・ありがと」
考え込んでいたらラジェルが戻ってきた。バスローブ姿で髪を拭きながら器用にも魔法で飲み物を運んでいる。ユティとプープーヤに珈琲のお代わりを用意してくれたみたいだ。有り難くもらいつつ、バスローブも真っ黒なんだなと呆れてもおく。
「ここの衣装は全部こんな感じ。白でも赤でもいいと思うんだけどな。それでプープーヤ様、ユティに特性はあるのか?」
「分からぬが、師団長の所に行けば判明するであろうよ。どうせ来るであろうしな」
「あ、そうか。師団長の所に行くんだったよな。じゃあ着替えてくるから悪いけど待っててくれる?怖いけど俺も一緒に行きたい。ついでに休ませてって泣きつく・・・怖いけど」
どうしてもラジェルにとっては怖い人らしい。もうこの話はお終い、と戻ってきたばかりなのにまた奥に行ったラジェルを眺めつつふと思う。そんな怖い人にもラジェルの特性が関係するのだろうかと。
「それはない。師団長もまた特性を持っておる。何者にも動かされぬ鋼鉄の意志、絶対の剣を持つ者じゃ。だからラジェルはこの地におるのだろうよ」
「・・・なんか、凄く強くて怖そうな人だってのはわかったよ」


top...back...next