夜の街の魔法使い・星を掴む人 38



清らかな、とでも言うべきか。宮殿から感じていた闇色の禍々しさと息苦しさが消えて、絶えず感じていた夜の街独特の魔力の濃さも感じない。普通の空気、だ。宮殿はもちろん、この街もユティにとっては魔力の濃度が濃くて、害はないけど絶えず感じてはいた。けれど、その全てが今はない。ラジェルの部屋に入った時からだから、と、つらつら考えてまた思い出す。街にいる時でもラジェルがいれば濃度を感じなかった・・・のかもしれない。そこまでは思い出せないし普段は気にしてもいないから忘れている。
「それより今は料理だな。やっぱり魔法のキッチンだし。ホントここの奴等って魔法好きだよなあ」
向こうの部屋ではまだラジェルとプープーヤが何か話し合っている、らしい。ユティに料理をさせてしまうなんて、と渋っていたラジェルだけど、プープーヤに言いたい事があるらしいのでまずは話し合ってもらう事にした。ユティの名前もあったけど、きっとユティには分からないだろうし、いつまでも剣呑な空気でいてほしくはない。二人とも忘れているかもしれないけど、ユティにとってはこれからの方が気が重いのだ。とっとと話し合って二人に協力、と言うかできれば一緒に師団長に会いに行って守って欲しいのだから。
「そこまで怖いかどうかは分からないけどな。どれどれ、ああ、本当に材料があるな」
部屋の区切りは入り口からは見えづらくなっているけど、ラジェルの机からは普通に見える、ドアのない半円形に刳り貫かれた壁だ。どうやら執務室に簡易住宅の様な部屋がくっついているみたいで、小さな仮眠室にキッチン、トイレにシャワー室がある。ちなみに、仮眠室は執務室と同じ散らかり具合で、服がプラスされていた。トイレとシャワー室は見ていないから分からないけど、キッチンも中々に酷い有様だ。ただ、ここのキッチンには水道も釜もないから酷いと言ってもそれ程でもない。ただ食材が散らかっているだけだ。
「・・・なんで食材があるんだ?普通、こう言う所って食堂とかがあるんじゃないのか?」
そして新たな疑問が浮かぶ。寝る間も惜しんで仕事をしているのに態々食材を買い込んで調理するのか。隊長なのに。偉いのに。それはそれで、不自然ではないのだろうか。
「俺が考えても分からないから、ま、いいか。ええと、これならスープと炒め物くらいは作れそうだな・・・魔法で作るとなんか混じりそうで嫌だけど」
保存の利くパンは軽く炙って、チーズを乗せて。野菜と干し肉を混ぜて煮込んで、生肉を焼いて。全てが魔法で行えるし、煮込み料理に関しては火を使うより早く出来上がる。でも、味気ない上にやっぱり別の何かが混ざりそうな気がしてしまう。これはもう生まれ持った習性に近いのだろうと思う。ユティの故郷には魔法を使う人があまりいなくて、中級魔導師ですら滅多にいなかった。そう言う所だったから当たり前の様に全てを自然の力で行っていたし、故郷を出て旅をはじめても魔法はあまり使わなかった。
「便利ではあるんだけどな。よし、できた。んー、やっぱり混ざってる気がするけど、気のせいにしよう。さて、向こうは終わったのかな。とっとと終わらせてほしいんだけどな」
出来上がったのは暖かいパンとスープにブロックの肉を焼いた単純な料理だ。ユティとプープーヤは飲み物だけでいいから準備は直ぐにできる。一度二人の様子を見るかと区切りの向こう側に行けば向かい合ってソファに座っていた二人がじろりとユティを見る。な、何だ?
「め、飯できたんだけど・・・何だ?」
「いや、良い匂いがするから気が散って・・・話は終わったんだけど、酷いよユティ。そんな美味しそうな匂いをさせるなんて」
「はぁ?」
何を言っているんだ。料理をしていたんだから匂いがするのは当たり前じゃないか。なのに、そんな恨みがましく言わないでほしいものである。
「ほほ。食材を買い込んでいるからと言って料理が上手い訳ではないからのう。よかったの、ラジェル」
「煩いよプープーヤ様。どうせヘタクソだよ。いや、そうじゃなくて。ユティ、腹減ったから飯食わせてくれ!」
「お、おう」
じゃあ何で食材を買い込んでいるんだ。とは思ったものの折角作った料理は温かいうちに食べてほしい。涙目になっているラジェルに呆れつつもキッチンに戻ればラジェルも入ってくる。手伝ってくれるらしい。
「俺の飯だし。ホント、ありがとなユティ。久しぶりにマトモな食事ができる」
「別にいいんだけど、何で下手なのに食材なんか買い込んでるんだ?食堂とかあるよな、宮殿なら」
「あー・・・。あるにはあるんだけど・・・いや、その辺りも話すよ。プープーヤ様にも言われちゃったし、きっとユティも不思議に思ってるだろうから」
やっぱり訳ありか。プープーヤの言う特性が関係しているのだろうとは思うけど、鍋ごと持って行こうとするラジェルが妙な顔をしているのが気になる。何で、泣きそうな顔になっているんだ。



ユティの作った食事をテーブルの上に置いて、ラジェルは早速とばかりに食べ始めている。テーブルは来客用との事で、一人用のソファにラジェルが座って、正面の大きいソファにユティとプープーヤが座る。
「美味しい!ユティ、料理上手だ。うん、美味しい」
にっこりと輝く笑顔で褒められれば嫌な気はしないけど、くすぐったくなるので止めてほしい。そもそも簡単な料理なのだから。そんなに美味しいのであればまた作ってあげようかな、とか思ってしまうじゃないか。あんまりにもラジェルが美味しいと連呼するものだからプープーヤも摘み食いしているし。
「ふむ。良い味付けじゃ、と言っておこうかの」
「その反応の方が有り難いよプープーヤ様」
ほらやっぱり普通じゃないか。ラジェルの反応から気を遣ってくれたんだろうプープーヤだけど、表情が普通だと言っている。うん、ほっとする。
「それで、話があるんだろ。悪いけど早めに頼むよ。ラジェルに会う目的は達成したけど、ほら、後があるし」
「そうじゃのう。では手早く話すかのう。ラジェル、その様な顔をするな。いずれ分かる事じゃ」
「・・・分かってる」
それ程の話なのか?さっきも泣きそうな顔をしていたし、どんな特性なんだだろうか。さっぱり分からないユティとしてはそんな顔をさせてしまうなら聞かなくとも、とは思うけど黙っていられるものでもないらしい。
「特性とは生まれ持ったものじゃ。ユティに特性がある様に、ラジェルにもある。そう言ったのは覚えておるな」
「そりゃあちょっと前の事だし。いや、俺も特性なのか?」
「恐らくはの。それは今は置いておけ。ラジェルの特性じゃ」
そうだった。そもそも特性と言う言葉すら聞いた事がないユティだからラジェルがまた泣きそうな顔になってるのも理解不能だ。でも肉をもぐもぐしているままだからちょっと面白くもある。
「そもそも特性と呼ばれるものは滅多に発現しないものじゃ。昔の人間には多く見られたが、なぜ消えたのかも知らぬし、人間自身は普段は特性を感じられぬ。我ら、人外が人間の突出した能力を感じ、我らの言葉があってはじめて人間も特性を感じられる、者もおる。普通の人間にはまず関係のない話じゃ」
ラジェルを見ていたらプープーヤの説明がはじまっていた。ちょっと難しいなあと思えば長い杖が伸びてきてユティの頭を小突いた。話半分で聞いていたのがばれたらしい。痛い。
「聖なる泉。自身の内に絶えず聖なる泉を持ち、清らかな空気を発し全てを惹き付ける。人であっても我らであっても。ラジェルの意志は別に全ての者を引き寄せ、己の周りを浄化する。浄化に惹かれまた惹き付けられる。泉には絶えず聖なる水が溢れ、尽きる事はない。ラジェルの特性じゃよ」
「・・・はあ」
壮大な特性だ。と言う感想しか出なかった。他に思い浮かぶ言葉は神殿とか神官とかだけど、こっちはあんまり聖なるものでもないので消しておく。プープーヤが語るラジェルの特性に思わず本人を見れば思い切り横を向かれてしまった。まだもぐもぐしているけど、顔を見なくても分かる。泣き出しそうだ。でも、何で?聞く限りではそんなに嫌な特性でもないだろうに。
「ユティが楽になったのもラジェルの特性からじゃよ。空気が浄化されているから息苦しくはないであろうが」
「・・・ああ!そうだった。そう言えば楽なんだよな。そっか、ラジェルのお陰かあ。ありがとな、ラジェル」
ラジェルが泣き出しそうなのが気になってまた忘れていた。そもそも息苦しいなんて感じていなければ直ぐに忘れる類いのものだ。となるとラジェルがいれば空気が浄化されるのか。うーん、ますます便利なだけだ。
「ユティ、やはりお前のは特性ではないかもしれんの。ラジェルの特性は空気を浄化するだけではなかろうが。私の説明をちゃんと聞いていたのか」
「難しいからよく分からなかったし、別に悪いものでもなさそうだろ。あ、でも浄化するって大変じゃないのか?体力とか魔力とか減ったりするのか?」
それなら大変だ。何を浄化するにしても魔法だと上級魔導師の範囲になるのだ。だからラジェルは嫌なのだろうか、自分の特性が。と思えばまた杖で小突かれる。
「痛いよプープーヤ様。何だよさっきから」
「それは私の言葉じゃ。本当に分からないのか?こやつの特性は特殊なものじゃ。我らが言えばだいたいが分かるものでもあるのだぞ。何か感じはしないのか?」
「感じるもの・・・?」
ラジェルから感じるもの。何か感じるのか?横を向いて俯いてしまったラジェルをじっと見る。うーん、特に何も感じない。黒い制服らしい騎士服を着崩していて、金色の髪が多少ぼさぼさになっていて、無精髭があって。これは外見か。
「忙しくて風呂入る暇もないんだろうなあとは思うけど・・・痛った!プープーヤ様その杖痛いんだって!」
「やかましいわ。本当に何も感じないのか?この宮殿からは感じていただろうに」
「そりゃ感じるだろ。こんなに真っ黒なんだぞ。あ、でも今は感じないな」
「ラジェルがいるからだと言っただろうが。実は馬鹿なのかお前は」
「プープーヤ様酷い。ちょっと待って、ちゃんと感じるかどうか確かめる」
酷い言われ様である。また杖で、今度はかなり強く頭を叩かれてタンコブができそうだ。だってしょうがないじゃないか。何も感じないのだから。けれど宮殿から感じるあの禍々しさは覚えている。ラジェルのお陰で感じないのかどうか、本当に浄化されているのか確かめるべくソファから立ち上がって一度部屋を出てみる事にする。ラジェルは驚いているけど、プープーヤは呆れた溜息なんか落として疑いの目でユティを見ている。益々酷いじゃないか。ユティとしては別に特性なんてどうでもいいけど。


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