夜の街の魔法使い・星を掴む人 37



ようやく辿り着いたラジェルのいる部屋は宮殿と同じく真っ黒で、だいぶ奥になるんだろう。感じる闇が濃くてユティには息苦しい場所だ。ドアも真っ黒で装飾品も同じ色で制服まで黒。ここの人達は暗くなったりしないんだろうか。
「その為の灯りじゃろうて。ほれ、入るぞ」
「ラジェルー、来たぞー」
ドアの前で唸っていてもはじまらないからと、プープーヤがノックもなしにドアを開けて中に入るからユティも続いて中に入って驚いた。
「うっわ、何だこの部屋。散らかりまくりじゃん」
「酷い有様じゃのう」
部屋も真っ黒くて、なのに白い書類と沢山の本で埋まっていた。さっきの大部屋も書類と本で沢山だったけど、ここはさらに酷い。そもそも部屋そのものがあんまり広くないから余計に散らかって見えるのだろうか。隊長の部屋らしく高そうな真っ黒い調度品の名残があちこちに見えるけど、散らかったいろいろな物に隠れて見る影もない。呆れて部屋を眺めてしまえば奥にある机の上の書類が、いや、書類に埋もれた何かががさりとうごめいた。ちらりと金色が見えたからきっとラジェルだ。
「う・・・な、んだよ、起こすなって・・・・え?」
「おっす、ラジェル。来たぞ」
「何じゃ何じゃその有様は。私が来てやったのじゃぞ。しゃきっとせんか」
「え・・・ええ!?ユ、ユティ・・・?プープーヤ様・・・!?」
「何で俺は疑問系なんだよ」
「だってその恰好って言うかプープーヤ様人型になってるしユティはなんかキラキラしてるし・・・え、これ、俺の夢か?」
どうやら書類に埋もれて寝ていたらしい。いや、気絶かもしれない。なにせ顔色は悪いし目の下の隈も濃ければ無精髭まである。ここまでよれよれになってもイイ男なのは流石だなあと感心してやろうとは思うけど。
「夢じゃなくて現実だっての。ラジェルが戻れないって言うから様子を見に来たのと、ついでに例の招待状を片付けようと思ってな。プープーヤ様はオマケ」
「私をオマケ扱いとは良い度胸じゃ。ユティの言う通りだがの」
「・・・」
呆然と部屋の入り口に立っているユティとプープーヤを眺めるラジェルが何度か瞬きして、また書類の山にばさりと顔を埋めてしまった。それからもぞもぞと金色の頭だけが動く。
「・・・寝起きでこの現実は酷いと思うんだ。先に言っておいてくれよ、こんなよれよれじゃ恥ずかしいじゃんか。ユティすごいキラキラしてるしさあ」
「それは言うな。ラジェルだってイイ男なのは変わらないぞ」
「・・・照れるから止めてくれ」
本当の事を言っただけなのに、ラジェルはまた書類の中に顔を埋めてしまう。いいんだろうか、仕事のものだろうに。
改めて部屋を見渡せば入り口からラジェルのいる机まで進めないくらいに酷い散らかりっぷりだ。黒い床に散らばった書類に本になぜか数本の剣と弓まである。この部屋で魔物退治でもしたんだろうかと言うくらいの散らかり、いや、荒れ様だ。入り口近くに落ちていた書類を数枚拾えば全てに挿絵があって、魔物の情報が細かく書き込まれている。
「ラジェルの造形はどうでも良いのだが、この酷い有様はどう言う事なのじゃ。これでは私達が座れぬではないか。いや、この場から動けぬのだが」
「あ、ごめんごめん。今散らかってるのは重要書類じゃないからまとめるよ」
かなり詳しく書かれているからつい読み込んでしまえば立ち上がったラジェルが詠唱して部屋にあった全ての書類を風の力でまとめて、隅の方に重ねてしまった。流石上級魔法剣士。器用だ。けれどユティの手の中にあった書類はそのままだから徒歩で重なった山に持っていく。
「つい読んじまった。ごめん、ラジェル」
「別にいいよ。後で図書館に行く予定のやつだし。今ここに残ってるのは全部そんな感じの情報書類だから読んでてもいいよ。あ、今飲み物作るな」
「その前に顔を洗ってきてはどうじゃ。飲み物はユティが作るぞ」
「え、俺かよ。別にいいけど作るって、キッチンでもあるのかここ」
強制的にある程度片付いた部屋にはソファと小さなテーブルがあって、それなりの広さになった。備え付けの王宮らしい高そうな調度品や奥にある夜空の見える窓、それに続きの部屋があるらしく、部屋の区切りもある。
「折角来てくれたのに申し訳ないだろ、それじゃ。それに俺、まだ飯食ってないからそっちもついでに用意したいんだよな」
「不健康じゃのう。ユティ、キッチンはその区切りの奥じゃ。嫌でなければ作ってやってくれんか。材料は揃っておるだろうて」
「へ?あ、ああ、別にいいけど、プープーヤ様やたら詳しくないか?」
キッチンの場所はともかく材料まで知ってるなんて。既にソファでくつろぐプープーヤを見れば髭を撫でているだけで返答がなくて、なぜかラジェルが嫌そうな顔になっている。
「プープーヤ様、ありがたいけどユティは・・・」
「黙っておったら良い方向には進まんぞ。それに、ユティも種類は別じゃが同類かもしれん」
「それはない。でも」
「まずは顔を洗ってスッキリしてこい。その脳味噌では考えもまとまらぬぞ」
「まとまってるし、これは俺の問題だ、プープーヤ様」
ユティの名前は出ているのにさっぱり分からなくて、ラジェルの声が低い。何だって言うんだ。抱えた本を机の上に置いたラジェルはプープーヤの前に言って睨み降ろしている、のだろうか。入り込めない空気を出している二人に灰色のやたら目立つローブを脱いだユティはどうする事も出来ないから、とりあえずブラウスの袖をまくってプープーヤの言った区切りの前まで行く。
「よく分からないんだけど、とりあえず飯作るなら作ってもいいぞ。だから、その間に俺の事も関係するんだろうけど、俺に分かりやすい様な説明を二人で考えててくれ」
妙に深刻そうだし、何も知らないユティにはどうしようもない。だったら料理でもして、自分用の飲み物も作りたい。いや、この宮殿じゃ料理も飲み物も・・・と思った所でようやく気づいた。この、ラジェルのいる部屋に入った時くらいから息苦しさも、闇色と魔力の濃さの底にある禍々しきものも消えている事に。


top...back...next