夜の街の魔法使い・星を掴む人 36



プープーヤのお陰で立派な招待状は懐に仕舞ったままラジェルの努める騎士団本部の区画に入れた。本当に顔パスで、人型であっても宮殿に勤める人には周知されているらしい。
「宮殿には旧知の精霊がおるのじゃ。偶に飲みに行ったりもする」
長い間この街にいるプープーヤだ。知り合いが多くて当たり前だろう。素直に納得しつつ魔導師のローブから騎士服が多くなった周りを見つつラジェルのいる部屋を目指す。騎士団本部の入り口で案内を、と言われたけどプープーヤが断ったからどこを歩いているのかよく分からない。
「そうか、ユティは知らぬのだったな。ふむ、案内を頼むべきだったかのう」
「別にいいよ、もう来ない予定だし、後々必要だったら覚えるから。ああでも、ラジェルのいる所まではまだ遠いのか?」
「もうそろそろじゃよ。ほれ、あの辺りじゃ」
「あの辺りって・・・お、第一師団って書いてある。じゃあこの区画が第一師団になるんだな」
「そうじゃよ」
周りは騎士団の制服なんだろう、前に見た最礼服みたいな白い騎士服じゃなくてみんな真っ黒だ。宮殿が黒いんだから制服の色くらい変えればいいのに、と思う。灯りは宮殿の中でも、いや、宮殿の中だからか街より多くて明るいけど制服が黒いから妙な感じだ。ただ騎士団の本部らしく人は多くて、あっちもこっちも黒ばかり。そんな所に理想の魔法使いです、みたいな灰色のプープーヤと同じ色のやたら派手なローブを羽織るユティはとても目立つ。今の所呼び止められてはいないけど、あからさまにざわついているし、見られてもいる。うーん、見世物な気持ちだ。
「久しぶりに訪れたのじゃが、規律が崩れておるのう。私を見て騒ぐなど、後で苦情を言ってやろう」
「目立ってるけど、まあ、なあ」
規律云々と言われれば頷くしかない感じだ。今まで王宮と呼ばれる場所に何度か出入りしているユティだけど、正装したとしてもここまで目立っては・・・プープーヤの所為にしておこう。歩いている人達、ほぼ全員の視線を集めつつ見世物な気持ちのまま、ユティは相変わらず息苦しいままでようやくラジェルのいる部屋が見えてきた。黒い通路に黒い扉だけど、一応どの場所なのかを示す小さなプレートがあるから直ぐに分かるのだ。
「ここにラジェルがおるの。あやつは気配に特徴があるから直ぐ分かる」
「そうなのか?まあ分かるならいいけど。えーと、普通に入っていいのか、この部屋」
「見張りがおらんから良いのじゃろうて。どれ、入るぞ」
そもそも騎士団の区画の奥だ。きっとここで働く人しかいないから見張りもないのだろうけど、ノックもなしにプープーヤが入ったら駄目な気もする。慌ててプープーヤがドアノブを捻る前にノックすれば中から返答があった。ラジェルの声じゃないけど、返答があったらからもういいだろう。プープーヤは返答の最中にドアを開けてしまったし。
「ふむ、ここは何の部屋なのだろうか、散らかっておるのう」
「プープーヤ様、いきなりそれは駄目だろ。ちょっと待ってって」
こう言う所はやっぱり人間じゃないからと思うべきか。さっさと部屋の中に入っていくプープーヤにざわめきが、いや、悲鳴が出た。しょうがないのでプープーヤのローブを引っ張って足を止めつつユティも部屋の中を見て、驚いた。本当に散らかっていたからだ。たぶんユティの泊まっている宿の建物より大きい部屋なのに書類や本が散乱していて床まで溢れている。部屋の中にいる人数は結構多くて数十人、全員が黒い制服でプープーヤを見て驚いたり、持っていた書類を落としたりして・・・申し訳ない。
「えーと、ラジェルに会いに来たんだけど、いますか?」
ぱっと見た限り、ラジェルの姿がない。プープーヤの後ろから顔を出して聞いてみれば奥の方にいた黒い魔導師が反応してくれた。あ、あの顔は見覚えがある。
「驚いた。いきなりいらっしゃるなんて反則ですよ、尊き方。それに、君は確かユティ、だったよね」
「驚かせたのは悪かったと思う。ええと、ツィント、だったよな」
「そう、ツィントだよ。しかし今日は飾ってきたねえ。ああ、師団長の件かな」
長い白髪に灰色の瞳の上級魔導師で、ユティに喧嘩を売ってくれた奴だ。確かラジェルの部下で、どうにも掴み所のない人だと思う。長身のツィントに上から覗き込まれる形で観察されればあまり良い気はしないけど、前みたいな敵意はない。むしろ上級魔導師なのに制服は黒なんだなあと思うだけだ。
「そう。その招待状で来たけどラジェルにも会いに来たんだ。いる?」
「ええ、隊長なら奥に。どうぞ、尊き方、こちらです」
ようやく気づいた。衣装とか部屋の中を見ていて気づくのが遅れたけど、ツィントは一度もプープーヤの名前を呼ばない。ひょっとして知らないのだろうか。聞いてみようと思ったけど、さっさと奥に歩いて行ってしまうから聞きそびれてしまった。慌ててツィントを追いかけながらやたら人が多くて散らかった部屋を歩いていればなぜか部屋にいる全員がプープーヤを見て敬礼みたいな仕草をしている。
「プープーヤ様って偉い人?だったんだなあ」
「その通りじゃ。と言いたい所だが、違うのう。私の力に恐れ戦いているから、あの敬礼なのじゃろうて。私の名を呼ばぬのもな」
「へえ。恐れ戦くなあ」
神格付きの精霊で今は理想の魔法使いみたいな姿だけど、言葉の端から気に入ってはいないみたいだ。普段のぬたぬたを思い浮かべればそうだろうなあとも納得するけど。ハーティンにブラシをかけてもらったり、一緒に食事をして酒を飲んだり買い物したり。ユティから見れば敬礼を受けるプープーヤが意外だ。
「それで良いのじゃよ。私は好んで人間の世界におるのじゃからの」
「酒飲むの楽しそうだもんな。あと買い物も。っと、ラジェルのいる部屋ってあそこじゃないのか。ツィントがすげえ困った顔で待ってるぞ」
「ああ、気配を感じるの」
大きい部屋から奥に出たらまた廊下になっていて、そこでも敬礼を受けて、顰めっ面になったプープーヤの腕を軽く叩いていたらラジェルの部屋に着いたらしい。ツィントの困った顔はプープーヤにも向けられているけど、気安く接するユティにも同じくらい困惑の視線が突き刺さる。本人が良いと言っているんだからいいじゃないか。
「この部屋が隊長室です。我々は先ほどの部屋におりますので、何かありましたらお申し付け下さい」
「ありがとう、ツィント」
「・・・君は、びっくり箱の様な人だね。いや、褒めているんだよ」
「はあ、ありがとう?」
褒められて、いるんだろうなあ。困惑顔のまま深く一礼したツィントがプープーヤから逃げるみたいに元の部屋に戻って行ってしまった。何だかなあ。
「王宮は嫌いではないのだが、王宮の人間は今ひとつ好かんのう」
「俺でも分かる分かりやすさだもんなあ」
廊下を歩いていた人達もいつの間にか大部屋に逃げたみたいだ。確かに人間じゃないし感じる気配も独特だけど、ここまであからさまじゃなくてもとユティでも思う。どことなくしょんぼりしているプープーヤが気の毒で、慰める様に背中を撫でれば威厳溢れる顔が少し緩んだ。


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