夜の街の魔法使い・星を掴む人 34



夜が明けても同じ夜。夜の朝。半分くらいはふて寝の気持ちだったユティは気分爽快、まではいかないけどそれなりに気持ち良く起きられた。そう、今日は王宮に行くのだ。
「やっぱり気が重いけど・・・ラジェルのヘタレた姿を期待するしかないのか・・・」
それもそれでラジェルに失礼だとは思うけど仕方が無い。何もかもが常識から外れたこの街の王宮なのだ。しかも会いに行く予定の第一師団長は怖い人みたいだし。はぁ、と大きく息を吐いたユティは時計を確認して、窓から黄色い月も確認して身支度をはじめる。昨日の店で買った衣装をざざっと来て姿見で確認して、軽くへこんでからアクセサリーを選ぶ。荷物の中でも厳重に封印している袋を取り出してテーブルの上に置く。さほど大きくない皮の袋にはユティ専用の封印がしてあって、貴重品を入れるものだ。
「さて、夜の街の王宮ねえ・・・あー・・・どれにしようかな」
封印はユティの言葉と一定の手順でもって解除されるものだ。簡単な言葉だけどユティ専用だから十四の言葉を重ねないと反応しない特別製でもある。ちゃっちゃと封印を解いて中身をテーブルの上に出して、また悩む。だってこんな街の王宮だ。準備は入念にしたいけど、あんまり重装備でも返って怪しまれそうな気がする。ラジェルの所までたどり着ければある程度の協力は得られ・・・師団長を怖がっていたから無理かもしれないけど。
「よし、これくらいにしておくか。あんまり大げさでも駄目だし・・・うん、駄目だし」
選んだアクセサリーが少ない気がして足そうとしてしまうけど、自分に言い聞かせて後ろ髪を引かれる思いで袋に戻して封印する。選んだアクセサリーはいつも通りの指輪とブレスレット、衣装が派手だからネックレスの代わりにベルトの飾りを多めにして、ブーツにも少し仕込んでおく。これでも厳選したのだ。両手の指にそれぞれ重ねて七つの指輪にブレスレットが十二本でも。厳選した。うん。
「・・・飾ってるだけ。だから大丈夫。バレない。うん、俺、頑張れ」
今度は姿見に映る自分に言い聞かせて、ざっと衣装とアクセサリーを確認する。薄手の、透けて見える灰色のローブに同系統のやたらふりふりしたブラウス、それに黒のズボンとブーツ。やっぱり派手だ。今更後悔しても遅いからあえて考えない事にして、着替えも終わったからと珈琲を用意して今度は例の恐ろしい封筒をテーブルの上に置く。
開封したら相手に知られる。そう聞いてから益々開封する気がなくなったユティだけど、これから行くのに中身を見ていないのは失礼でもある。魔法で作った珈琲を飲みつつしぶしぶと封を開けてみる。ああ、確かに開けたら知られる類いの蜜蝋だったみたいだ。開けた瞬間に僅かな魔力が飛んで行った。
「どれ、招待状はっと・・・流石王宮からの招待状だな。字が綺麗で長くて読みにくい。送り主は、ええと、フェレス、かあ」
どうやらラジェルに恐れられている師団長はフェレスと言う名前らしい。師団長名義で送られているからフルネームではなく、役職と名前のみ。文面のややこしさに比べればシンプルだ。けれど招待状になっているカードの裏には重々しい紋章が魔法の力で刻まれている。たぶん王族の使用する印、だろうなあ。
「気が重いけど唸ってたってはじまらないか。よし、行くぞ。頑張れ俺!」
ヘタレてるラジェルを見て癒やされるんだ!いや、それは違うか。ともあれさっさと王宮に向かわないと時間が遅くなってしまう。できれば日のある内に、いや、青い月の浮かぶ前に帰ってきたい。準備を終えて、軽く荷物を整理して宿を出る。豪華な恰好になったユティにロビーにいる全員が驚いてくれたけど、詳しくは聞かないで欲しいと伝えればなぜか二つ返事で頷かれた。そんなに悲壮な顔を、してたんだろうと思う。
「うーん、気持ちのいい夜空って言うんだよな。こんな時は青空が恋しくなるぜ」
そう言えばこの街に青空は存在しないはずだ。だったら見た事のない人もいるんだろうか。それはそれで大変そうだ。綺麗な星空を眺めつつ重い足を何とか宮殿の方へ向けて大通りを進めば前の方がざわついている。派手な恰好のユティを見てじゃない。けれど、何かすごいものを見かけたざわめきだ。
「何だ?」
面白い街だから何かあるのかも。気が進まない気持ちだからふらふらと足が進んでしまう。まあ進行方向だから、とでも言い訳すればいいだろうか。誰に?自分自身にか。夜空に同化する黒い宮殿はここからじゃ見えないから、近くにある驚きを見た方が。ああ、これじゃあ本気の言い訳だ。一人勝手に自問自答を繰り返しながらも、やっぱり足はざわついている人混みの方に進んでいって、恰好が派手だからか人が集まっているのにするりと通されて全員が何でざわついているのかが分かった。ざわめきの中心、人の多い大通りの真ん中に一人の男が立っていたからだ。見た目は50代くらいの、魔導師だろうか。顔を見せる形で白のローブを羽織って、長い、木で出来たシンプルな杖を持っている。薄い灰色の長い髪と長い髭があって、子供の頃に絵本や教科書で見た魔法使いの姿そのものだ。これは見事だ。白だから上級だろうし、と理想の魔法使いにざわめいているのかと思ったけど・・・違う。人間とは思えない、妙な力を感じるのだ。これは、心の底で何かがざわりと揺れる、あまり良くない感覚で。ああ、これはここ最近ですっかり馴染んでしまったざわりと揺れるぬたぬたの。「おお、遅かったの、ユティよ。宿に向かう所じゃったぞ」
「・・・やっぱりか。え、今すぐダッシュで逃げてもいいよな、プープーヤ、様?」
ぬたぬたの神格付き、プープーヤから感じる揺れと全く同じな上に言葉で確定してしまった。まさか人型になれたとは。人型が魔法使いの理想型みたいな姿で、ぬたぬたしていないとは!小さな声で呆然と呟くユティに人型のプープーヤが近づいて来れば周りの人々がまたざわりとどよめく。この街に来てからこんな風にどよめかれてばかりだ。
「ほんっとにプープーヤ様なんだな。いつものぬたぬたはドコに消えたんだよ」
「人型になるとこうなるのだ。どれ、行くぞ」
「は?」
どこに。その前に、何でユティを待っていたかの様な感じなんだこの神格付きは。いつものぬたぬたじゃなくて、妙に威厳溢れる魔法使いなプープーヤが手を差し出せばつい取ってしまう。しまった。
「王宮へ行くのであろう?ハーティンに頼まれてのう。一人では心細いだろうから、だそうじゃ」
「・・・えー・・・」
心細いけどこれと一緒に行くくらいなら一人の方がよっぽどマシである。好意での行動だろうから言葉にはしないけど、視線でばっちり分かったらしい。プープーヤの威厳溢れる顔が苦笑の形になって、けれど手は離してくれない。
「気持ちは分からんでもないが、わざわざこの姿になったんじゃ。少しくらい楽しんでからじゃないと戻らんぞ」
「俺関係ないじゃんか。つーかプープーヤ様、王宮の内部とか知ってるのか?」
「ああ、ユティは知らぬのだったな。私は出入り自由じゃ。制限なんぞできるものか」
「あー・・・ソウデスネ」
そうだった。今は理想の魔法使いっぽい姿で、普段はぬたぬたのモップなプープーヤは神格付きの精霊だった。確かに人の力じゃ制限なんて出来ないし、誰もが敬うべき存在だ。たぶん。既に手を取られているし、周りのざわめきを考えても断れない。大人しく、半ば呆れて了承すれば威厳溢れる顔が軽く笑んで、また大通りがざわめいた。


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