夜の街の魔法使い・星を掴む人 30



昼過ぎと言う事は夜空の月が真ん中に浮かぶ頃だ。その間に市場に向かったユティは軽く食事をしながら雑貨を買い込んで、またエクエクに戻る。どうやらこの街の住人は朝に起きると言う習慣がないらしい。ずっと夜だしなあと綺麗な空を眺めつつ納得して、起きたハーティンと、その腕に抱かれたプープーヤと一緒に昼食にする事にした。
「本当にずっと賑やかなんだな、この街。まだ慣れないな」
「僕は静かな街を想像できないけどねえ。ユティは外から来たから大変だよね」
「この街は人の摂理から外れておるからのう。本来、人とは朝に起き夜に眠るものじゃ」
「プープーヤ様が言うともっともらしいな。後で勉強しなくちゃなあ」
買い物に夢中になってしまったからまだプープーヤから貰った教科書を読み込んでいないユティだ。読み終わったら図書館でこの街の事を学ばなくてはいけないし、中々に忙しい。夜の街やそれにまつわる事は小さな事でも知っておきたい。空気や魔力、気候に温度、人の流れ。そんな話を昼食用にと入った店でしていたら二人に驚かれた。何でだ?
「だって、そう言うのってあんまり聞かないもの。ねえプープーヤ様」
「学者や研究者の言葉じゃのう」
なる程。確かにそうかもしれない。けれどユティは違う。
「俺は知りたいんじゃなくて知る必要があるんだ。全てを学んではじめて出来る事がある。感覚だけでは作れないし、長く滞在するならちゃんと学んで詠唱を考える必要がある。だから面倒臭いんだ、いろいろと」
星網を作って草原に出れば確かに星は掴める。けれど、それじゃあただ掴むだけだ。腰を据えてこの街に居座る予定だから、全てを知ってこの辺り専門の詠唱を考えればより良い星を掴めるし、何よりユティがそうしたい。注文した分厚い肉のソテーを突きながら軽く説明すればまた二人が驚いて、それから呆れた顔になった。ある程度親しくなった人にこの話をすれば必ず呆れられるから気にはしない。
「ふぁあ、大変なんだねえ。あれ、でもラジェルも覚えたいって言ってたよね。大丈夫なのかなあ。忙しいのに」
「そこはラジェル本人の考え次第だろ。そもそも本業にする訳じゃないんだし、俺が教えるのは基本だけ。そもそも応用はないんだよ、ハーティン。それに、何かにつけて全部が面倒だから、だから少ないんだ」
「そうじゃろうて。私でも出会った者は限られる。貴重なんじゃぞ、こう言う人間は」
プープーヤですら数十人、百人には届かないとの事だ。そりゃそうだろう。若干引き気味のハーティンを軽くプープーヤが突くけど、そんなものだろうと思う。だから真面目にひっついていたラジェルが変わり者でもあるのだ。まあラジェルの場合は力になりそうだから覚えたいのもあるんだろうけど。
「俺の事はいーの。それより正装なんだけど、魔導師のじゃなくて普通の正装にしたいんだ。下級で招待状つきだと絶対顔を覚えられるし面倒だからな」
ユティの話はここまで、と運ばれてきたデザートのプリンを掬いつつハーティンを見ればまた呆れた顔になっている。今度は何だってんだ。変な事は言っていないはずなのに、と思えばテーブルの上で食事をしていたプープーヤがぞわりと移動してユティの近くに来た。
「残念じゃが、招待状を出した時点で終わりじゃぞ。それだけの力があるんじゃ、それには」
「え、まじでか・・・」
「この街の、ううん、この国の師団長はとても有名なんだよ。誰もが知ってるし、今僕が言っただけで視線を感じるでしょ。そう言う人なの」
「えー・・・」
どうしよう、行きたくなくなってきた。やっぱり荷物の下に放り込んで置くべきものだったか。ラジェルの帰りを大人しく待っているべきだったか。げんなりとしたユティにハーティンが軽く笑ってプープーヤも食後の珈琲を啜る。口がないのに口みたいな空洞ができるからある意味見てはいけないイキモノになっているけど、もう気にしない事にして。
「今更だよ、ユティ。それにね、早めに片付けた方がいいと思うの。後で本人が来ちゃったらそれこそ大騒ぎになっちゃうよ」
「う・・・」
「ついでに言っておくが、来る可能性は大きいぞ。そうじゃのう、一ヶ月も逃げていればおそらく来るじゃろうて」
「うう・・・」
どうやら招待状を貰った時点で逃げ場はなかったらしい。ラジェルは何も言わなかったけど、きっとユティを思ってくれて・・・いや、師団長を怖がっていたから言えなかっただけかもしれない。


top...back...next