夜の街の魔法使い・星を掴む人 29



翌日。気持ち良い夜の中、まずはエクエクに相談をしに行く事にした。プープーヤのお陰で店はどの時間でも入って良いらしい。但しハーティンが不在の間は商品を売ってもらえないし、プープーヤに取り入ろうとする輩は問答無用で魔法の弾かれるらしいけど。ああ、だから店の前に怪しい風体の魔導師が沢山いるのか。流石、全てが魔法で動く街だ。
軽く身繕いしてエクエクに出かければやっぱり怪しい魔導師がうろうろしているけど気にせず店に入る。ぐるりと中を見ればハーティンはいなくて、プープーヤがカウンターの上に落ちていた。何だろう、とても偉い方なのに落ちている、がしっくりくる。
「おはようプープーヤ様。ちょっといろいろ聞きたいんだけど、今いい?」
「構わんぞ。ハーティンが不在だから茶も茶菓子も出んが」
「別にいいし、俺が用意していいなら入れるけど」
だいぶこの不思議イキモノにも慣れてたユティだ。それに、基本的にプープーヤにもハーティンにも興味がないのはもう知れている。いや、一般的な興味はあるけど、外でうろつく奴等よりはだいぶ薄いのだ。キッチンは奥にあるだろうからと指差せばプープーヤがぞわりと動く。
「良いぞ。どれ、案内しよう」
良いらしい。許可を貰って怪しいモップがぞわりと床を這う・・・あんまり直視したくない動きだけど悪い気はしない。ただ、どうしてだか受け付けない何かがプープーヤの中にある、と思う。移動しながらじっとプープーヤを見ていたら気づかれて、またぞわりと動いてきっと視線だろう何かがユティを見上げた。
「気にするな。私と人とではあまりにも全てが違う。恐れがあるのは当然だ」
「あー・・・ごめん」
でも、きっと、その姿がそもそもの原因なんじゃ、とは流石にユティでも言えない。申し訳ない気持ちと、だったらもうちょっとそのモップ姿を、とかぐるぐる考えてしまうけど今は別の目的があるからやっぱり口を閉ざしておく。
「ここがキッチンじゃ。好きに使え。ハーティンはまだ寝ておる」
「あ、寝てたんだ。じゃあ遠慮無く・・・って、プープーヤ様、火を使う場所がないぞ」
案内されたキッチンはそう広くないけど、使いやそうで機能的だ。けれども、竈だったり暖炉だったりの火を使う場所がない。床の上から棚の中にふわりと浮いて入ったプープーヤが不思議そうな空気を出す。
「火?そこの鉄の台で魔法を使うんじゃ。湯を沸かす鍋はそこにある。水は魔法で呼べ」
うわあ、やっぱりか。この街は何でもかんでも魔法を使っているけど、そこまで魔法なのか。鉄の台は確かにあるけど、どう見ても料理をする場所じゃない。鍋はあるけど井戸も水桶すらない。こんなの、キッチンじゃない。
「・・・俺、思うんだ。料理くらいは普通に火とか水とか使った方がいいんじゃないかなあって。火を付けるくらいは魔法でいいけどさあ」
「何を言っておるんじゃ。この街でそんな手間をかける者はおらんぞ」
「まじでか。憧れの街の裏側って、ショックだなあ」
はあ、と大きく溜息を落とせばプープーヤが引き続き不思議そうにしている。神格付きだからきっと何でも魔法で済ませられるんだろうとは思うけど、ハーティンだってそうだろうけど、でも、でも!
「俺、決めた。俺の住む部屋は絶対暖炉がある部屋にする。キッチンは竈と水桶のある所にする!」
鉄の台の上に鍋を置いて魔法で水を呼び込んで暖めて。直ぐに湯気の出る鍋に誓う。こんなの悲し過ぎる!なのに、プープーヤが棚の中から呆れた溜息を落とした。口がないのに溜息が落ちるのか。いや、そうではなくて。
「ユティは魔導師なのに妙な拘りを持っておるんじゃのう。一応その様な部屋もあるにはあるが、面倒ではないのか?」
「そんな事ないし、そもそも魔法が使えなかったらどーすんだよ。そりゃあプープーヤ様もハーティンもラジェルだって魔法でいいだろうけどさ。俺だって魔法は使うけど、飲み物と料理くらいは普通にしたいって思うんだ」
そもそも魔法で呼び寄せた水にはどうしても魔法の力が混ざるし、料理だってそうだ。それは感覚的なものかもしれないけど、ユティはどうも昔から好きではない。本当は風呂も火で焚きたいけど、それは面倒だから魔法で妥協しているくらいだ。切々と珈琲を作りながらプープーヤに訴え続ければ出来上がる頃には折れてくれた。ユティの熱弁、ではなく、愚痴に近い言葉に呆れきったらしい。
「分かった分かった。私にはさっぱり理解できんが、その様な考えを持つ魔導師がいる事は理解してやろう。して、何か用ではなかったのか?」
「あ、そうだった、忘れてた。珈琲も入ったし、移動していいか?相談があるんだ」
「では戻るか。にしても面白い人間じゃ。それ程の力を持ちながら自然に拘るんじゃのう」
「俺は弱いっての」
下級魔導師に何を言っているんだと笑えばプープーヤはぞわりと床を移動しながらユティを見上げた、らしい。言いたい事はある程度は分かるけど、あくまでユティは下級魔導師だ。生まれついての力は変わらない。
「そうしておこうかの。して、相談とは何じゃ」
キッチンから店のソファに移動して、またプープーヤがテーブルの上に落ちる。どうして神格付きなのにテーブルの上にべちりと音を立てて落ちるんだ。そもそも、その音、おかしくはないのか。プープーヤを前にするといろいろな意味で微妙な気持ちになるけど、相談が先だ。まずは、とラジェルから貰った分厚い封筒をプープーヤの前に置く。
「ラジェルが仕事で一週間帰れないって騎士に言われたんだ。で、この案内状でラジェルの見学と、師団長って言うおっかない人に面会しようと思う。だから、正装を売ってる店を教えてくれ。後、この街の事とか王宮の事とかいろいろ知りたい。図書館か何か紹介してくれると助かるんだ、プープーヤ様」
「ふむ、なる程のう。確かにこれは師団長直筆の様じゃのう、封をしているのに魔力が溢れておるわ」
ぬたぬたの一部が分厚い封筒をつついて、それだけでプープーヤにはいろいろ分かるみたいだ。ユティのざっくりした説明でも直ぐに分かってくれた様で店の棚にふわりと浮かんで移動すると一冊の本を持ってきてくれた。そんなに厚くない、赤い皮の本だ。
「ほれ、街のガイドブックじゃ。お前さん、まだ来たばかりだからのう。まずはそれを読んで勉強せい。それと、人間の正装は知らぬがハーティンなら知っておろう」
有り難く貰ったガイドブックらしき、それにしては立派な本をぱらぱらと捲ってくすりと笑ってしまう。確かにガイドブックかもしれないけど。
「ありがとう、プープーヤ様。これ、ひょっとして子供用の歴史の教科書じゃないのか」
「そうとも言うかのう。同じじゃと思うがの。100年程前の物じゃがこの街に変わりはない。案内図も載っておるから丁度よいじゃろうて」
「確かに。じゃあハーティンが起きる頃に出直そうかな」
「ハーティンなら昼過ぎには起きるはずじゃ。そうじゃのう、共に昼食でも取るか。その後で買い物にでも行くがよいぞ」
「うん、そうさせてもらおうかな。ありがとう、プープーヤ様。ぞれじゃまた後で」
今はまだ朝の時間帯で、ハーティンが起きてくるまでには時間がある。プープーヤがどう言う一日を過ごすのかは全く分からないけど、ユティにはやることがあるのだ。貰った立派な本を片手に立ち上がればプープーヤがぞわりと動いて手らしきものを振ってくれた。


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