夜の街の魔法使い・星を掴む人 28



考えもしなかったいろいろなことを教えられて、酒を飲んでも今ひとつ気持ちが落ち着かない。ハーティンとプープーヤと共に酒場に行って適当に飲み食いしても、気持ちは何となくざわついている。ラジェルが戻ればまた変わるのだろうか。無性に顔が見たくなったけど、今はいない。少しの期間ですっかりラジェルが側にいるのが当たり前になっていたんだなあと、むしろ感心してしまう。酒場を後にして宿に戻って、こんな時は一人静かに寝てしまおうか、なんて思っていたのだけれども。
プープーヤとハーティンと別れて、宿に戻ったユティを騎士服を着た青年が待っていた。はじめて見る顔で、なのにユティを発見すると敬礼をする。どうやら用事らしい。豪華な宿だけあってロビーも広いから、適当な椅子に誘えば座らずに立ったまま畏まって一通の手紙を渡された。
「・・・ラジェルが戻れない?何だ、忙しいのか?」
「申し訳ありません。その、最低でも一週間はお戻りになられないと。詳しくはその手紙を見て下さい。隊長から、です」
「一週間・・・そうか、届けてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。それでは」
中々に礼儀正しい青年だ。帰る時も綺麗な敬礼をして去って行った。ツィントはだいぶ緩い印象だったけど、普通、騎士と言えばこれだよなあと思いつつ部屋に戻って手紙を開ける。シンプルな封筒は無記名で、便せんにははじめて見るラジェルの文字がびっしり並んでいた。ざっと読むと半分が愚痴だった。何やってるんだアイツは。
「馬鹿だなあ。そんなに急がなくてもいいのに」
礼儀正しい騎士が言っていた通り、一週間くらいは戻れないことが書いてあった。魔物討伐ではなく、書類仕事が溜まりに溜まって師団長に見つかってしまったらしい。どうやら前々から溜めていたものが発掘された、様だ。なのに手紙には最低でも三日後には一度抜け出して戻るとある。それじゃあサボりだろうし、恐らくこの様子だと書類はラジェルじゃないと駄目だと思われるけど。
す、と愚痴の連なる箇所をなぞるユティは不思議と暖かい気持ちになっていた。書類は嫌だとか、早く戻りたいとか、できれば星網を作るのは戻るまで待ってほしいとか、いろいろ書いてある。思ったより綺麗な文字で、けれどあれこれ書きすぎだろうと突っ込みたくなる文章に不思議と心が暖かくなる。ぽかぽかする、とでも言うのだろうか。何度かラジェルの愚痴を眺めて、手紙を丁寧に折りたたんで封筒にしまう。それから、荷物の中に放り投げて置いた分厚い封筒を取り出す。例の招待状だ。忘れていようと思ったけど、まあ、いいだろう。
「へたれてるラジェルも見てみたいしな」
やたら丈夫な封筒を撫でてにんまりする。気が進まないのは今でも一緒だけど、その気を上回る何かがあるから。
「ついでにおっかない師団長にさっさと会って早く終わらせるぞ。よし、おめかしするか」
まずはラジェルのへたれた姿を拝みに騎士団本部に行って、それから王宮に向かってしまおう。そうと決まれば戦闘準備である。騎士団の本部もそうだけど、王宮じゃあ正装をしないと入れてはくれないだろうし、見栄もはりたい。幸いにしてユティには見栄を張るだけの余力も実力もあるし、それなりに経験もある。まあ今は青い月の浮かぶ真夜中だから準備は明日になってからだけど。この街はずっと夜だから店は開いているけどユティが眠いのだ。
「でも王宮かあ。俺全然知らないんだよな、街もこの国も。うーん、プープーヤ様に聞いておこうかな」
ただ不安もある。まだ街に慣れきっていなければ、この国の事もよく知らないのだ。そもそも街に入ってそう時も経っていないし、知り合ったのはラジェルを覗けばぬたぬたの神格付きと可愛らしいハーディンだけ。元々旅暮らしのユティだから知り合った人数の少なさには特に思うことはないけれど、その中身の濃さには少々考える所がある。
「第一師団の何かすごい人とハーフと神格付きかあ・・・俺、すごい運だよな、これ」
思い浮かべた三人に知らず笑みが浮かんで、招待状をテーブルの上に置いてまずは荷物の中から使えそうな装飾品を選ぶことにした。


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