夜の街の魔法使い・星を掴む人 22



紙を覗き込むハーティンとラジェルを見れば、やっぱり分からない様で2人揃って首を傾げている。
「生まれつき持っている名じゃからの。どんなに長く複雑でも忘れることはないのじゃ。ユティよ、これが私の名だ」
「うん・・・難易度高すぎだろそれ。できなくはないけど、ちょっと待ってくれ」
期待を込めた目、じゃないけど、そんな感じでプープーヤが名前を書いた紙をユティにくれる。
紙にはびっしりとプープーヤの名らしき単語が書いてあって真っ黒だ。
これは確かに発音できないし、聞き取れない。ユティは発音だけできるけど、聞き取るのは無理だ。
重なる単語を何とか読みながら口の中で練習すればラジェルが半ば呆れた様にプープーヤを見る。
「なあ、この名前ってプープーヤ様本人は言えるのか?」
「阿呆。自分の名前じゃ、当然だろう・・・が、残念ながら精霊の言葉と人の言葉は根本から違う。私が発音しても意味不明になるだけじゃぞ。試しに名乗ってやる」
自分の名前だから、まあ当然だろう。と思ったけど、試しにと名乗ってくれたプープーヤの声は、声じゃなかった。
モップから不思議な音が出ている、だけにしか聞こえない。
言葉ですらなさそうだし、詠唱でもなければ歌でもない。ただの、不思議な音しか聞こえない。
「・・・プープーヤ様、ヘンテコな楽器になったのかと思ったよ」
「だから言っただろうに」
ハーティンが驚きながらプープーヤの毛先を撫でる。言い出しっぺのラジェルは悪かったと軽く謝って、プープーヤの伸びた毛先にぺしりと軽く手を叩かれている。
その間もユティは口の中で練習して、うん、何とかいけそうだ。
「よし、いけそうだ。俺が言っても恐らく言葉には聞こえないだろうけど、いいか?」
「もちろんじゃ」
珈琲を一口飲んで、喉を潤して。紙に書かれたプープーヤの名を発する。
最初から6重に重なる言葉の意味は分からない。その後でさらに重なる言葉だってユティには全く分からないけど、声にできる。
重ねる言葉は人の耳には聞き取れないだろうし、恐らくプープーヤの発した音とも違っているはずだ。ユティの耳にも聞き取れないけど、口は動く。
名前だけあって詠唱よりだいぶ短いから重ねる難易度はあってもユティにとってはそう難しくない。
不思議な音になる名前を淀みなく重ねて、言い終える。
「・・・・ふう。どうだ、合ってたか?」
「見事じゃ!そなた弱っちいのに素晴らしいのう!うむ、気に入った!この街に滞在するなら私が面倒を見ようではないか。宿は決めたのか?部家なら空きがあるから貸すぞ!」
「お、おぉ?」
どうやら正解だったらしい。プープーヤのぬたりとした毛がざわざわしたと思ったらユティの膝の上に飛び乗った・・・感触が微妙過ぎる。
けれど、興奮した声がかなりいい条件を言ってくれている。名前を言っただけのユティとしては驚くだけだ。
「うわあ、プープーヤ様すっごいご機嫌」
「俺、ここの部家借りるの結構渋られたんだけど・・・」
膝の上のぬたぬたモップをどう扱っていいか分からなくて固まるユティにハーティンとラジェルが何やらぶつぶつ言っている。視線で助けを求めてもユティを見てくれない。
特にラジェルに助けを求める視線を送っているのに気づいてくれない。くそう。
「あ、ありがとう・・・宿はまだ決めてないし、部家も探してはいるんだけど、俺、まだ街を見てないから、そ、それからでもいいか?」
仕方がないので膝の上でざわざわするプープーヤに感謝を告げて、言外に離れてくれないかなあと念を込めればユティの言葉に満足したのか、ふわりと浮いてテーブルの上に戻ってくれた。
「私としたことが興奮してしもうた。すまなかったのう。けれど、本気じゃぞ。その気になったら言うがよい。街に来たばかりなら宿は大通り沿いが良いじゃろう。ラジェル、案内せい」
テーブルの上に戻ったプープーヤにほっとして、見た目感触はともかくいい人だなあと改めて感謝を込めて軽く頭を下げれば満足そうに頷かれた、気がする。


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