夜の街の魔法使い・星を掴む人 21



本当に見た目通り、モップで、ぬたぬたで、でも、神格付きの精霊、らしい。
確かに感じる気配は人のものじゃない。見た目ですでに違うけど。
飲み物を持って来てくれたハーティンと一緒にカウンターの上から中央にあるテーブルの上に移動したプープーヤは口がないのに珈琲を飲む、みたいだ。
これはもう精霊じゃなくて、不思議イキモノとして見た方がいいかもしれない。精神衛生上な気持ちで。
「それにしてもユティよ、そなたは妙な感じじゃのう。弱そうなのにラジェルより強さを感じる箇所がある。その石はなんじゃ?」
美味しそう?に珈琲を飲んでいたプープーヤがユティの方にもぞりと動いて不思議そうな声を出した。
あ、やっぱり精霊なんだ。ユティが隠しているとっておき、のことを言っているのだと直ぐ分かる。
ラジェルにもばれているし、神格付きの精霊やハーフでも亜種のハーティンに隠していても無駄だろう。
服の中、胸元に隠してある包みを取り出して、厳重に封印してある封印布から石を出す。
石、いや、宝石は淡く白色に光る拳よりも二回り小さいものだ。
封印布から完全に外に出せば淡く光る色と同時に店の中に魔力が漏れる。魔力も石の色と同じ、白い、神聖な力だ。
「俺のとっておきだよ。星の石の中でも貴重品になる白星(しらほし)の石。俺は下級魔導師だけど、星を掴む人でもあるんだ。これは掴むのに一年がかりだったな」
白星の石をプープーヤの前に置けばモップが伸びて、つん、つん、と突いている。
やっぱりあれが手、なんだろう。
ラジェルとハーティンも興味深そうに石を覗き込んでいる。
「なる程、感心した。これは滅多にお目にかかれるものではないの。しかるべき道が見つかるまでは、仕舞っておきなさい。白き力で店の商品が全て浄化されてしまう」
魔道具屋だと言っていたからそれなりに魔力を込めた商品があるんだろう。ユティも分かっているから白星の石を封印布に包んで仕舞う。
ラジェルとハーティンはプープーヤの言葉に驚いているみたいだ。ラジェルは石の力に。ハーティンは星を掴むことに。2人とも目線が違うから直ぐ分かる。
「ユティは星を掴むんだあ。すごいなあ。ねえ、何重かって聞いてもいい?」
「俺も聞きたい。ちなみに、俺はせいぜい3つだな。ハーティンもそうだって言うか、3つ以上ってそう聞かないな」
ハーティンが先に大きな瞳を輝かせるからラジェルも乗っかった。
プープーヤも目はないけど、明らかにユティを見ている、みたいだ。
「企業秘密って言いたいけど、別に秘密でもないしな。ただ、星を掴む詠唱はちょっと違うんだ。確かに重ねるけど、正確には魔法の詠唱って言うより歌に近い。だから俺みたいに魔力が弱くても重ねられる。普通の魔法は3つも重ねたら魔力がカラになって倒れるか、最悪死ぬからな」
ユティが星を掴む、絡め取る時に重ねる詠唱は魔法とはまた違う特殊なものだ。
星に願う言葉であり歌でもある。魔法の詠唱ではない。
「そんなの知ってるよ。魔法を重ねたら2倍じゃなくて10倍だもん。ね、ラジェル」
「ああ、迂闊に重ねたら死ぬな。でも言葉を重ねられる技術はまた別だろ。俺が聞いた時は7重だったと思う。それから、さらに重ねてたよな」
ハーティンとラジェルが乗り気だ。2人とも目が輝いている。
まあ、確かに珍しいだろうなあとユティも思うし、秘密でもなければラジェルの間違いを訂正する意味でも言っておいていいかもしれない。ラジェルには教えると言ったし。
「絡め取る時に9つ。掴む時に5つ重ねてるから、14つだな。あれは簡単な方だから、そうだな、白星の石の時は25だった。俺自身はたぶん幾つでも重ねられる」
あの時、ラジェルは7重まで聞き取れていた。普通は3重を聞き取れればいい方だから、かなり耳が良いんだと思う。
指を折りながら2人に、いや、3人に告げれば全員がぽかんと口を開けて止まってしまった。
最初に聞いたら驚くよなあと、ユティだけはのんびりと珈琲を啜る。
「詠唱を重ねるのって、そんなに難しくはないよ。コツと訓練、修練を重ねればどうとでもなる。実戦では使えないから、俺みたいに星を掴むとかになるけど」
舌が沢山ある訳でもなければ、やたら滑舌が良い必要もない。ちょっとしたコツと、後はただただ地味に詠唱を覚えて、訓練して、身についたらひたすら修練を積むだけだ。
地味ではあるけど、怠ればあっと言う間に重ねられる詠唱が減る。
難しくはないけど、面倒くさい。それが星を掴む人だ。
「なる程のう。確かにユティの声は普通だの。けれど、重ねられると言うなら私の名も言えるかもしれんな」
ラジェルとハーティンが止まったままの中で、プープーヤだけが微笑んだ気配になって、ふわりと浮くとどこからか紙とペンを持って戻ってきた。
「名前?プープーヤ様じゃないのか?」
「それは人の耳で聞き取れ発音できる略称じゃ。星を掴む人そのものが極希だからのう。紙に書くから、できたら呼んでみてはくれぬか?」
「俺に言えるんだったら、別に構わないぞ」
そうか。精霊の名前は人の耳では聞き取れない、発音できない音が混じっていることもあるのか。
いそいそと紙に文字を重ねるプープーヤがちょっと可愛く見えてしまう。モップだけど。
「ええ、プープーヤ様、いいの?本名は秘密なんじゃないの?」
「神格付きの精霊なのに、いいのか?」
「秘密なんぞないわい。人の耳と舌では発音できんだけじゃ。我らは生まれつき名を持って出現する。その名は私でもアホかと思うくらいに長く複雑なのじゃ」
モップの一部で器用にペンを握るプープーヤにハーティンとラジェルが驚いている。
え、本名って秘密なのか?ユティまで釣られて驚くけど、本人が直ぐに否定して、2人はほっとしてプープーヤが書く紙をじっと見る。
ユティも紙を見て、驚いた。
あれ、これ、名前だったよな。本名だよな・・・何で名前が普通の文字じゃなくて複数発音用の文字なんだ。さらっと12も重ねてるって、どんな名前だそれは。
重なる発音をする場合の文字は一般的な文字とも、魔法で使われる文字ともまた違うものだ。
ユティは重ねる詠唱を覚えている関係でプープーヤが書いている単語が6重に重なることが分かるけど、普通は無理だ。単語にも文字にも見えないだろうと思う。


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