夜の街の魔法使い・星を掴む人 20



「それで、店番のハーティンは可愛かったけど、店主はどうしたんだ?」
「ああ、プープーヤ様な。いつもカウンター辺りに落ちてるんだけど、出かけてるのかな」
「・・・ん?」
エクエクの店主は神格付きの精霊だったはずだ。てっきり最初に会うのはそっちだと思っていたのに。とラジェルに聞けばまたカウンターの裏の、ゴミ箱みたいな入れ物の中を覗いている。いや、探している。
だからそんな所には、と言いかけて、止めた。
ひょっとして。
「そのプープーヤ様って、ひょっとして人の形じゃないのか」
ゴミ箱みたいな箱とか隙間に入る大きさなのか。
精霊は必ずしも人の形ではなくて、無機物だったり動物や時には魔物の形をとることがあるらしい。
「ああ、言うの忘れてた。プープーヤ様は人の形も一応あるみたいだけど、普段は違うんだ。何て言えばいいんだろうな、あの形。動物でもないし」
どんな姿なんだ。
うーんと考え込むラジェルが辺りを見て、なぜか奥に立てかけてあった掃除用のモップを持った。
使い古されたモップは薄汚れていて、ぬたぬただ。なのに、ラジェルはそのモップを持ち上げて、ユティに向ける。
「普段はこんな感じだな。これ、似てるなあ。本人みたいだ」
「はあ?これ、いや、モップだろ」
「うん、モップだな。似てるんだ。こんな感じで灰色っぽくて、ぬたぬたしてそうな」
どんな精霊だ。いやでも、ラジェルが言うならユティをからかっていないのであれば・・・信じたくない。
まさか神格付きの精霊の姿が、モップなんて。薄汚れたモップの先を思わず睨んでいたら店の扉が開いた。客だろうか。
「おお、帰っていたのかラジェル。ん?見慣れぬのがいるのう、客か?」
やたら重々しい声の方を見て、驚いた。ラジェルの持つ薄汚いモップと同じものが床に落ちて、いや、もぞもぞと移動している!
「!?」
な、何だこれ。モップが動いてる。かなり嫌な感じにもぞもぞして、ユティの方に向かってくる!
思わず後ずさりすればラジェルにぶつかって、支えてくれるけど同時に笑い声も落ちてくる。
「ユティ、あの嫌な感じに移動してるのがプープーヤ様だよ。気持ちは分かる、すげえ分かるから、まずは落ち着こうな」
「な、な・・・」
嘘だろ。あれが神格付きの精霊!?
いや、見た目で判断するのは申し訳ない・・・とは思えない。
何でモップが、それも目も鼻も口もなにもない、ただのモップなんだ!
しかも、どうして何とも言えない嫌な感じに床の上を移動してるんだ!
「ふむ、私の様なものを見慣れない様だな。小さき人よ、まあ落ち着け。ハーティンに茶でも入れてもらおうじゃないか」
モップ、いや、プープーヤは目も鼻も口もない、ぬたりとしたまま声を出して、ふわりと浮かんだ。
そのまま驚いて声の出ないユティを通り過ぎてカウンターの上に着地する。
「ハーティンならもう紹介して、飲み物用意してもらってる所だよ。プープーヤ様、ユティだ。草原で知り合って、来てもらった。よろしくな」
「そうか、ラジェルの知り合いか。では私の客でもあるかのう。まあ、よろしく頼むな、ユティよ」
カウンターの上でもぞもぞしているプープーヤがどこからか声を出して、モップの一部をユティに向けて伸ばしてきた。
あ、握手のつもり、なんだろう。
まだ驚いているし、顔のないプープーヤのどこを見て話していいかも分からないけど、向こうからよろしく、と言ってくれているのだ。
見た目はともかく、人に対して気さくな精霊なんだろうと無理やり納得することにする。
「よ、よろしく。プープーヤ様。俺はラジェルに紹介してもらったけど、旅の魔導師でユティだ」
恐る恐る伸ばされたモップの一部で握手したら、見た目通り、触った感じもぬたり、としていた。


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