夜の街の魔法使い・星を掴む人 19



通りの魔力は奥に行けば行く程濃くなっていく。
街の中でも星が掴めそうだと、感心しながら細く曲がりくねった通りを結構歩いて、もう一人で大通りに出られないなと思った頃にラジェルの足が止まった。
細く曲がりくねった通りの、年代を感じさせる煉瓦造りの建物の前だ。
「ここの三階が俺の部屋で、一階がエクエクだ。言うの忘れてたけど、ここ、完全に工房区だけど魔道具屋なんだ」
建物は五階建てで、周りよりも少し大きい。店の前にある看板には確かにエクエクと書かれている。
奥に入ってからは工房しか見かけなかったのに、ここだけ魔道具屋。しかも、入り口は妙に入りづらくて窓も小さい。
「ここ、店なのか?」
通りに面した店ならば裏通りであってもそれなりに客を歓迎する造りになっているのが普通だ。けれど、エクエクは真逆で、怪しい店にしか見えない。いや、怪しい店で正解だろうけど。
「店だぞ。一応。ほら、店主が店主だからな」
「ああ、そう言えばそうだったな」
神格付き、と言っていた店主だからこの構えなのかもしれない。店の前で少し立ち止まっただけであちこちから視線を感じる、のはラジェルの所為だろうけど、あきらかに他の店よりも前をうろつく魔導師のローブが多いのだ。
皆が不自然にローブで顔を隠して、エクエクを窺っている。神格付き見たさ、なのだろう。
窺うくらいだったら客として店に入ればいいのに。小声でラジェルに告げれば苦笑された。ユティは見た目に反して度胸があるよな、と。
「余計なお世話だよ。どうせ弱いし。ほら、入るんだろ」
「ユティの弱いは宛てにならないと思うし、意味が違うんだけどな」
何と言われようがユティは魔導師の中では弱いのだ。
ラジェルの背中を押して早く、と催促すれば、分かったよ、と苦笑されて、店の重々しい扉を開ける。
扉はやたら重々しい音を立てて、ラジェルが中に入るからユティも続いて入る。扉はラジェルが押さえていてくれて、手を離せば直ぐに閉まった。
「ただいまー。あれ、誰もいないのか?」
店の中は見た目より広くて、明るかった。
ほんわりと花の匂いがして、外見とはまるで似合わない、女性向けの雑貨屋みたいだ。
四方の壁に商品の入った棚と、中央にくつろげそうなソファとテーブがあって、奥には古いカウンターがある。その奥にも部屋がありそうだ。
ラジェルにとっては店ではなく家に近いのか、勝手にカウンターの裏に入って奥を覗いている。人の気配がないから留守なのだろうか。
「ユティ、悪いけどその辺見ててくれ。店番がいるはずなんだけどなあ」
店番、を探しているんだろうラジェルはなぜかカウンターの下を覗いたり、店の端にある箱を空けたりしている。
店番ってそんな所にいるのか?
不思議に思ったユティだけど、勝手に動くのも悪いかな、と棚の商品を眺めていたら上の方から、とん、とん、と軽い足音が近づいて来た。
そうか、二階があるのか。
足音は店の奥に下りてきた様で、扉を見ていたらそう間もなく開く。
「いらっしゃー・・・ラジェルだ!帰ってたんだね、おかえりなさい」
そうして、扉の向こうから出てきたのは人だけど人じゃない、亜種だ。
見た目はかなり若くて、10代半ばだろうか。白いふわりとした髪に透き通る宝石みたいた大きな青い瞳に、ふわんとした可愛らしい、茶色のウサギ耳がある。本人も可愛らしい感じの子だ。エプロンをしているからこの子が店番なのだろうか。
「おう、ただいま。ハーティン。今日は客がいるんだ。ユティ、いいか?」
ハーティン、と呼ばれた亜種の子は可愛らしく微笑んでラジェルに軽く抱きついて、後ろにいたユティを見て驚いている。
ユティも驚いた。この子、亜種だけど亜種じゃない。
通常、亜種は特徴のある耳か尻尾を持つけど、種類は一種類だけだ。
例えば、この子だったらウサギの耳と、尻尾があってもウサギの尻尾のはずなのに、違う。
ふわんとした茶色のウサギ耳と、人の耳に、ふさふさと揺れる猫の尻尾がある。
「お客さん?はじめまして。僕、ハーティンです。ビックリしてるから最初に自己紹介するね。僕、精霊と人のハーフだから亜種だけど亜種じゃないんだよ。だから、耳と尻尾と耳があるの。可愛いでしょ」
あり得ない姿に驚いたユティだけど、ハーティンは微笑んだままカウンターの外に出てきて、当たり前の様に説明してくれる。
くるりと見やすい様に一回転までしてくれた。
「俺はユティ。旅の魔導師で、この街に来る途中でラジェルと知り合ったんだ。ごめんな、驚き過ぎた。ハーティンか、可愛いな」
驚き過ぎた失礼を詫びれば、どうしてだかハーティンの頬がふわりと染まって、ラジェルの背中に隠れてしまった。
やっぱり失礼だっただろうか。申し訳ないことをしてしまったなとラジェルを見れば、笑ってる。
「照れてるだけだから心配すんなって。ハーティンは店番で、ここの上に住んでる。俺は最上階を借りてるんだ」
「よ、よろしく・・・ユティ。ぼ、僕、飲み物用意するね。ちょっと待ってて!」
照れている、のだろうか。確かに顔が赤くなっていて、ますます可愛いなあと思ってしまう。
ラジェルの背中に隠れたハーティンに微笑みかければウサギの耳をぴん、と立てて奥の部屋に行ってしまった。
「・・・ラジェル、あの子可愛いんだけど」
「確かに可愛いな。ああ見えて亜種が混じってるから魔法に関しちゃ俺よりすごいけど。可愛いぞ」
可愛らしい仕草に和んで、ラジェルと真面目に頷きあってしまった。
夜の街に入ってからいろいろあって疲れていたユティだけど、苦労の半分くらいは報われた気持ちだ。


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