夜の街の魔法使い・星を掴む人 16



少しの間を置いて、ラジェルが照れくさそうに髪を弄る。
今日も輝く金色の髪に青い宝石の飾をつけていて、正装と相まって何て言うかこう、悔しいけど純粋にイイ男だなあと思う。
「さて、自己紹介も終わったし。改めて、いろいろ悪かったな、ユティ。まさか店の名前でツィントが釣られるなんて・・・ごめん」
「俺もビックリだよ。で、何で店の名前だけであんなのが釣れたんだよ。そもそも工房区って南側の入り口から一番遠いじゃないか」
「だってエクエクの上が俺の家だし。それに、工房区と魔道区は隣だから立地もいいかなって、軽い気持ちだったんだよ」
苦笑するラジェルを軽く睨むけど、立地は良さそうだ。
けれど、騎士の、それも偉そうな地位にいるラジェルの家が工房区と言われても疑問である。それはラジェルも分かっているみたいだ。不思議に思ってラジェルを見ていたら直ぐ答えてくれた。
「王宮にも俺の部屋はるけど、元々エクエクの上に住んでたんだ。あんまり帰れないけど、ずっと借りてる。建物の持ち主はエクエクの店主で、これがツィントを釣った理由の半分だと思う。エクエクは魔道具の店で、店主が神格付きなんだ」
「・・・へ?」
ラジェルの部屋の話しがすっ飛んだ。
神格付きって、噂では聞いていたけど本当にいるのか。それも店主だなんて。

神格付き。この世界にごく僅かに存在する神に近い精霊のことだ。
彼らは希に人の暮らしを気に入って、滞在することがあると言う。
全てが謎に包まれた存在で、ユティも会ったことはない。

驚いて飲んでいた珈琲を喉に詰まらせればラジェルに心配されるけど、ユティの反応には慣れている様だ。場所を移動してユティの隣に座り、背中をさすってくれる。
「神格付きって・・・それ、知ってるヤツ、多いのか?」
「多くはないけど、知ってるヤツは知ってる。取り入ろうとする馬鹿が多いからツィントが警戒したんだろうと思う。神格付き見たさに訪れる魔導師も多いからな」
なる程、だからあんなに警戒したのか。
咳き込みも収まって、ラジェルに軽く礼を言えば元の、向かい側に戻った。
「理由は分かったけど、だったら尚更待ち合わせ場所には向かないな」
「だからごめんって。工房区まで来れば有名な店だし、迷わないかなって思ったんだ。まさかツィントが任務後に街の入り口でユティに会うなんて思わなかったんだよ」
「まあ、それはなあ。ま、理由も分かったし、店に関してはもういいか。次、聞いてもいいか?」
「もちろん。と言いたいけど、俺から伝えないといけないことがある。重ねて謝ることになるけど、本当にごめん。ユティが星を掴む人だと言うことを、師団長に話したって言うか、その、怖さに負けて、話した。それで、この正装姿でユティを探して、見つかったら勧誘する様にって。勧誘が無理なら一度会わせろって」
「・・・俺、一つ思い出した。ラジェルに再会したら一発ぶん殴ろうって思ってたんだ」
「だから、ごめん。師団長、怖いんだよ。いや、怖くはないんだけど、立派な人だし無理強いとかする人じゃないんだけど。あ、もちろんユティが落ち着いたらでいいって」
情けない顔になったラジェルが立ち上がって、妙に綺麗な礼をして、懐から何かを取り出す。真っ白い、厚みのある封筒だ。
表面は何も書かれていないけど、裏面に封蝋がある。黒に金の縁取りがある、妙に魔力を感じる封蝋だ。
「第一師団、師団長からの招待状だ。これを持ってるからこの衣装で、さっきの礼なんだ。面倒だけど決まりだから仕方がないんだ」
「・・・は?」
何で第一師団長からの封筒で最上級の正装と礼になるんだ。
嫌な予感しかしないそれはテーブルの上に乗せられて、すす、とユティに向けられる。
「これがあると王宮も軍の施設も全部出入り自由になるし、騎士団本部と王宮に来てくれれば直ぐ第一師団長に会えることになってる。本人がいればだけど・・・あの、すげえ嫌そうな顔で返さないで、俺に向けないで」
「返すに決まってんだろ。何だそのおっかない封筒は。だいたい王宮で、全部出入り自由手どんな・・・いや、まさか」
招待状一枚で全ての施設に出入り自由なんてそんな馬鹿な、と考えて直ぐに止める。
ラジェルに戻そうと指で押していた封筒も止められる。
「そのまさか。第一師団長は王族だ。継承権は放棄してるけど、放棄するくらいの人でもある。ここじゃ結構有名だから、噂とかはそのうち嫌でも聞くと思う。俺にとっては怖い人だけど嫌な人じゃないし、無理強いもしないって約束してくれてるから、落ち着いたら会って欲しいなあ、なんて」
「嫌だ」
王宮なんて嫌な思い出しかない。そもそもユティは極々普通の一般人だ。
何度か星を掴むことで招かれたけど、どこの王宮も空気が淀んでいるし嫌なヤツは多いし、できるだけ近づきたくない場所なのだ。
きっぱりと断ってもラジェルは引かない。封筒もまだテーブルの上でユティの方に押しつけようとしている。
「気持ちは分からないでもないけど、お茶くらい了解してくれると俺の身の安全が保証されるんだ。頼むよ!ユティに断られて封筒返したら殴り飛ばされるし!」
「俺の代わりに殴ってくれるなんて、いい人だな」
「あの人に殴られたら俺、入院する!」
どんな男なんだ、第一師団長ってのは。
呆れて、けれど封筒は受けとらずにラジェルを睨む。
そもそも全ての発端はどこにあると思ってるんだ。
ユティの睨みに気づいたラジェルが引き続き情けない顔で、両手をぱん、と合わせる。
「落ち着いたらでいいから、見なくていいから受けとるだけ受けとって。何なら一ヶ月後とか、それくらいに気が向いたら見てくれればいいから。受けとった事実だけでいいから」
「そこまで言われるとちょっと気持ち悪くなるぞ、この封筒・・・分かったよ、荷物に放り込んでおく。それでいいな」
「ありがとう!俺、死なずにすんだ!」
「だから、どんなヤツなんだよ、その師団長って・・・」
受けとるだけで招待を受ける気がないのに、それでもラジェルの顔が輝いて万歳までしてる。
違う意味でも会いたくなくなったけど、それは言わなくていいだろう。
しぶしぶ、封筒を摘んで側に置いてあった荷物の中に放り込む。
こう言った魔力の強い封蝋があれば多少乱暴に扱っても平気だ。
「はあ、良かった。やっと本来の話に進める」
「は?」
本来って何だそれは。話と言うか聞きたいことはまだあるけど。
首を傾げればラジェルが思い出した様に立ち上がって、羽織っていたマントを脱いだ。
「俺、言っただろ。全力で協力するって。で、ユティに教えてもらうって。おっかない師団長だけど、その辺りの融通は利くんだ。ユティに再会できたら生活が落ち着くまで、俺、ユティ専属のお手伝い兼、護衛とかその他いろいろになるって決めたし、許可も、もらってる」
にっこりと微笑んだラジェルが脱いだマントを側に置いて、ちょっと待ってて、なんて軽く言って部屋から出て、直ぐ戻って来た。
手には何やら荷物を持っている。旅人がよく使用する革袋にユティの顔がさあっと青ざめる。
今、何て言ったんだこの馬鹿は。
「ま、まさか」
「ユティ、数年くらい滞在するって言ってただろ。生活が落ち着くまでいろいろ大変だろうし、待ち合わせにしたエクエクにも案内したいし、俺もユティにくっついていろいろ教えてもらいたいから」
妙に嬉しそうなラジェルがその場でばさばさと、高そうな衣装を脱ぎ捨てて、さっさと着替えてしまう。
ユティの返事を聞かないと言うことは、聞く気がないのだろう。
突然の、いろいろな話とできごとに、もうユティは呆然とイイ男の生着替えを見ていることしかできなかった。


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