夜の街の魔法使い・星を掴む人 15



ラジェル達と人だかりの間の空間は妙にぽっかりとしていて、当然ながら飛び込んだユティは目立つ。
けれど、ラジェルは直ぐに気づいたみたいだから、正面に立って色眼鏡を取る。男も気づいて、2人揃って目を見開いてる。
「よ、久しぶりでもないけど、久しぶり。その派手な恰好に突っ込む前に、一発ぶん殴っていいか?」
にっこりと微笑んでラジェルを見上げたら、呆然と目を見開いていたのに突然、抱きしめられた。動きが速すぎて避けられず、しかも力いっぱい抱きしめられて苦しい。ラ
ジェルはユティよりだいぶ背が高いから埋もれた感じになってしまう。
「ちょ、ラジェル、何すんだよ!」
「・・・・良かった、見つかった。愛想尽かされたかと思った・・・」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、人だかりから悲鳴が聞こえる。ユティも悲鳴を上げたいけど、苦しくて息が詰まってくる。
動けないけど、何とか足を動かして軽く蹴れば少しだけ緩んで息ができた。全くもうなんなんだ。
「ご、ごめん。その、本当に良かったよ」
まだ離してはもらえないけど、両肩にラジェルの手が乗ったままで、近い距離で微笑まれる。
また人だかりから、今度は黄色い悲鳴が聞こえた。あれ、これ絶対勘違いされてる。
「いきなり何だっつーの。いや、その前に・・・聞きたいことが山ほどあるんだけど?」
「分かってる。すまなかった。近くの宿を取るから話しはそこで。騎士団が使う宿があるんだ」
そうして、また軽く抱きしめられて、やっと離してもらえたけど距離は近いままだ。
聞こえる悲鳴はもう気にしない方がいいだろう。
どうやらユティを探していたらしいし、話も聞きたいから大人しく着いていくことにする。あの男は既にいなくて、どうしたんだろうと思えば宿に行ったとラジェルが教えてくれた。
「アイツは俺の部下。まだ正式な自己紹介もしてなかったな。それも話すし、まずは再開できて本当に良かった」
「まあ、俺も良かったけどさ。一応言われた場所に向かってたし。で、その派手な服は何?」
宿は大通りにあるらしい。宿と騎士団の詰め所が一緒になった所で、街の要所に配置されているとのことだ。
触れてはこないものの、ぴったりと寄り添うラジェルに付き添われて向かう。
「これは騎士の、いや、上級の資格を持つ騎士の最上級正装だ。目立つけど、目立つからこそユティに見つけてもらえるかも、と思ったし、一応これ、着るだけで許可が必要なんだけど、その許可も意味もあるんだ」
「・・・嫌な予感しかしない」
「それも宿に入ったら話すよ」
裏通りから歩いて数分くらいか。大通りに出て、目立つ建物に案内された。
入り口にはあの男が畏まって待っていた。もうユティを睨んではこない。
逆にラジェルに睨まれて苦笑している。
「部屋は最上階の、宿の方だよ。お詫びも込めて私のポケットマネーで払っておいたし、何日か滞在してもいいよ」
「当然だろ」
男もラジェルと同じ様な目立つ衣装だ。でも、ちょっと形が違う。
ラジェルは魔法剣士で男は魔導師だから違いでもあるのだろうか。
それにしても目立つし、2人とも背が高いから挟まれると埋もれてしまいそうだ。
前を男が、後ろと言うか、横にぴったりとラジェルに張り付かれて最上階の部屋に通される。
宿ではあるけど、最上階の扉の前には見張りらしい騎士の姿がある。厳重だ。
男が軽く手を振って、室内に入って驚いた。そうか、最上階は最上級になるのが宿の常識だ。
「ひろ・・・」
「別に広さは必要じゃないんだけど、お詫びだな。とりあえず飲み物を用意するよ。俺は珈琲。ユティは?酒でもいいぞ」
「俺も珈琲でいいよ」
部屋に入ったのはラジェルとあの男だけ。外の騎士は扉の前だ。
飲み物を用意すると言ったのはラジェルだけど、実際に動くのはあの男らしい。
ユティはソファに座る様に促されたから大人しく座っておく。
「で、紹介してもらえるの?」
「あ、忘れてた。あの阿呆な、俺の部下で魔導師のツィント。第一師団、特別討伐隊副隊長だ」
やっと男の名前が分かった。
飲み物の用意をしていた男、ツィントが美しい文様の入ったマントを綺麗に舞わせて礼をする。
「いろいろとごめんね。ラジェルにはいろいろと厄介毎が付きまとうから、警戒し過ぎて丁度良いくらいなんだ」
なる程、副隊長ねえ。そして、ラジェルが隊長な訳か。ユティには師団のことも何も分からないけど。
「それは分かったけど、何も分からないな。そもそも俺はこの街の人間じゃないし、師団とか隊とか、何よりこの状況とか、全部分からない。ラジェル、説明するって言ったよな」
「もちろん、全て話す。まずは俺の正式な自己紹介からだな。前にも言った通り、俺は第一師団、特別討伐隊の隊長をしてる。第一師団って言うのは魔物討伐を専門にする隊で、まあそれは追々。とりあえずシグセル国には第一から第九までの師団がある。その中で第一師団は文句なしに最強で、特別討伐隊はその中で二番目に強いって所だ」
「ラジェル単体でも師団の中で二番目だよ。トップは第一師団長だね。はい、どうぞ。私は外に出てるから、ゆっくり話してね」
珈琲を入れてくれたツィントが静かに部屋を出て行く。
部屋に残ったのは向かい合ってソファに座るユティとラジェルだけで、静かになった。


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