夜の街の魔法使い・星を掴む人 10



夜の街は広い。王都だけあってと言うべきか、けれど、夜しかない空間がこんなに広くていいのか、と思う気持ちもある。街の内に入った時から魔力の濃さにも驚いているし、変な街だ。
一日中歩きっぱなしで、走ったり星を掴んだりで疲れていたユティは街の入り口にあった適当な宿に入って、まずは寝た。いつ起きても夜だから気にすることない。
旅の疲れも重なって、たっぷりと眠って起きたら当たり前だけど夜のままだった。
外は星と青い月が浮かんでいて、魔法の灯りは街に入った時と変わらず、あちこちに浮いている。
ずっとこの灯りが浮かんでいる、んだろうなあ。夜しかないし。
「えーっと、案内図と、何だこれ、夜の街の特徴?」
ベッドからずるりと這い出て、寝過ぎて怠い身体で貰った案内図を床に広げる。
この案内図、やたら大きい上に何やら説明文が多い。どうやら他の街とは違うから大まかな説明もつけてくれているみたいだ。
それによると、夜は夜でも違いがある、と書いてある。
「昼間にあたる時間は黄色い月が、夜は青い月が浮かんでいます。これらの月はこの街だけに浮かぶもので、古来からあるものです・・・うへえ、月まで古代魔法か。すごいな」
窓から見た月は青だったから、今は夜の夜か。
時計を確認すれば日付を越えて少し経った辺りで、丸一日以上寝ていたことになる。どうりで身体が怠い訳だ。
うーんと背伸びをして、まだ何も買い込んでいないから旅の荷物から水筒を出して飲む。
「どれ、風呂入って身綺麗にして、歩くか。ふわあ、よく寝た・・・」
元々、星を掴んだ後はたっぷり寝ないと駄目なユティだ。
よろりと立ち上がって、小さな浴室に向かう。
この宿は適当に選んだだけあって設備の確認をしなかった。
風呂がついていてラッキーだ。しかもちゃんと水道がついている。
建物は古そうに見えるけど、設備はちゃんとしているみたいだ。
水が出れば後は魔法でどうとでもなる。
ただ、ユティとしてはちゃんと火を起こした方が好みだけど、今は汚れた身体をさっさと綺麗にしたいから魔法で妥協する。何せ宿に入ってそのまま寝てしまったのだ。

たっぷりのお湯と荷物から出した洗剤でこれでもかと身体中を洗って、やっとすっきりさっぱり。目も覚めたし気分爽快だ。重たい魔導師のローブともしばらくお別れだ。
軽装に着替えて、旅のブーツからサンダルに履き替えれば身体が軽い。
「さて、街中だけど、一応警戒しておくべきか。どうするかな」
後は、身につける装飾品を選べば外出できる。
ユティ自身は下級魔導師なのであまり強くない。だからこそ、いつも装飾品でじゃらじゃらしているけど、街の中では数を減らす。
ベッドの上に手持ちの装飾品をずらりと並べて、ちょっと悩んで、数個の指輪と数本のブレスレットだけを身につけて、後は荷物の中に戻す。
金庫は使わないし、そもそも宿にはない。金庫なんて置いたらそれごと盗られるからだ。
貴重品は肌身離さずだけど、ユティの場合は荷物に厳重な封印と、部屋にも簡単な封印をしてから出ることにしている。
下級魔導師だけど、封印に関しては掴んだ星の力を使ってかなり強くできる。
「よし。それじゃあ夜の街を見学してみようかな。あ、そう言えばラジェルが何か言っていた様な・・・」
寝過ぎてすっかり忘れていたけど、街の入り口で懇願されたはずだ。
確か、ナイフを貰って、店に来てほしいと。
変な名前の店だったのは覚えている。
「確か、えーと・・・エクエク、だったよな・・・え、どこだよ、そこ」
ラジェルは工房区と言っていたけど、残念ながらユティはすっかり忘れてしまって、思い出せない。
うーんと唸りながら案内図を見ても、大まかな区画が書いてあるだけで、店の名前は流石にない。
「商業区、工業区・・・魔道区、工房区?ちょっと範囲が広いな。騎士団は書いてあるけど、本部ってあるし、王宮っぽいし・・・適当に探すかあ」
ユティはこの先、数年はこの街に滞在するつもりだ。宿でもいいし、部屋を借りてもいいと思っているから、まずは魔導師関連の情報を扱う魔道管理局に向かうつもりだ。
魔道管理局は大きい街には必ずある機関だ。
魔導師として活動する際には必ずお世話になる。
最初の、力の見極めや魔導師としての登録に加えて仕事の斡旋や情報の開示、配布、その他いろいろとやってくれる有り難い機関である。
案内図を見れば魔道管理局は街の中央にある様で、この宿からはかなり遠い。
「遠いな。宿を近くにするか・・・荷物、持って行くの面倒だな」
やっと身軽になれたのに、と脱ぎ捨てたままの汚れた衣装やら魔導師のローブやら荷物やらを見てげんなりする。
ラジェルには悪いけど、数日待ってもらおう。向こうも忙しそうだし。
だって身軽になれたし、はじめての街でうきうきしてるし、何より。
「・・・腹減った。だめだ、倒れる」
丸一日以上、何も食べていないのだ。
流石に街に入ってまで荷物にある携帯食料は嫌だ。
うん、やっぱりラジェルには悪いけどしばらく待ってもらおう。まずは食事だ。
それと街の見学だ。
買い物だってしたいし、長く滞在する予定だから旅の衣装じゃなくて、街の衣装も揃えたい。
ずっと独り言を呟いていたのに、ラジェル、ごめん。だけは心の中で呟いて、早速外に出ることにした。


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