夜の街の魔法使い・星を掴む人 09



夜の街は危険な草原地帯の中央にある。突然夜になるんじゃなくて、周りからじわじわと夜になっていく。
星を掴んだのが深夜だったから、夜の街が見える頃には朝焼けが見えるはずだったけど、確かに夜だ。朝焼けの空が夜に戻っていって、遠くに灯りが見えてきた。
草原の中央に、色とりどりの灯りで彩られた『夜の街』。
遠くから見てもかなりの大きさで、朝のない街は魔法の光で飾られていて、とても綺麗だ。
「あれが通称『夜の街』。本当はシグセル国の王都なんだけど、夜の街って言った方が早いからあんまり王都だって知られていないんだよな」
「あれが、夜の街・・・」
街が見える距離になって、近づくにつれ大きくなっていく街にユティの目が釘付けになる。
噂では聞いていたけど、本当だったんだと。
朝がない、夜だけの不思議な空はもちろん自然現象ではなくて、魔法によるものだ。
それも古代、と言われる今では誰も知らない時代の魔法であの街には夜しかない。
街の周りを誰も解読できない半透明の結界が覆っていて、その内側だけが本当の夜、なのだそうだ。
確かに、うっすらとだけど見える。不可思議な文字の様な、絵の様な文様のある結界が。
「・・・灯りがなかったら呪われた土地にしか見えない」
「ごもっとも。だからこそ色とりどりの灯りを山ほど使ってるんだけどな」
「納得した」
そもそも闇の支配する土地によく住もうと思ったものだ。いくら魔力に満ちているとは言え、あれで王都だと言うのが変な話でもある。感心しつつ呆れつつ、ラジェルに案内されて街の入り口に着いた。街は結界に覆われているから壁がなく、けれど特定の入り口からしか入れないとのことだ。
「目印はこれ、金色の灯りが目印になってる。魔法だけど、って言うか、この街、ほぼ全部が魔法だから」
「はー・・・すごいな」
「直ぐ慣れるって」
入り口は関所になっていて、がらんとしていた。金色の灯りだけが幾つか浮かんでいて、警備の騎士が暇そうにしている。来る時の関所もだったけど、ここも同じか。
「トンネルの関所はまた別だからな。ここは草原から来る用。当たり前だけど人の出入りは少ないから直ぐに顔パスになるぞ」
「だろうなあ」
あの危険地帯じゃ。
暇そうな騎士はラジェルの姿を見るとびしっと敬礼して、ユティを歓迎してくれた。
どうやらラジェルはそれなりの地位らしい。上級魔法剣士だから当然だと思うけど、聞いてもいいのだろうか。
入り口の関所では簡単な手続きだけで、数年の滞在を予定しているユティはまた違う場所で細かい申請が必要だ。街の案内図を貰いながらにこにこしているラジェルを見て、さて、どうするかと思っていたら。
「ラジェル隊長ー!何遊び惚けてるんですかー!!!」
遠くからものすごい声が聞こえてきて、だいたいを察した。
休暇と言っていた様な気がするんだけど、と隣で嫌そうな顔になったラジェルを見上げれば溜息を落としている。
「だからちゃんと休みだってのに、あの馬鹿め。ユティ、ごめん。本当は宿決めるまで一緒にいたかったんだけど、アイツ等に見つかると煩いから俺は先に行くな。騎士団に来てくれなんて言えないから、ええと、工房区にある『エクエク』って店に来てくれ。落ち着いたらでいい。俺、そこの店の上に住んでるんだ。頼む!あ、これ、俺からって証拠に持っててくれ!」
「え、ちょ・・・っ」
何やらブツブツと文句を言ったと思ったら豹変したラジェルが荷物から小さなナイフを出すとユティに押しつけて、走って行ってしまった。訳が分からない。
唖然と見送れば大声の主、いや、主達がラジェルの走って行った方に真っ直ぐ行ってしまって、さらに訳がわからない。
「・・・エクエク?変な名前だな・・・」
かろうじて聞き取れたのは店らしき妙な名前と、そこに行ってほしいと言うことだけ。たぶん間違ってはいないと思う。
押しつけられたナイフは使い古されているけど、妙に高級品な感じがして、こっちも、もう以下同文としよう。
今はやっと着いた夜の街をいろいろ見たいし、宿も探したい。
ナイフはとりあえず荷物の中に仕舞って、案内図を広げながらまずは宿を探すことにした。


top...back...next