夜の街の魔法使い・新月.09



夜の街から消えた月は戻る時も突然戻った。いつも夜空にあった月が戻ればほっとする。魔物との戦いも月さえ出れば残りを片付けるだけで、ようやく新月が終わった。
ユティから見て街の建物に大きな被害もなく、負傷者は数え切れないくらいにいるけど、幸いな事に死者はいないそうだ。良かった。
「ま、そうなったら、こうなるよな。この街だもんな」
「どうしたんだユティ?さあ飲んで飲んで。いっぱい動いたから酒が美味い!」
「だな。お疲れ様、ラジェル」
「ユティもお疲れ様!かんぱーい!」
戦いが終わればいつもの夜の街だ。気持ちの良い夜風を感じながら程良く酔っ払う。戦闘が終わった直後、ではなくて、月が戻ってまだ魔物が残っているのに街の人々は大通りに椅子やテーブルを出して宴の準備を始めたし、ユティも手伝った。魔物に勝利した宴らしい。
丸一日戦っていても綺麗なままのラジェルは機嫌良く酒を飲んでにこにこしているし、割とよれよれのユティも以下同文。同じテーブルにはアイスを食べているハーティンと、ようやく店から出て来たプープーヤも一緒だ。
「にしても、こんなに魔物が出るとは思わなかったよ。もう新月には遭遇したくないな。指が落ち着かない」
酒のグラスを持つ手が寂しい。まっさらな指なんて思い返しても子供の時以来だ。
「俺も新月キライ。プープーヤ様も嫌いだもんなー」
「精霊は新月の影響を受けてしまうのじゃよ。もちろん嫌いじゃ。しかしユティには驚かされるのう。身につけていた指輪はかなりの物だっただろうに」
「あ、そうだ指輪。ユティ全部使っちゃって大丈夫なのか?指輪してないユティなんて初めて見るよ」
「俺もだいぶ久しぶりだよ。まあ家にまだあるし、何だかんだ言っても消耗品だからな。俺の力で助けられたから後悔はないよ」
「ユティ男前!僕感動しちゃった!」
「ありがとな、ハーティン」
「俺も俺も!」
「はいはい、ありがとな、ラジェル」
「ふうむ、太っ腹じゃのう。あの指輪の魔力量から言って「プープーヤ様それ以上は言わないでくれ、すいませーん!酒じゃんじゃん持って来てー!」そうじゃのう野暮だったの」
やっぱりプープーヤにはユティの身につけていた指輪の価値を知られていたのだなとは思うけれどあまり話題にしてほしくないので途中で遮っておく。ラジェルは既に酔っ払っていて、ハーティンはあまり気にしていない様子なので良かった。
ユティの身につけているアクセサリーは全て掴んだ星で出来ていて小さな指輪でもとんでもない価値になる。でもユティにとってはあくまで消耗品だ。使って誰かを助けられるならそれでいい。星はまた掴めば良いのだ。
もう街には魔物もいないし、ユティ達の飲んでいる大通りには酔っ払いが沢山いて皆笑顔だ。それだけでいいし、気持ちの良い夜風が気持ち良い。酒も料理も美味い。ご機嫌に酒を飲んで笑うラジェルがいる。それだけで幸せだ。
「はあ、やっと街に戻った気がする。当分は酔っ払いになろうかな。ラジェルは暫く休めるのか?」
「んー、俺も酔っ払いになってたいけど、報告やら何やらあるんだよなあ。明日になったらまた宮殿で缶詰の予定。だから今すっごい酔っ払う!」
「大変だなあ。じゃあ俺も一緒に宮殿に行くよ。新月の事も資料室で調べておきたいし」
「ほんと!?やった、ユティと一緒~!かんぱーい!」
「はいはい、乾杯。もう泥酔だな」
「ラジェルご機嫌だね~。プープーヤ様もご機嫌そう。僕も早くお酒飲んでみたいなあ」
「その内にな。私もお代わりを要求するぞ。新月が終わった祝いじゃ。ユティも飲め」
「そうだそうだ。ユティも飲んで~!ハーティンはデザート食うか?俺も一緒にケーキ食うぞ」
「じゃあラジェルと一緒に食べるよ。ユティも食べよう~」
「ああ、飲むし食うよ。偶には泥酔してもいいよな。乾杯!」
既に結構な量を飲んでいるけど気にしない。きっと明日はラジェルと揃って二日酔いになるだろうけど、それだって気にしない。
夜空に浮かんだ黄色い月はそろそろ青い月になって、ユティ達の宴はまだまだ続く。

おわり。