夜の街の魔法使い・新月.07



新月になって半日が経っただろうか。休憩を挟みつつユティは一度も魔物に見つからず負傷者を運び続けている。
街はもう人よりも魔物の方が多いのではないかと言うくらいで、戦闘も続いている。半日も過ぎると、どうしても体力で劣る人間は休憩が多くなる。逆にここからが本番だとばかりに今は亜種達が街を駆け巡りながら素晴らしい速さで魔物を減らしてくれている。この辺り、魔道区や工房区には他の区画よりも亜種が多いらしく、お陰でまだ建物に被害は少ないし人間の方もかろうじて無事だ。そして、時間が経つにつれ湧き出る魔物に大型が増えてきて、彼の出番にもなった。
「よーし、その辺りを吹っ飛ばすよ、気をつけて!いきまーす!」
力は誰よりも強いけどコントロールの下手くそなハーティンだ。大型の魔物は建物よりも大きくて、当然ながら人間だと倒すのに苦労する。でもハーティンの大振りな攻撃魔法で身体の半分くらいを削るから戦闘が一気に加速している。しかもハーティンはまだまだ元気いっぱいで頼もしい限りだ。
「あ、こら、ハーティン!そこは違う!もう少し右を削ってくれ!」
「ごめーん。ラジェル頑張って!」
「頑張る、よっ!」
そんなハーティンと組んで戦い続けているのはラジェルだ。今も夜空に舞い上がりながらとんでもない数の魔法の矢を放ちつつ大型魔物の足を切っている。ずっと戦いっぱなしのラジェルだけど、相変わらず怪我もなければ汚れもない。見事で、綺麗だ。
「凄いな。綺麗だ・・・と、悪かった。早く食堂に行こうな」
華麗に戦う二人を見上げながらユティは大通りの奥で倒れていた負傷者を運んでいる。街に滞在していた旅の魔導師と師団の魔導師だ。二人ともかろうじて自力で歩けるけど怪我が酷いのでユティが運んでいる。
明らかに負傷者の数が増えているけどユティのやる事は変わらない。通りに溢れる魔物をすり抜けながら食堂に向かうだけだ。魔物と、戦う人達の間をすり抜けて、食堂が見える所まで出たら空からハーティンが降ってきた。
「わわ、ごめんユティ。落ちちゃった」
「ハーティン!大丈夫か?」
「もっちろん。魔法の力で飛ばされちゃっただけだから。えへへ」
ハーティンは戦っていてもエプロン姿のままで恥ずかしそうにウサギの耳がぴくりとしている。そうか、自分の魔法で落ちたのか。
「大丈夫ならいいよ。気をつけてな、いろいろと」
「あははー。ユティは鋭いね。あ、邪魔しちゃってごめんね」
負傷者を運んでいる途中だと気付いたみたいだけど、ハーティンが落ちて来たのと、食堂がもう見えるからと二人とも大丈夫だからと自力で向かってしまった。もう少しだから別によかったのに。
「まあ次を運べるけどな。ん?ラジェルはまだ飛んでるのか」
「そうなの。また大型が出ちゃって、もう削っても削っても出るんだよ。ラジェルはとっても強いから心配ないと思うけど、そろそろ休憩しようって言ってくるね」
「そうだな。休みは必要だ・・・・まずい」
「え?」
ラジェルはまだ夜空を舞ながら戦い続けている。三階建てよりも大きい闇色の魔物を二体も同時に相手している。ラジェルの方が優勢に見えて、気付いてしまった。大型の魔物に隠れて多数の中型の魔物が湧き出た事に。あれは素早くてたちの悪い奴だ。ラジェル以外にも大型を相手にしている師団達もいるけど、駄目だ、あれは危険だ。恐らく地上から見上げているユティだからこそ気付けた位置で、このままじゃあ師団が崩れてしまう。ラジェルだって怪我を。
「くそ、誰も気付いていないのか。ハーティン、あそこだ、中型が出た」
「うそ、どこ・・・あ、いた!でも僕じゃ師団の人達も攻撃しちゃう!」
中型の魔物は後から後から沸いて出ている。数が多い、恐らく五十以上。闇が濃くなっているのだろう。大型の魔物も夜空から新たに湧き出て、駄目だ、見ていられない。
判断は一瞬だった。夜空を睨みながらユティは身につけていたネックレスとペンダントを両手で引っ張って、全て外す。それからブレスレットも全て雑に外してハーティンに放り投げる。
「ハーティン、持ってろ」
「うえ、え、え?ユ、ユティ?」
中型の魔物が師団に攻撃を始めた。やはり気付いていなかった。師団の数人がまともに攻撃を受けてしまって、ラジェルが気付くけど襲い。駄目だ。それ以上は誰も傷つけさせない。
アクセサリーをハーティンに放り投げたユティは詠唱を始める。十二の攻撃魔法と五つの補助魔法を重ねて、両の指に填めた全ての指輪から魔力を吸い出す。詠唱を重ねるのはユティにとって何の苦もない。問題は魔力がないだけ。けれど、魔力なら身につけたアクセサリーで補える。詠唱する魔法は全て上級の、それも複雑なもの。一度に数百以上の攻撃を行える十二種類の上級魔法を重ねる。補助の魔法はユティの目に見える師団の人達を守るものだ。
一度に十七の魔法を発動させたユティの指からは全ての指輪が糸屑になって消えた。使い果たしたのだ。
「まだだ。ハーティン、ごめんな」
十七の魔法は全て中型の魔物に放たれて、倒れた師団の者達を守った。でも、まだだ。大型の魔物の一撃がラジェルを吹っ飛ばした。中型の魔物もまだ沸いている。
驚いて声も出ないでいるハーティンから一方的に渡したネックレスを二本、ブレスレットを三本取って詠唱する。ラジェルは無事みたいだけど怪我が心配だ。今度は三つの攻撃魔法と補助の魔法を十。重ねて発動して、手に持ったネックレスとブレスレットが消える。中型の魔物は全て倒した。大型の魔物の一体を半分削った。これで大丈夫だろうか。
「仕上げだ」
後は残った師団と攻撃に参加した亜種で間に合うだろう。ならば最後の仕上げにとハーティンからペンダントを一本取って詠唱を八つ。全て補助と防御の魔法で、戦う人達を守る。ペンダントは魔法の発動と共に消えたけど問題ない。これで、きっと大丈夫。
「ふう。良かった、間に合った・・・ハーティン、いきなりでごめんな」
「ふえ・・・び、びっくりした・・・え、ユティ、あの、え、え、え?」
「だからごめんって。あー、残ったのはこれだけかあ。指輪全部は痛いなあ。寂しいや」
「えええええ・・・ちょ、ユティ、え、あの」
いきなりのユティの詠唱にハーティンの耳と尻尾がぶわりとしてしまった。申し訳ない。言葉にならない声を出してユティを見るハーティンの頭を撫でても復活しなさそうだ。
このまま放っておく訳にもいかないので、悪いなあと思いながらハーティンの手を握って食堂の方に引っ張っていく。安全な場所に移動しないといけないし、アクセサリーを付けなおさないと落ち着かない。