夜の街の魔法使い・新月.06



新月になって数時間。ユティは主に大通り周辺を歩いて戦闘を避けつつ負傷者を見つけては食堂に誘導している。負傷者と言っても軽傷は一声かけるだけにして、ユティが誘導するのは中傷者からだ。
魔物の攻撃は厳しくて、たった数時間でもう十人くらい運んだ。運んだ中には街の人も師団の者もいて改めて厳しい状況だなと思い知らされる。けれど、夜空に舞いながら戦うラジェルを何度か見かけて、あまりにも綺麗に素早く動くからちょっと見惚れてもいた。

ラジェルは強い人だとは分かっていたけど、実際に魔物を相手にした彼を見るのは初めてで、驚きの連続だった。長剣と短剣、それに魔法で矢を放つ特殊な弓を持つラジェルは地上でも空中でも、誰よりも突出して強い。
片手に剣を持ちながら詠唱したかと思えば次の瞬間には魔法の矢を数百本も一度に出して辺りの魔物を一掃する。なのに数秒後には別の魔物に短剣で斬りかかりながら特大の魔法を放ち踊る様に絶えず戦う。
あまりにも見事で見惚れて、運んでいた足を折ってしまった騎士を落としてしまったのは申し訳なかった。落としたと言っても怪我を酷くはさせなかったし、騎士も見惚れるのは当然だからと笑ってもらえたので、反省してきちんと食堂まで運んだ。

いつまでも見ていたい戦いだったと思いながらも辺りは時が経つにつれ混乱が増して、魔物は際限なく闇から湧き出ている。戦いが続けば人の身体は疲労するし集中力も減ってしまう。
「やっぱり時間が経つ毎に怪我人が増えるな。おい、助けに来たぞ。今から食堂に行くから声は出さないでいてくれな」
また裏通りでうずくまる人を発見したので近寄って声を掛ける。黒い魔導師のローブ姿で街の住人らしい。声を掛ければほっとした様にユティを見上げるから大丈夫だと微笑みかけて詠唱する。
地面に伏せている魔導師は血まみれできっと重傷だろう。アクセサリーから魔力を吸い取って重傷だろうかとなるべく揺らさない様に人の身体を浮かばせる。高度な魔法だけどユティが考案した詠唱だから魔力はあまり使わない。これは一人で旅をする間に身につけた魔法で、主に足下が危うい所を歩く時に使うやつだ。なので当然ながら魔物に察知されにくくもあって、重傷者を浮かばせながらユティは気配を辺りに馴染ませて食堂まで歩く。ここで走ると見つかってしまうので歩くのが一番だ。
辺りは絶えず戦闘が続いていて、全てをすり抜けて食堂まで歩く。星を掴む時、魔物の間をすり抜けて歩く技術がここで役立つとは思いもしなかった。
「よし、着いたぞ。おーい、誰か!重傷者だ、頼む!」
到着した食堂で声を掛ければ中から黒い猫の亜種が来てくれる。ユティと同じくらいの年齢に見える綺麗な黒猫の亜種は初めて見る顔だけど、この数時間ですっかり顔見知りになった人だ。
「きみ、優秀だね。ありがと。きみは良く頑張った。二階に運んであげて」
「こちらこそ、ありがとう」
「だいぶ疲れてきているみたいだね。少し休憩すると良いよ。まだまだ新月は続くから、人は柔らかいし」
「そうさせて貰うよ。貴方は休まなくていいのか?」
「ぼくたちは人の子みたいに休まなくても平気なんだよ。ふふ、ありがとうね、綺麗な瞳の人」
顔見知りにはなったけどお互いにバタバタしていて名前も何も知らなかった。名乗ろうかとも思ったけど黒猫の亜種はぱたぱたと奥に行ってしまった。
「後で時間があったら名乗ろうかな・・・ふう、疲れた」
戦ってはいないけどずっと外をうろついては魔物を避けて歩き回っていたユティだ。そろそろ休憩して何か食べた方が良いなと、黒猫の勧めを有り難く受け取って食事を出している所に行く。
食事は食堂の中でならどこでも食べられるけど、出してくれるのはカウンターだ。カウンターは奥にあって、人混みをかき分けつつ何があるのかなと思っていたら見慣れた後ろ姿がいた。カウンターにラジェルがいる。
「ラジェル!」
「ユティ!お疲れ様。だいぶ疲れた顔してるな。大丈夫?怪我は?」
「俺は負傷者を運んでるだけだから平気だよ。でも確かに疲れてはいるし腹も減った。そっちこそ怪我は?」
「見て分かるだろ?」
「だな。何度か見かけたけど、改めて思ったよ。ラジェルは強くて、綺麗だ」
「え、ここで口説かれても困る。嬉しいけど困る」
「褒めただけだ」
声を掛ければ嬉しそうに手招かれるから素直に隣に座ってじっとラジェルを見る。確かに怪我はなさそうで、それ所か白い騎士服に汚れすらない。ユティなんて既にあちこち汚れているのに。
「そうだ。指揮してる部下がユティをめちゃくちゃ褒めてたよ。戦闘に重点を置いてるからユティみたいに補佐してくれる人は貴重なんだ。ありがと。でもちゃんと休んでくれな」
「それ皆に言われるな。俺は元々そっちが専門みたいなもんだから、褒められてもくすぐったいだけだし、疲れたからちゃんと食って休むよ。ラジェルこそちゃんと休めてるか?」
「俺は戦うのが専門だから大丈夫」
ふふ、と微笑むラジェルがとても頼もしい。カウンターに座ってにこにこしているだけで食堂中から視線を集めているし、これはきっとラジェルの持つ特性も関係するのだろうけれど、あの街中で戦う姿を見れば誰だって注目したくなると思う。だからこそ有名なんだろうなあと今日は改めて感心してばかりだ。
「はい、お肉たっぷり煮込み鍋だよ!あ、ユティ!良かった、ちょっと心配してたんだよ!」
ラジェルに感心しつつ戦闘の状況を話していたらカウンターの奥にある調理場からハーティンが出て来た。人ではないからまだまだ元気そうでほっとする。
「ハーティンは元気そうだな。良かった。俺は疲れたから休憩するよ。何か出してくれるか?」
「もちろん!栄養たっぷりなご飯を持ってくるね。ラジェルは沢山食べて、頑張って!」
「おう、ありがとな、ハーティン」
どうやらハーティンは食事を出す係をしているみたいだ。元気いっぱいな可愛い子が食事を運んでくれるのはとても心が安らぐ。
ラジェルの前に出されたのはハーティンの言う通り、大きな鍋に大きな塊の肉と野菜がごろごろ入ったボリュームのあるやつだ。
「へえ、美味そうだな。普段頼まない感じのやつだけど今度注文してみようかな」
「勝手に出てくるみたいだよ。折角だからユティも一緒に食べようよ。なんか三人前くらいあるし」
「確かにでかいな。腹減ってるし、ラジェルも俺の一緒に食ってくれ」
「いっぱい動くから山ほど食べないと身体が動かなくなるからね。いただきまーす」
「いただきます」
ユティも程良く空腹なので有り難くラジェルの鍋を突く。二人で食べても余りそうな量だったけど、全力で戦闘していたからだろうか、ラジェルが良く食べる。程なくして元気なハーティンが運んでくれたユティの料理も半分以上ラジェルが食べた。大皿にどっさりと盛られた焼き飯とステーキだったけど、さらりと食べた。
「はー、お腹いっぱい。珈琲飲んだら外に出るよ」
「・・・なあ、四人前くらい食ってなかったか?」
「そう?戦闘中は沢山食べるよ。体力使うし、俺の戦い方だと動きが多いし魔力も派手に使うから」
「それもそうだな。気をつけてな」
「ユティもね。ちゃんと休んで、自分を最優先に」
「もちろん分かってるよ」
ラジェルは戦闘専門だけど、それを言うならユティだって逃亡専門みたいなものだ。今まで魔物に見つからずに星を掴み続けてきたのだ。注意は怠らないけど自身はあるし、今までの経験が誰かの役に立つのなら嬉しい。