夜の街の魔法使い・新月.04



新月まで後一日くらい。正確な時刻は分からないけど、近くなったらエクエクの辺りに出て後は戦うだけみたいだ。
貴重な休みを過ごすべく、しょんぼりしたラジェルを抱えて眠って、目が覚めたら二人で一緒に風呂に入ってキッチンに立つ。まずは食事だ。この家では魔法を使えないから主にユティが火を起こして料理するけど、ラジェルも手伝ってくれる。
「じゃあプープーヤ様とかハーティンとかも外に出るのか?」
「あー、ハーティンは出るけど、強いけど、魔法のコントロールが絶望的にヘタクソだから出せないと思う。あとプープーヤ様達、精霊は新月がすげえ嫌みたいで外に出たがらない」
「え、じゃあ実質人間だけで戦うのか」
「いや、亜種の人達も戦ってくれるよ。じゃないと無理」
「だよなあ」
寝起きの食事はたっぷりと。買い置きしていたパンを温めて、ユティは火を使って炒め物を。ラジェルは後ろで野菜と果物のサラダを作る。簡単な料理しかできないけど、この街で魔法の介在しない食事はこの家だけだ。ユティにとっては心安らぐ時でもある。面倒でもあるけど。
「よし、サラダは出来たよ。そっちは?」
「こっちも終わり。スープ追加するか?」
「んー、飲み物あるからそれでいいよ。匂いでお腹空いちゃったから早く食べよ」
「それもそうか。それにしても新月になるだけで大変なんだな。俺も一応出るよ。そこそこ戦えるし」
ちょっと焦げたけどユティの炒め物も出来上がったので大皿に雑に盛り付けて後ろのラジェルを見れば微妙な顔をしている。まあそうだよなあと思う。ユティはあくまで下級魔導師で強くない。でも身につけているアクセサリーでそこそこ強くはなれるし、何より知識が武器にもなる、のだけれども。
「・・・すっごい心配だし出来ればこの家で待っててほしいなあって思ったんだけど、ユティは強いから・・・頼りにもしてる。ユティがいれば心強い」
「サンキュ」
ラジェルも強い人だ。ユティの実力をきちんと理解してくれるし、頼りにもしてくれる。イイ男だなあと改めて思えば口付けしたくなるので、遠慮なくちょっと背伸びしてちゅう、とすれば今度は嬉しそうな微笑みが見られてお返しの口付けを貰った。

それからはラジェルといちゃいちゃしながらゆっくりと過ごして、ついでに暖炉でパウンドケーキとクッキーも焼いた。暖炉でじっくりと焼き上げたパウンドケーキはラジェルとハーティンの好物で、プープーヤも好んでくれている。どうせ外に出るのなら行き先はやっぱりエクエクだから彼らへのお土産だ。
パウンドケーキとクッキーを適当な袋で包んで、着替える。ラジェルは白い騎士服の魔法剣士の正装だ。
「黒いのは宮殿での制服で、白は戦闘服って所だからね。武器も多めに持たないと」
「いつ見てもフル装備は凄いよな。見惚れるぞ」
「ありがと」
隙のない白い騎士服を身に纏うラジェルは文句なしに格好良い。魔法騎士として身につける武器の多さもラジェルを飾るアクセサリーにしか見えないけど、全てを最大限に使いこなして戦うのだから本当に強い人だ。
ラジェルは剣と短剣、魔法弓の三種類の武器を一度に使いこなす魔法騎士で、白い騎士服にも腰に長剣を二本、太ももに巻かれたベルトに短剣を四本、背中に弓を背負ってとても格好良い。本来だったらマントも正装に含まれるけど、今回は邪魔になりそうだから外すらしい。金色の髪にもいつも通り、横の一房に青い飾りと、その下にユティの贈った石を付けていてくれる。あ、そうだ。
「ラジェル、もしもの時があったら遠慮なく石の力を使ってくれ。その石だったら多重詠唱でも五回はいける。絶対に遠慮なんかするなよ。石は言うなれば消耗品なんだからな」
「え、そんなもったいない事しないし・・・分かったよ、もしもの時があれば使うから睨まないで。でも消耗品だなんても言っちゃ駄目。すっごい貴重品なのは俺でも知ってるんだからな」
「あのなあ、星は何度でも掴めるけど、確かに宝石みたいにみえるけど、命の方が大事なんだからな」
「うん、分かってるよ。ユティもいつも通りとても綺麗だ。あー、新月なんか忘れてベッドに戻りたいなあ」
ラジェルはいつもユティを褒めてくれる。でも残念ながら衣装もアクセサリーもいつも通りだ。戦闘になりそうだからアクセサリーを少しばかり増やしているけど、後は変わらない。
動きやすいラフな服とネックレスを三本にペンダントを二本、ブレスレットを両の腕にそれぞれ五本に指輪を沢山。いつも通りだ。アクセサリーを付けるのが癖みたいにもなっているからこれくらい重ねていないと落ち着かなくもある。アクセサリーの類いは髪飾りしか付けないラジェルとは正反対だ。
「その新月のお陰で討伐後の事務処理が後になって休めたんだろ。まあ俺もベッドに戻ってもいいかなって思うけど、もう行くぞ」
「だよねえ。よっし、じゃあ行きますか!」
ユティが新月を体験するのはこれが初めて。どうなるのか、話には聞いても実際に体験しないと何とも言えない。気合いを入れるラジェルと一緒に家を出て、月がなくなったら考えようと思ったのだけれども。

家の敷地から一歩、街に入った途端に分かってしまった。闇の気配があまりにも濃い。まだ黄色い月が浮かんでいるのが見えるのに、ラジェルが側にいるのに、あまりにも密度が違う。
「う、ちょ、ラジェル、これはちょっと、酷くないか?」
「あー、やっぱりユティは敏感だね。俺は少し感じるくらいだしまだ月も浮かんでるけど、いよいよだなあって感じ」
「普段から濃いなとは思ってたけど、これは酷い。ラジェルの側にいるのに」
「そうか。俺でも駄目ならきっと浄化できない類いのやつなのかもしれないな。終わったらちょっと調べてみてもいいかも。この街、ユティみたいな人っていないし」
ラジェルは本人の特性として側にある全てを浄化するのに、全く効き目がない。ユティはラジェルの特性に左右されないけど、感じる事はできる。なのに、街にある、元々魔力は濃かったけれど、今はだいぶ酷い。息苦しさを感じる程度ではあるけれど、まだ月が浮かんでいるのに息苦しいとすると、闇になった後が思いやられる。
「街にも騎士が増えたな。そう言えばラジェルは隊長なんだろ?指揮はどうするんだ?」
「俺は今回に限り完全に独立。指揮はツィントがしてるよ。それに第一師団はあくまで魔物退治専門で街の中は警備師団の担当だからね」
「いろいろ大変そうだなあ。ちょっとエクエクでハーティンとプープーヤ様と一緒にのんびりお茶したくなってきた」
「俺も混ぜて」
「是非一緒にって言いたいけど、無理だろこれ」
「だから新月はキライなの。早く終わってほしいよ」
「今は心の底からラジェルに同意する」
エクエクに向かいながら大通りを歩いていると本当に騎士が増えたなあと思う。普段はあまり見ない白い騎士服や魔導師のローブが武器を手に既に構えているみたいだ。街を歩く人達もどこか緊張している様に見えて空気がピリピリしている。いつもなら通りに沢山のテーブルや椅子が出てご機嫌な酔っ払いもいるのに、今はいない。
「ユティが見てるのは主に警備師団の奴ら。第一師団は戦闘能力が高いから今回は別個で動く事になってる。ツィントはその統括指示。優秀だしね」
「ツィントはいつも大変そうだな。でも強いだろ?」
「もちろん。うちの師団だとトップがおっかない師団長で、今頃王宮で剣を構えてウキウキしてるんじゃないかな。で、次が俺で、三番目にツィント。これはずっと変わってない」
「師団長・・・ウキウキしてるんだ」
「うん。あの人戦うの大好きだけど、一番好きなのが防衛戦なんだよね。だから今回みたいに守りながら戦うのが、まあ、大好物。めちゃくちゃに強いよ」
「強そうだよなあ、あの方」
「それに宮殿には亜種の人達も結構いるから、あそこは安全だと思う」
「あの方が剣を構えてるだけだけで安心だと俺でもおも・・・・っ!」
大通りからエクエクへ向かう通りに入ろうとした時だ。唐突に声が詰まった。魔力の密度がまた濃くなった。まるでどすんと音がしそうなくらいに密度に重みが増して、思わず足が止まる。ラジェルも気付いたみたいだ。ユティを抱き寄せて、けれど、夜空を見上げている。つられて見上げて、あ、月が、なくなった。
「新月だ。ユティ、悪いけど俺はここで。エクエクまで行ったら後は自分の身を最優先に」
「わ、かった。ラジェル、気をつけて」
「俺は慣れてるからね。じゃ、また後で」
こんな時でも、こんな時だからこそラジェルは変わらない。普段から戦っている人だけど、渦中にいるラジェルを見るのは初めてだ。にこりと微笑んだラジェルが一度だけユティをぎゅっと抱きしめると魔法で空に飛び上がる。既に始まったのだろう、新月も、魔物の誕生も。ユティですら濃い魔力の中に魔物の気配を感じるし、遠くから悲鳴みたいな音もする。
「息苦しいだなんて言ってられないな。俺も急ごう」
まずはエクエクへ。プープーヤとハーティンを頼る気持ちもあるけど、まずは両手に持ったパウンドケーキとクッキーを届けなければ始まらないからだ。