夜の街の魔法使い・新月.02



忙しいラジェルと一緒に家に帰って甘やかして遠征へと見送った数日後。ユティは一人エクエクを訪れていた。しょんぼりしていたラジェルに聞くのは申し訳ないなあと思った新月の事をもっと詳しい人に尋ねる為だ。
エクエクに顔を出してみたら店番のハーティンは留守だったけど主であるプープーヤはカウンターの上にうぞりと落ちていた。毎日顔を合わせていても慣れない方だけど、もう慣れた。ハーティンがいないので勝手に裏のキッチンで珈琲を煎れてからプープーヤと一緒にお茶にする。途中で買った茶菓子も一緒で、これももう慣れた日常だ。
「ほうほう、新月のう。宮殿の魔導師共が詳しい日付を調べている所ではあるが、五日後じゃよ」
「さっすがプープーヤ様。宮殿に教えてあげればいいんじゃないのか?」
「それでは奴らの仕事にならぬじゃろうて」
「それもそう・・・いやいや教えてやれって」
「別に日付が分かった所で何の意味もないぞ。訪れるものは訪れる。日付よりも今は警備の強化に重点を置くべきじゃ。新月は荒れるからのう」
「え、荒れるのか」
「荒れるぞ。ユティも見たのではないか?外に騎士が増えておるじゃろうて。街の魔導師共も臨戦態勢を整えておるぞ」
「あー・・・俺、基本的に非戦闘員だし」
言われてみれば思い当たる節はあるけど、ユティは基本的に戦わないしそもそも下級魔導師で弱い人だ。戦う話なんて聞く事はない。ラジェルは戦う人だけど彼も基本的に戦闘は避けるしユティと一緒の時にそう言う話はしない。戦う気は全くないと告げればテーブルの上に落ちたまま珈琲を飲むプープーヤから呆れた視線が来た気がする。目はないけど分かる。
「それ程の知識を持っておるのにもったいないのう」
「知識と戦闘は別だろ?プープーヤ様だって強いけど戦わないじゃん」
「我らは人の理の外におるからのう。特に精霊は争い毎を好まぬ。よって、新月と言えども争いは好まぬ」
「ん?」
「我らを戦力には入れられぬと言う事じゃ。亜種は別じゃがのう」
「んん?」
何を言っているんだろうかプープーヤは。首を傾げたらまた呆れた視線に刺された。目はないのに刺された気はするのだから不思議だ。
「まあ良いわ。どうせこの後に宮殿に行くのじゃろうて。詳しくはそこで聞くが良いぞ」
「いや、今日は星網を編もうかなって思ってたから行く予定はないぞ」
「そうじゃったのか。では好きにするが良い」
「うん、ありがとうプープーヤ様」
一応聞きたかった事は聞けたけどそれ以外はさっぱり不明だ。でもまあ戦わないユティには関係ないし、この街を守る人はちゃんといるから新月になったら気をつければ良いだろう。

珈琲を飲み終えたユティは慣れた足取りで店舗の奥にある階段から上に上がる。星網はユティの大事な仕事の一つだ。でも新しい家では編めない。これはユティもうっかりしていたのだけれども、あの家では全ての魔法が発動しなくて、魔力もない。ユティが星網を編む際に発動するほんの僅かな力ですら、駄目だっだ。そんな訳で星網の編める場所が必要になって、結局エクエクの空いている部屋を借りたのだ。プープーヤとハーティンが大喜びだった。

エクエクは五階建てのレンガ造りの建物で、一階は店舗があり、二階はハーティンの部屋になっている。三階にラジェルが借りっぱなしの、今はほとんど倉庫になっている部屋があって、ユティはその隣だ。ちなみに四階は空いていて最上階がプープーヤの部屋、と言うか倉庫らしい。
ユティが星網を編む場所は広さは必要ない。道具も絹糸だけなので本当に部屋さえあれば良いのだ。なので、借りた部屋も寝転がれる横長のソファと小さいテーブルに絹糸と編みかけの星網を入れる小さな棚だけを置いてある。あまりにも殺風景でハーティンが勝手に絨毯と花瓶と生花まで贈ってくれた部屋でもある。
「編むだけだの部屋なのにまた新しい花がある。後で礼を言わないと」
星網を編む時だけ入る部屋だけどハーティンが良く出入りしているらしい。殺風景な部屋に可愛らしい白い花があるのを見つけて今度来る時はケーキでも焼いてこようと思いながら星網を編む準備をする。準備と言っても棚から網掛けを取り出すだけ。後は集中して編む。それだけだ。

夜の街に来る前は深夜に星網を編んでいた。けれどこの街はいつでも夜だから好きな時に、空いた時間に編む様になっている。夜に編んでいた理由は静かで集中できたから。この街では静けさなんて無縁だからユティさえ集中できれば時間なんて関係ない。
この一年間で頭に入れた街や周りの全てを星網を編む動作と詠唱に取り入れて、絹糸の一本一本を手作業で編み込んで行く。今編んでいるのは一ヶ月くらいかけているもので、あと数回で出来上がる。出来上がったらラジェルの遠征に合わせて北の雪原に出る予定だ。そう、星を掴む時はラジェルが遠征で留守の時にユティ一人で出る様にもなった。あのひたすら無言の期間はやっぱり二人で過ごすにはいろいろと不便だし、一緒に来てくれるラジェルにも申し訳ないので自然とそうなった。それでもラジェルはユティの詠唱を綺麗な歌だと気に入っているので星網を編む時や、短い期間だったら星を掴む旅にも同行してくれる。
星網を編む時間はひたすら集中して周りの一切を遮断する。声がかれても詠唱は続き、中断できる所まで何時間でもユティの手は止まらない。
「・・・ふう、ここまで、だな」
終わったのは黄色い月が沈んで青い月まで沈みそうな頃だ。喉がかららかで両手が痛い。ずっと立ちっぱなしだったから足も限界だ。はー、と息を吐けばいつの間にか殺風景な部屋に人が増えていた。
「相変わらず見事だね~ユティ」
「惚れ惚れするのう」
ユティの邪魔にならない様に部屋の隅っこにクッションを持ち込んで見学していたらしいハーティンとプープーヤだ。この部屋で星網を編んでいると大抵この二人がいつの間にか見学している。ユティの詠唱と動きが見ていて面白いらしい。また来ていたのか物好きだなと思いつつ喋るのもおっくうなのでソファに沈む。そうすると待ってましたとばかりにハーティンが立ち上がってパタパタと下に降りていく。お茶と軽食を持って来てくれるのだ。プープーヤは興味深そうにうぞうぞと移動してユティの側に来る。星網に興味津々で、完成品より今みたいな途中の物の方が面白いらしい。
「プープーヤ様なら編めると思うんだけどな」
「やれば出来るであろうが他人を見ている方が面白いのじゃ。これはまた美しいのう。どの様な星を掴む予定なのだ?」
「あー、これはブレスレットにしようかなって思ってる。ちょっと大振りで、こう、ごついの?」
「楽しみじゃのう」
「掴めたら見せに来るよ」
「僕もみたーい!はいユティ、お疲れ様。冷たくて甘いお茶とサンドイッチだよ。フルーツサンド、美味しいよ!プープーヤ様もどうぞ」
ソファに沈みながらプープーヤと話していたらハーティンが戻ってきて、一緒に美味しそうな匂いもする。甘い匂いは疲れた身体に浸みる。ウサギの耳を揺らしながらハーティンがお茶を煎れてくれて、美味しそうなフルーツを挟んだサンドイッチもテーブルに置いてくれたので有り難く頂く。
「ん、甘いの美味い・・・浸みる・・・」
甘いお茶は濃厚な味で、サンドイッチはさっぱりした甘さでどっちも美味しい。もぐもぐと頬張れば眠気も沸いてくる。星網を編んだ後はいつもだから、ハーティンもプープーヤもユティが眠たそうなのを見ると食器を片付けて部屋を出てくれる。
今までずっと一人だったけど、この街に来てから誰かお好意に甘える事が多くなった。一人の気軽さも良かったけど、誰かに甘えられる嬉しさもあるのだなあと思う日々だ。

星網を編んだ後のユティは夢も見ずにソファで眠って、起きたらプープーヤとハーティンに礼を言って、風呂を借りて魔法で手っ取り早く綺麗に洗う。家に帰っても良いのだけれども、魔法が使えないから風呂が面倒なのだ。
「何だかんだ言っても俺も魔法で済ませる様になったよなあ。はあ、さっぱり。ありがとな、ハーティン」
風呂はハーティンの部屋にあって、ユティの服も置いてある。世話になりっぱなしだ。風呂から出ればハーティンがベッドの上でころころしていた。可愛い。ではなくて、寝間着だからどうやらもう夜の夜らしい。
「お礼なんていいのにー。いっつもプープーヤ様と二人だからユティが来てくれるの楽しいよ?でも僕はもう眠いからお休みなさーい」
「俺が礼をしたいんだよ。お休み、ハーティン。またな」
「またね~。あ、そうだ。ラジェルが宮殿に戻ってるよ。行ってあげて」
「おう、教えてくれてありがとな」
可愛いハーティンがベッドの上でころころしながらラジェルの帰還を教えてくれた。彼ら人外にとってラジェルの持つ気配は分かりやすいらしい。
そうか、もう戻ったのか。予定より少し早いけど、戻っているのなら宮殿まで迎えに行こう。ついでに一緒に食事もしよう。