夜の街の魔法使い・新月.01



夜の街ではいつでも気持ちの良い風がふんわりと流れている。夜しか存在しないこの街は全てが魔法で管理されていて、この風もそうだ。気温も湿度も心地良くて空はいつでも満点の星と月。世界中の魔導師が憧れる街は同じくらい酒を愛する人々にも好まれている。だって気持ちの良い夜風と綺麗な星空ときたらそりゃあもう飲むしかないからだ。
この街に滞在する様になって一年が経ったユティも気持ちの良い風に夜と同じ色の髪を遊ばせながら楽しく酒に酔う一人になっている。毎日いつでも酒が美味しい夜空と言うのも困りものだ。全然困っていないけど。
淡い桃色のグラスを傾けてほんのりと甘い酒を一口。うん、美味い。にんまりと笑みを浮かべれば向かい側で飲んでいたラジェルもふにゃりと笑む。こっちは既に酔っ払いみたいだ。
「でもユティ、何だかんだ言ってもちゃんと節制してるから偉いよな。俺はもうダメ、酔っ払って寝ちゃう」
「ラジェルだって休みの時しか飲まないだろ?あと俺は強い酒より弱い酒の方が好きなんだ。そっちのが美味い。これも、美味い。寝たら置いて行くからな」
「ええ、酷いなあ。ユティの意地悪・・・もう飲むの止める。すみませーん、お茶くださーい!」
「俺も次はお茶にしようかな。あ、料理追加しようっと」
ここは大通り沿いにある食堂の、外。テラス席なんてお洒落な所ではなくて、店から溢れた客がそれぞれ勝手に大通りにテーブルと椅子を置いて飲み食いしている場所だ。ユティとラジェルも溢れたのでいそいそと簡易テーブルと椅子で夕食を取っている所である。夜空に浮かぶ月は黄色だから夜の昼になるけど、時刻はあまり関係ない。ラジェルの仕事が終わったから夕食なのだ。相変わらず騎士として忙しくしているラジェルは基本的にユティにくっついてはいるけど、遠征も多い。特にここ一ヶ月は街にもいなかった。
「俺も甘いの食べたい・・・はぁ、ご飯美味しい。お酒も美味しい。明後日からまた遠征なんて・・・魔物、キライ」
「俺も好きじゃないが、最近多くないか?」
「うん。そう言う時期なんだよなあ。ん?そうか、ユティは初めてだよな」
「ん?」
「俺もまだ一回しか経験してないけど、近々新月があるんだ。だから魔物がめっちゃ増えてる」
「んん?新月?」
「そ。新月」
微酔いのラジェルのために甘いデザートも追加で注文して夜空を見上げる。黄色い月が沈みそうな所にあるけど、反対側には青い月も見え始めていて、この街の月はずっとこんな感じで満ちかけもなければ新月もない。なかったはずだ。
「月も魔法だったろ?メンテナンスでもするのか?」
「そ、魔法。でもメンテナンスじゃなくて、元からそう言う造りなんだってさ。何年かに一度くらいの不定期で丸一日が夜だけになる。だから魔物が増えてる。これもそう言う事だからとしか分かってない・・・魔物、キライ」
「だから最近街の中でも増えてるのか。ほら夜杏のケーキ来たぞ。食ったら帰ってゆっくり寝よう、な?」
「うん。食べる」
ご機嫌だったラジェルがしょんぼりとしてしまったので甘いケーキをあーんとしてあげながら心の中で溜め息を落とす。ユティだってラジェルが忙しいのは心配だし、魔物が増えるのもまた同じだ。微酔いでしょんぼりしているラジェルにはこれ以上の説明は無理だろうしユティも望まない。望むのは家に帰って抱きしめて甘やかしてあげたいなと思うくらいだ。