たぶん、ふつうの。の半分くらいです。あんま長くないですが18禁です。



アルバイト先はアパートから一駅離れた所で通っている専門学校のある駅の近く。
通称、駅裏。イメージ通り寂れている方、の意味だ。
寂れている方があればもちろん賑やかな方もある訳で、そっちは表と呼ばれている。だいぶ頭の良い大きな大学と、大きくて目立つ店が集中しているからだ。
寂れている方は昔ながらの商店街と影に潜む様な小さな歓楽街に少し離れて工場地帯があるだけ。

そんな、何となく寂れた通りを歩いていたら突然手首を捕まれて驚いた。

「可菜斗(かなと)!」
なのに掴んだ男の方が驚いていた。仰ぎ見る高さの背の、同じくらいの年の青年だ。
「佳南汰(かなた)、じゃなくて?」
ちらりと首を傾げつつ手首を痛い程に握る青年を見上げる。
佳南汰は自分の名前だ。なのに青年はもっと驚いた顔をして気の抜けた声を出す。知ってる顔じゃないから他人だろうとは思うけど、佳南汰の方が驚くリアクションに思わず笑ってしまう。
すると青年がまた驚いた顔をして、小さく笑った。
「驚いた、そっくり過ぎだっての・・・名前までそっくりだし」
「そうなの?可菜斗、だっけ?」
「そう、顔も名前もそっくり過ぎ。ひょっとして吉岡って言わない?」
「そっちは掠りもしないな、残念」
「だよなあ。あ、悪ぃ!」
ようやく青年が佳南汰の手首を掴みっぱなしなのに気づいて離してくれる。驚いていたから痛さは感じなかったけど離されて気づく、結構痛い。
「・・・悪ぃ、ホントごめん。ちょっとびっくりし過ぎちまって」
手首をさすっていたら青年がガバっと頭を下げた。変な人だ。
痛いけど別に嫌な気分じゃない。人違いだけど、まあ面白いと思う。顔と名前がそっくりなんて。
「面白かったからイイよ」
「いやホント似てる・・・っと悪ぃな。間違ったのに。えーと、お詫びに何か奢ったりする?」
「あれ、ナンパされてるのオレ?ってそんな顔しないでよ、本当にいいってば。面白かったし。じゃね」
表情の変化も面白くてくすくす笑っていればまた青年が驚いた顔になる。
本当に似てるんだな。もしかして生き別れの双子とか、なんて思いつつもアルバイトに向かう途中だし、青年の方にも電話がかかってきていてその場は直ぐにお開きになった。


初夏になる頃の小さな出会い。
これが、一度目。


平凡な人生で平穏な毎日だ。
何となく高校を出て専門学校に通ってアルバイトに励む。極々普通の一般人だ。

ただ、平凡で平穏な人生に神様は一つだけ試練を与えてくれた。
いや、試練と言うか好みの差と言うべきか。佳南汰の好みは可愛らしい女の子でもなく綺麗なお姉さんでもなくて、お兄さんタイプの男性にがっちりと固定されている。それはもう見事な固定具合で、でも、かろうじて女の子も好きだし、いやそれよりも可愛い男の子も好きだ。
そんな試練にプラスしてこっちは幸運だろうか、高校卒業と同時に一人暮らしの許可を貰えた。これはもう突き進むしかないじゃないかと言わんばかりの生活環境で、けれど佳南汰の思い通りにはならない。だって、好みの、本当の好みのお兄さんタイプ=絶対に手に入らない初恋の人だから、だ。

「・・・って我が儘言ってもどうにもならないし、便利で不便な世の中だよなあ」
はふ、と溜息を落とすのはこの春から通い始めたバーだ。
年齢的にはまだ飲酒はできないものの、薄暗い店で見る佳南汰の年齢はごまかせる範囲だ。そもそもここは酒以外に違う目的のある店になる。

アンブロイド、と言う名の雑居ビル地下にあるこのバーは平日の深夜だと言うのにそれなりに人が入って繁盛している。
佳南汰が座るカウンター席にもちらほら客がいて、その全員が男性だ。要するに佳南汰と同じ趣向を持つ人達が集まる店で、でもその手の店としては大人しい部類になる。
カウンター席は一人で飲む用、店の中央にある小さいテーブル席は相手を探す人用、奥のソファ席はいちゃつきたい人用となっている。

カウンターの端に座って足をぶらぶらさせていれば店のマスター、二メートルはありそうなごついオネエさんが嫌そうな顔で佳南汰を見下ろしつつ、注文していたノンアルコールカクテルのグラスを音を立てて置いてくれた。
「なあにが不便よ。綺麗な顔して贅沢なんだから。この前お持ち帰りした可愛い子はどうしたのよ」
「一週間前にお話を重ねて円満にお分かれましたー。可愛かったんだけどねえ」
「うっわ、ムカツクわね」
「だってしょうがないじゃん」
はふ、とまた溜息を落とせば店内から視線がちらちらと刺さる。それだけの外見である事は佳南汰自身も自覚している。
染めた事のない艶のある髪に白い肌、瞳は大きめで間接照明を受けて妖しく光り、少し厚めの唇は何もしていないのに赤く染まったまま。
どっちの趣向の男性にも、女性にだってそれなりにモテる自覚はあるが、好みの人と結ばれないと分かっているから可愛い子を捕まえては分かれての繰り返しである。切ない。
「だからマスターの顔見て元気になろうかなって思ったの。イイ顔してるよね。オレ、マスター好き」
好みとは完全に違うけれど同じ様な理由で佳南汰はこのごついオネエさんが大好きだ。分厚いヒールに逞しい体格の、二メートルを超えた男らしい銀髪角刈りの、オネエさん。
今夜の衣装はラメの入ったジーンズにキャミソールと言う佳南汰以外の人が見ればそっと視線を外すものだが可愛いと思う。上目遣いでじっとマスターを見ながら微笑めばものすごく嫌そうな顔をされた。
「お世辞はイイわよ気持ち悪いんだから。さっさと飲んで帰りなさいな。終電なくなるわよ」
「ちぇ。じゃああと一杯飲んだら帰るよ。今日は飲みに来ただけだし、今度は気合い入れてくるから」
「入れなくていいわよ。それなりに落ち込むんならホイホイ引っかけないの。ほら、特別サービスよ」
「わ、ありがとマスター。やっぱり大好き」
基本的に酒と肴しか出さないバーだけどマスターの気が向けば手料理を振る舞ってくれることもある。逞しい手で握った小さくて可愛らしい焼きおにぎりに思わず佳南汰の頬が緩むと同時に店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ~。あら、久しぶりねアナタ」
どうやらマスターの顔見知りらしい。焼きおにぎりを頬張りながら釣られて視線を上げて、驚いた。
入り口から奥に向かおうとしていた客も佳南汰の顔を見て驚く。あれは少し前の、突然の出会いの青年。暗がりで驚いてはいるけど間違いない。何せ出会いが強烈だったから、もあるのだが高い背に逞しそうな身体と何より中々見かけない野生獣みたいな格好良さだったから瞬時に思い出せる。
「あ、可菜斗の人?」
「うわ、びっくりした。えーと、佳南汰、だったよな」
まじまじと見つめ合って数秒。たっぷり驚いてから今度は違う意味でも驚く。だって、客だからだ。
青年は佳南汰の隣に座ると笑顔でマスターに酒を注文してる。その慣れた様子にもしかしなくても常連かと思い、青年も佳南汰の前にある焼きおにぎりに注目して。
マスターはにやにやした顔でカクテルを作り、透き通った緑色のそれが青年の前に置かれるのを待って佳南汰がちらりと隣を見上げる。
「・・・常連?」
「ああ。そっちも、常連みたいだな。初めて見るけど」
「オレもだよ。って言っても通ってるのは割と最近だけど」
「そっか。俺は数年前からかな。そうだ改めて、俺は桂伍(けいご)って言うんだ。ヨロシク」
「ヨロシク、桂伍。オレは名乗らなくてもいいかな?」
妙な偶然にふふ、と微笑めば青年、桂伍が驚いた顔をしてから笑顔になる。前にも見た変化だ。綺麗だけど結構厳つい顔立ちが笑顔になるとふわりと崩れてなかなか良い。
「ぷ、また同じ反応してる。そんなに似てるんだ」
「似てるも何も瓜二つだっての。いやびっくりするわ。そこの席に座ってるのもびっくりするけど、聞いてもいいか?」
「いいよ。オレもちょっと興味が湧いてきたから聞いても?」
「おう。じゃあ移動するか」
「あれ?オレ、ナンパされるのかな?」
「前にも言われたな、その台詞」
「うん、言った。でも、もう終電あるし悪いけど今日はここまでかな。あ、折角だからアドレス交換する?」
「もちろん」
携帯電話を出せば桂伍がにぱっと笑む。
嬉しそうな表情に不思議と佳南汰も微笑んだ。


初夏から夏になる頃。これが、二度目。


平穏な毎日だけれど偶には面白いこともあるものだ。
駅近くのコーヒーショップで時間を潰していた佳南汰は一人小さく笑う。

電話番号とメールアドレスを交換して一週間、特に連絡はないものの何となくまた会う気がする。それを嫌ではなくて面白いと思うのだから不思議だ。
あの店で声をかけるのは可愛らしい子が多くて桂伍みたいなタイプに声をかけたことはない。だからマスターも驚いていたし、佳南汰自身も驚いている。波乱は求めないけれど、ちょっとした偶然からはじまるのも楽しいな、と珈琲を啜る。
夏になった今、窓際のカウンター席から見る街並みは暑そうでしんどそうだ。
裏通りだから人は多くなくて、それが余計に暑さを感じさせる。外に出たら蝉の声にうんざりするんだろうなあと思いつつもバイトまでの暇つぶしだからもう少しこの席でぼけっとする予定だ。
この席からは駅と横断歩道が良く見えて人の流れはまばらながらも割と楽しい。

外で勉強するタイプではないしゲームを持ち歩くこともない佳南汰は割と良くこうしてぼけっとすることが多い。
味を求めるなら少し歩いた喫茶店の方がいいけど、あっちは人通りがなくてつまらない。だから駅前のコーヒーショップが気に入っている。
足をぶらぶらさせつつ人の流れをぼけっと見ること数十分。老若男女をぼうっと見ていたら見知った顔が歩いていたので頬が緩む。桂伍だ。
横断歩道を歩いている。佳南汰には気づいていない様子で携帯電話で誰かと話してる。近くて見てもなかなかに格好良い男だと思ったけど、遠目で見ても格好良い。背も高く体格も良いから横断歩道を普通に歩いていても結構目立って道行く女子高生の熱い視線を独り占めだ。と思ってくすくす笑っていれば桂伍の視線ががっちりと佳南汰を捕まえて、気づかれた。
真っ直ぐに見られて、どうしてか佳南汰が焦れば桂伍が携帯電話を仕舞って軽く手を振られたから釣られて振り返してしまう。これじゃ待ち合わせの人みたいだし、真っ直ぐに桂伍が向かってくるから本当の待ち合わせの人になってしまった。
程なくして律儀にアイスコーヒーを片手に桂伍が佳南汰の隣に座る。外はだいぶ暑かったのか桂伍からじわりと熱を感じて、空気の流れがミント系の匂いを運んでくる。
「久しぶり、でもないけど何してるんだ?」
「バイトまでの暇つぶしと昼ご飯中。そっちこそ何してるの?」
「講義に穴空いたからコーヒーでも飲もうかなって思って、でも表の方、人が溢れて入れなかったからこっちに。バイトって?ってか学生なのか?」
「オレはこっちの専門学校。バイトは居酒屋。来たら安いの奢ってあげるよ。そう言えば桂伍の年齢とか何も聞かなかったな」
「俺も聞かなかったし、おあいこで良いんじゃねえか?」
「何でそうなるんだよ。変なの。で、表って事は大学?」
「そうそう。意外と近かったんだな。あ、あと雑貨屋でバイトもしてるぜ。表だけど。来たら豪華なラッピングしてやる」
「ぷ、ありがとって言っておく」
年はそう変わらないだろうとは思っていたが頭の出来具合はだいぶ違うらしい。表の大学と言えば国内でもだいぶ頭の良い所で、佳南汰の通う専門学校はほぼ誰でも入学できる所だ。
三度目の出会いで知った情報は当たり障りのない、けれど踏み入ったものでそれもまた不思議である。窓際に座ったまま話は続いて迷惑にならない程度に笑って楽しんでいたらふいに桂伍に見つめられる。首を傾げれば今まで普通に喋っていた声を低く小さくして。
「佳南汰が良かったら飲みに行かないか?空いてる時で良いって言うかいつだったら空いてる?」
「オレ、今度こそナンパされちゃう訳?」
あ、今度こそ本当にナンパされてる。真っ直ぐに見つめてくる桂伍に照れもせずにのんびり考えて、傾げた首を戻してふふ、と笑う。
「そのつもり」
「うーん、嫌じゃないし、イイかな」
「よっしゃ」
にやっと笑う桂伍が不思議と格好良く見えて、いや確かに良い男だけれどもどこか現実感がなくて笑ってしまう。それでも桂伍は真っ直ぐに見つめてくるからこれは負けたかなと思って頷けば桂伍が破顔する。嬉しそうだなあと微笑ましく見ていれば携帯電話にメールが来ていたのに気づいてついちらりと見て、ちらりと桂伍を見る。
「バイト先の店長、ビールの箱持ち上げてギックリ腰で店休むって来た。オレ、今夜から一週間暇になったよ」
佳南汰のアルバイト先である居酒屋は小さい店だ。店主が倒れれば当然休みになるし、そもそも割と気まぐれで休みになる。休みにする時はちゃんとメールなり電話なりをくれるから良いものの一週間は収入的にちょっと痛い。
後で電話でもして詳しく話をするとして、問題はたった今ナンパされた途端に一週間の暇ができてしまったと言うことだ。佳南汰のヘコんだ声に桂伍も携帯電話を覗き込んであちゃーなんて言いながらも嬉しそうなのは気のせいではないだろう。
「うへ、ご愁傷様。でも運は俺に向いてきたっぽいなこれ」
「そうだよなあ・・・向いてるよね。で、今夜?」
これはもうナンパに引っかかれと言うことだろう。
溜息を落としつつ桂伍を見れば嬉しそうに頷いている。そうか、早速なのか。
「講義終わったら速攻・・・いや、すげえ悪いんだけど店で待ち合わせでいいか?」
「予定入ってるじゃない」
「いいや、夜は大丈夫。絶対に行くから」
「気合い、入りすぎ」
予定があるのならば別に違う日でも、と言おうとしても言えない空気だ。どれだけ気合いを入れているんだと呆れるものの一生懸命な桂伍に悪い気はない。
「九時までには絶対に着くから。だからソファ席で待ってて」
「へ・・・?さらっと何言ってんの、本気?」
ソファ席はいちゃつく人用。店内でナンパに成功した人か、もしくは相手がいる人だけが使う席だ。
ナンパされて引っかかったけどいきなりソファ席なのかと桂伍を見ればぶつかるのは真剣で、でも熱の籠もった視線でうっかり焼かれそうだ。
「・・・気合い、入り過ぎだってば。でも一人でソファは流石に辛いよ」
「大丈夫、マスターに俺と待ち合わせって言ってくれれば。あ、でも確かに一人じゃ退屈だろうから席予約しといて佳南汰はカウンターで待っててくれれば」
真剣に口説かれてしまいそうな夜があっさりと想像できてしまった。
どれだけ佳南汰を口説きたいんだろうかと思うものの、押されて了承したのだからもう戻る道はなさそうだ。
「分かった分かった。もう、カウンターで待ってるから頑張って」
「やった、サンキュ佳南汰。じゃ、夜に」
きらり、と桂伍の笑みが輝いて佳南汰は肩を落としつつも悪くはないなとやっぱり笑う。

さてさて今夜、どうなることやらだ。

アンブロイドの開店時間は普通の飲み屋と一緒だ。但し雑居ビルの地下にある入り口に店名はなくて良く探せば暗がりに小さなネームプレートが申し訳なさそうに貼ってあるだけ。あからさまに怪しい。
それでも店内の雰囲気は良くて客も質の悪い奴らはいない。いたとしてもごついオネエさんにつまみ出されてしまうからだ。

ナンパされたからにはと、バイトがなくなった暇もあって今宵は少々着飾ってみた佳南汰が店に入ればそれなりの人数で賑わっていた。
店の扉を開ければそれとなく視線が集中するが気にせずカウンターに向かう。カウンター席の客には声をかけないのが暗黙の了解だから残念そうな溜息がちらほら聞こえてくる。これもいつものことだ。
「で、口説かれちゃう訳ね見せつけられちゃう訳ね。イヤよねえ目の毒よねえ」
おまけにマスターまで佳南汰を見て嫌そうな顔になっている。どうやら既に桂伍から連絡が行っているのだろうと思われる。ちらりとソファ席を見てみれば暗がりなのに予約席のプレートが神々しく見えて何だかなあな気持ちだ。
「やっぱり予約してあるんだ。気合い入ってるなー」
「アナタの格好だって気合い入ってるでしょ。もう口説かれるつもり満々じゃないの」
「そんなに気合いは入れてないけど押され気味だからちょっと挽回したいんだよ。オレだってやるときはやるんだから」
「ちょっと変なやる気出さないでよ。アナタだって大概なんだから。さっさと向こう行って食べられちゃえばいいのよ」
「だからオレが食べられるかどうかは分からないだろ?そもそもオレ、挿れる方が好きだし」
「・・・人は見かけによらないわよねえ」
綺麗な顔と細身な身体。身長も平均身長よりやや低めでどちらかと言えばおっとりした性格なのに佳南汰から声をかける子は大抵細身の可愛らしい小さな子でそれは女性でも一緒だ。
常連でもある佳南汰の好みは割と知れ渡っているから桂伍が相手だと言うのにマスターも驚くものの、どうやら最初から佳南汰が食べられる方だと思っているらしい。失礼だとは思うが言われてからはじめて気づく。桂伍に口説かれるつもりで来たけどあの男らしくて大きな奴に挿れたいとは全く思わない。だからと言って挿れられるのも想像できないしそれはちょっと嫌だ。
「うーん、どうしようかな」
ここまで来ておいてどうするかなんて、呟いた言葉にマスターが呆れて違う客の所に行ってしまうがもう佳南汰には見えていない。

思えばナンパされることはあっても可愛い子じゃなければ丁寧にお断りしていたし、桂伍みたいなタイプに口説かれる事はあったけど丁寧にお断りをしていた。受けるのはこれがはじめてだ。しかしながらタイプじゃない。いやでもコーヒーショップで見かけた時には良いなあ、なんて微かに見惚れていたのを思い出す。あれは佳南汰のタイプ、可愛い子の方じゃなくて本当のタイプにうっすら似ていたかもしれなくて。
「だから、なのかなあ」
口説かれるつもりになったのは。
小さく呟けば店の扉が開いて真夏の空気と一緒に桂伍が来た。

口説くつもりだから、なのかこっちも気合いの入った格好だ。正装ではないけどシャツにジーンズだけどなぜか気合いが感じられる。一見普段着に見えても実は違うのだろう。そしてこの前は気づかなかったけれど桂伍の登場に店の空気が変わる。全員が見ているのだ、桂伍を。
確かに良い男だけど全員の視線を集める程なのだろうかと不思議に思えば佳南汰に気づいて真っ直ぐ向かってくる。同時に店のあちこちからまた溜息が佳南汰の時より聞こえてきた。
「良かった、待っててくれた・・・綺麗だ」
「いきなり口説かれたよ。そっちも格好イイよ。移る?」
「ああ。マスター、サンキュ」
暑さを引きずっているのかうっすら額に汗の見える桂伍がさり気なくエスコートしてくれるから思わずのってしまう。
予約席にしてくれたマスターに軽く礼を言いながらいくつかの飲み物を注文する桂伍をちらりと見て思う。やっぱり佳南汰を食べるつもりだと。それは間違いないだろうけれど、さてどうしたものか。

暗がりにあるソファ席は当然ながら向かい合わせで座る席じゃなくてラブソファと言うやつで。座った途端にぴたりと身体を密着されてしまっても嫌じゃないのだから困る。さりげなく桂伍の手は佳南汰の腰にまわってもういちゃつく体制で恐れ入る。佳南汰だってこんなに自然にいちゃつけない。しかもマスターが運んできた酒は割と度数の強い、けれど口当たりの良いものでまだ何も喋っていないのに桂伍の本気が透けて見る。
「佳南汰は酒強いのか?」
「あんま強くないけど、酔ったら吐くからね」
「酔い潰して頂くのは俺の美学に反するから程ほどにする」
「そうしてくれると嬉しいよ」
綺麗な色のグラスで乾杯して、一口飲めば酒の強さに喉が焼ける。美味しいけど美味しくない。表情の変化に気づいた桂伍にグラスを取り上げられてノンアルコールのカクテルを注文してくれる。佳南汰のグラスはそのまま桂伍が飲む様だ。
「それで、オレは口説かれちゃうのかな?」
「程よくイイ気持ちになってから口説き落とすつもり。だけど」
「そっくりさんを口説くんだよね。まずはその辺りを聞きたいな」
「やっぱそうだよな」
そうなのだ。そもそも佳南汰と桂伍の出会いはそっくりさんが存在があってこそ、なのだ。
一文字違いの佳南汰にそっくりな人。間違えて手首を捕まえられて、そんな相手を口説こうと言うのだから気になるのが当たり前だ。
「言い訳みたいに聞こえるかもだけど、俺、口説きたいのは佳南汰だけだから。可菜斗は似てるけど違う。そりゃちょっとは片思いしてたけど佳南汰は全然違う。こうやって触りたいって思うのも、できればこのままキスしたいって思うのも佳南汰だけだから」
さらりと告げる内容に佳南汰の眉間に皺が寄る。そっくりさんがいるのは知っているが片思いなのか。なのに佳南汰を口説くのか。言い訳にしか聞こえない。なんて言ったら泣くだろうか。いや言い訳にしか聞こえないけど。
じいっと桂伍を見ていれば手を握られた。素早い。
「旨く言えないんだけどホント違うんだって。似てるけど似てないし、そもそも俺が予約までして口説くってはじめてだし」
「いやそこは旨く取り繕おうよ。で、そんなに似てるのに口説くのはオレだけなんだ。片思いしてるのに。不思議だなあ」
「いやだから違うんだって、違うんだって・・・そりゃ似てるしそっくりだけどさあ、違うんだって」
口説く、よりも泣き落としに近くなってきた。人違いからの、しかも違う相手に片思いからのナンパなんてこのまま進めば嫌な展開だけが待っていそうな・・・と思うのにどうしてだか違う可能性も感じる。
何でだろう、好みじゃないのに。いや、握られている手にうっすらと透けて見える何かが佳南汰を誘うのだろうか。それは薄す過ぎて目をこらしても見えないくらいだけど。
「正直に言うと桂伍は好みじゃないし、そっくりさんなオレを口説くって後々嫌なことになりそうだしって思うんだけど。似てるかもしれないんだよな」
「え?」
「オレの、好きな人に似てるかもしれない。後は察して」
ぽかん、と桂伍の顔が間抜けになった。それから、酒をぐいっと煽ってグラスを空けてしまう。握られた手はそのままだから器用だと褒めておこうか。
「・・・今ようやく、酷いこと言った後悔に襲われた」
なのに桂伍の口から出た言葉に佳南汰の足が出る。強めに桂伍の足を蹴ればだって、と情けない顔を向けられる。
「言っておくけど桂伍より似てないからね。顔も中味も。全然似てないから。そんな泣きそうな顔される筋合いはないし、そっちの方が酷いと思う」
「そうかもだけど、でも顔も中味もって似てねえじゃんか」
「・・・手が、似てるんだよ。こう、こう、こうして、この角度が」
握られたままの桂伍の手を弄ってぼんやりとした記憶から引っ張り出すのは懐かしくも切ない記憶の欠片だ。
薄暗い照明に丁度良くなった桂伍の手を眺めて満足すれば思いきり飽きられた。
「何そのピンポイント」
「いいよね、この細いのに触ると太いって」
「・・・フェチ?」
にぎにぎと桂伍の手を握り返していれば握られるものの呆れはそのままだ。失礼な。それに、そもそも失礼なのは桂伍が先じゃないかと思う。
「フェチじゃない。それに、ここまで来てるオレが言うのも何だけど、後で辛くなるんじゃないの。片思いなんでしょ、似てる人に。オレだって似た感じかもしれないし破綻が目に見えてるかもだよ?」
「だから違うんだって。佳南汰は別なんだって。そんな握られてたら勃っちまうだろ。キスしてイイ?」
「店の中だからダメ」
「じゃあ出たら良いんだな。近くにホテルあるし、じっくりと」
「いやいやいや、違うだろって」
「だって佳南汰を食いたいし。佳南汰だけだ。だからキスさせて」
口説かれてる。どさくさに紛れて押し通そうとしてる。
そっくりさんに片思いしてるのにどうしてこう真っ直ぐ佳南汰を口説けるんだ。あんまりにも真っ直ぐで驚いてしまう。
「・・・分かったよ、もう。オレの負けです。後で辛くなっても知らないからな」
結局は疑問を持ってものこのことソファ席に来た佳南汰の負けなのだろう。溜息を落としつつ降参すれば桂伍がぱあっと笑顔になる。
「大丈夫、辛くなんかならない。もし佳南汰が辛くなったら言ってくれればメロメロにして流すから」
なのに満面の笑みで囁く言葉が酷すぎる。睨んでも全く効き目はない。
「何だろう。お先真っ暗なシチュエーションだと思うのに桂伍だと違う方向に行く所まで行きそうな気がするのが怖いよ。まだ出会ってすぐなのに」
佳南汰にそっくりな人に片思いをしている。はずなのに何か違う気もする。何とも言えないけれど桂伍の真っ直ぐさに折れたのか。

こうなったら行く所まで行って、近いうちにまたお別れだろう。佳南汰の付き合う相手はいつもそうだ。どうせ本当の好みの人は手に入らないのだからいつだって流されるままで、そう思えばこんなはじまりも良いのかもしれない。

なんて冷めた気持ちでいられたのもホテルに入るまでだった。

「マジで?佳南汰、タチなの?」
「そう言えばまだ言ってなかった?言っておくけど挿れられたことはないし、つもりもないし。でも桂伍を押し倒すのも違う気がするんだよなあ」
「だったら挿れさせてくれよ。いや、今じゃなくても後々、気持ちよーくトロトロにするし!」
「そう気合い十分に言われても困るから却下」
バーのある辺りは小さな歓楽街になっていてもちろんホテルもある。ほとんどが普通のカップル用だけど桂伍に連れられて入ったホテルは暗黙の了解で男性専用になっている所だ。佳南汰も何度かお世話になったそこはお世辞にも良い部屋とは言えない狭い空間しかないものの、風呂が大きめでベッドも大きい。フロントも顔を見せない造りだから安心して利用できる立派なホテルだ。
既に時間は日付を跨ぐ頃で壁が薄いのかうっすらと独特の声も漏れ聞こえる。
服を脱ぐ前にようやく思い出した趣向の差に改めて桂伍とは合わないんじゃないかなと思っても、もう遅い。すっかりヤるきな桂伍にやっぱり押されっぱなしでベッドに誘導された途端に服に手を掛けられた。慌てて主張しても全く効き目はなくて、むしろキラキラと桂伍が輝いているのは気のせいだと思いたい。
「じゃあ、まずはキスから。あ、その前に風呂入るか?」
「風呂って・・・ヤる気満々じゃないか」
「当たり前だろ!ここは俺のテクニックでメロメロにして、それから嫌って程口説くんだ!」
「まだ口説くんだ・・・分かったって。ここまで来たんだから逃げないよ。でも挿れるのはナシで。後、汗臭くなるから風呂は入りたいし脱ぎたい」
このままキスなんてされたら確実に襲われそうでぐちゃぐちゃになる。桂伍は知らないけれど佳南汰は家まで一駅あるのだ。ぐちゃぐちゃでは帰れない。
「それもそうか。じゃあ一緒に入ろうぜ。良いんだろ?」
なのに桂伍はまたうきうきと服を脱ぎはじめてしまう。ああやっぱり後戻りは無理だなあといっそ感心しつつ直ぐに全裸になって隠しもしない桂伍に呆れた。何が呆れるってもう臨戦態勢だからで。しかも見かけより逞しくて、これはますます貞操の危機で。
「見惚れてくれてるの?」
「いや、呆れてる」
正直に言っても桂伍にダメージはない様だ。軽く笑ったと思ったら脱ぎかけだった佳南汰の服に手をかけられる。そのまま抵抗する気も起きずに全部脱がされて、手を引かれてシャワーブースに連れ込まれた。まだ湯の張っていないバスタブに入って桂伍がシャワーを操作しつつバスタブにも湯を張る。あっと言う間にずぶ濡れだ。
「いきなりシャワー出すことはないと思うんだけど!」
「だって早くシたいし。ここまで来たんだからつべこべ言うな」
手首を捕まえられたまま引き寄せられて、口付けされた。もう言い訳は聞かないと言うことか。口説くのならばもうちょっとムードをと思いつつも早速深くなる口付けにむむむと佳南汰の眉間に皺が寄る。上手い。絡みつく舌が、絶妙の触れ具合がムカツクけど、上手い。そしてマズい。このまま主導権を握られたらなし崩しにヤられてしまうではないか。佳南汰にだって意地はある。男としてのそりゃもうガッチガチの意地がある。
「ふ、ん・・・・も、苦しいって」
「がっつくから、だよっ」
気持ち良さとか口説くとか、全てを吹っ飛ばして意地になって口付けの上手さで応戦していたら先に値を上げたのは桂伍だった。よし、勝った。
苦しそうに頭からシャワーを被る桂伍に下から佳南汰が挑戦的に笑えばぐいと腰を惹き寄せられて、溜まってきた湯船にしゃがむ様に促される。もう良いだろうと佳南汰がシャワーを止めればそんな暇すら許さないとばかりに桂伍の唇が首筋に食らいついて跡を残される。しかも手は既に性器に触れているからどうしたって身体が反応する。
「ちょ、まだ、んんっ、も、はやいよっ」
「だって欲しいし。佳南汰、俺のも」
中途半端に溜まった湯に響く声。弄られる性器は口付けの所為もあって反応が早くて、それ以前に桂伍のは最初から勃っている。佳南汰が触れなくとも達しそうなそれは体格の差もあってか悔しいけれど大きい。だからなのか、佳南汰の手よりも桂伍の方が大きくて、やっぱりこっちも上手い。しかも佳南汰が大きい、なんて思っている間に口付けされるし胸元にも悪戯される。これはマズい。慌てて応戦するも、もう主導権は完全に桂伍になってしまった。
「手、動いてないぜ。ほら」
「やっ、ひ、ひど・・・ふ、ぁ、あ・・・も、」
「酷くなんてない。それに、俺の手が、好きなんだろっ」
しかも根に持ってる。絶対に根に持ってる!確かに似てるとは言ったけどそっくりさんな桂伍よりはマシじゃないか。涙目で睨んでも嫌な笑みで返されて胸元を囓られた。痛い。
「その、好きじゃ・・・ひぅ、ちょ、後ろはダメだってっ」
「じゃ、前でイく?俺も、イきたい」
にやりと笑む桂伍はじっと乱れる佳南汰を凝視していて、その視線が怖い。熱すぎて陥落しそうだ。けど、今落ちたら確実に最後まで、挿れられてしまう。それは嫌だ。だって痛いじゃないか!
力の入らない手で何とか桂伍の性器を弄って、けれどその倍以上のいやらしさで弄られてホテルに入ったばかりだと言うのにくたくただ。程なくして佳南汰が先に達して、桂伍も自分で佳南汰の手ごと動かして達した。何だろうこの敗北感は。あれか、経験値の差と言うやつなのか。腹が立つ。
「そんな肩で息しながら睨まれても勃つだけだっての。一回ヌいて落ち着いたから今度は口説きタイムな。身体洗おうか?」
しかも基礎体力にまで差がある様だ。達した後で多少息を乱したもののあっさりと復活した桂伍に勝てる気がしない。ぐったりと肌を染めて睨んではいるものの普段は桂伍の立場だから分かっているのだ。こんな態度が相手を誘うだけだと言うのは。
「自分で洗う、から、いいよ。もう、ムカツク!」
悔し紛れに湯を桂伍にかけてもビクともしないし楽しそうに笑われた。
「部屋に行くまでは手出ししないって。俺も身体洗いたいし、さっさと上がろうぜ」
男と言う生き物は単純だ。どうやら一度達した桂伍は落ち着いたらしく言葉通り後は手出ししないでちゃんと髪と身体を洗ってくれた。のだが、佳南汰は違う。散々弄られて身体を洗いながらもさらっとあちこち触れられて部屋に戻る頃にはまた怪しい感じになってしまった。
おかしい、佳南汰だってそれなりの経験はあるのに全く勝てない。備え付けの安っぽいバスローブにくるまってベッドに落ちる頃にはもう完全に桂伍が勝っていた。反対に疲れ果てて俯せでベッドに転がる佳南汰の側に桂伍がにんまりと笑んで触れる距離に座った。
「感度良くて嬉しいな。気持ち良かっただろ?で、もっと気持ち良くなろうぜ」
濡れた佳南汰の髪に触れて耳先を軽く食んで囁けば反応したくないのに身体がびくりとして大変腹が立つ。起き上がるのも億劫だから桂伍から少し離れる様に仰向けになって睨み上げても、まあ威力はない。それは分かってるけど、どうしても睨まないとやってられないのだ。
「口説きタイムはどうしたの。このオレが主導権握られっぱなしなんて・・・やっぱムカツク」
「相性が良いんだと思うぜ。それと、折角だから触りながら口説かせてもらう。大丈夫、最後まではしないし前弄るだけで満足するから」
「何回するつもりなのさ。って言ってる側から脱がすな!気が早い!」
「いやだって、佳南汰が美味しそうだからつい。ほら、色が白いからキスマークも綺麗だし美味しいよ」
気を抜いたつもりはないのにもうバスローブの胸元を開かれて跡まで残されてしまった。ぺろりと佳南汰の肌を舐める桂伍が嬉しそうでもう呆れるしかない。それでも口説くのだと佳南汰に覆い被さった桂伍は真面目な顔になって軽く口付けてきて、笑みを浮かべる。

そうして、一晩たっぷり時間をかけて身体ごと口説かれまくりました。

途中で逃げ出したい程に口説かれて、これはもう諦めて最後まで気持ち良くしてもらった方が早いのかもしれないと、深夜になる頃には降参して佳南汰から口付けを強請って仕掛ける程にいろいろとされまくりました。
しかも主導権は最後まで佳南汰に振り向いてくれなくて、散々鳴いて喘いだけどそれでも口説かれるよりマシだと思ってしまった時点で完全敗北の夜だった。
「・・・眠い」
運の悪い事に翌日は休日ではないから学校があって、ちょっとサボろうかなと思ったけれどグループ実習があるからそれもできなかったと言う運の悪さも追加だ。
佳南汰の通う専門学校はいろいろな学科が山の様にある所でちょっと胡散臭いけど、まあそれなりに熱心に教えてくれていると思う。救いなのはバイトが休みだと言うことと、授業がさほど厳しくないと言うことだろうか。

はふ、と眠い目をこすりつつ結局授業のほとんどを寝て過ごして気づけば終わっていて何も学ばないまま一日が終わってしまった。早く帰ってさっさと寝よう。そう思いつつ校舎を出れば携帯電話にメールが来た。歩きながら見れば送り主は散々な目に遭わせてくれた桂伍で。
『身体、大丈夫?ゴメンちょっとはりきりすぎたかも。お詫びにご飯奢る。奢らせて下さい』
多少は悪かったと思っているのだろうか。いやでも、ほいほいと食事に釣られて行ってまた口説かれては死んでしまう。
『口説かないなら奢られる。手出しもダメ、眠い』
ぽちぽちと操作してメール送信。でも奢られるのは嬉しいのだからしょうがない。
『だからゴメンって。口説きません手出ししません。でも、付き合ってくれるなら嬉しい』
すぐに帰ってきた返事に首を傾げてまた操作する。外の温度は熱くて疲れた身体に追い打ちを掛けるかの様だ。
『口説かない手出ししないのはイイけど、付き合ってって最初に言う言葉じゃないの?』
駅までの道のりは割と遠くて通りすがりの駄菓子屋に小さな子供が溢れているのが見える。かき氷が美味しそうで買っていこうかなとつい立ち止まってしまう。その間にまた返信が来た。
『口説くのに一生懸命で忘れてた。身体、治ったらまた手出ししたいし、付き合ってほしいって思ってる。返事は食事の時にくれるとすげー嬉しい。あとやっぱりキスしたい』
携帯を投げてやろうかと一瞬思ったけど、持ち直してまずはかき氷だ。暑くてやってられない!
軒先に溢れるチビっ子達に紛れて佳南汰もかき氷を注文すれば人なつっこいチビっ子が足下でにぱっと可愛く笑う。
今の佳南汰にはちょっとばかり心に突き刺さる純粋なチビっ子の笑みに曖昧な苦笑で返しつつ、丁度良い高さにある小さな頭を撫でながらぽちぽちと携帯電話を弄って。
『どうして肝心なことを忘れるんだよ。あれだけシたから付き合うも何もないと思うけど、返事はするよ。あとキスは一回まで』
完全敗北だったのに結局はそう言うことなのだ。全く好みじゃないし泣くほど口説かれるし主導権は佳南汰にはないけれど、まあ、良いだろうと思うのだから恐ろしい。
佳南汰のそっくりさんからはじまったのに、どうしてだか辛くなる気持ちが全くないのだから、しょうがないだろう。
「はいよレモン味。お前ら通りすがりの人に懐くな」
「ありがと。じゃあね」
渡されたかき氷を受け取って代金を払って、チビっ子に手を振ってからまた歩き出す。甘いけど何となく酸っぱいレモン味が身体に浸みる。そのまま食べながら駅に向かって、途中でまたポケットに突っ込んだ携帯電話がぶるりと震えた。
『良い返事しか聞かないから。キスもするから。今夜8時、表の・・・』
「あれだけシとして断ったらどうするつもりなんだろうねって絶対聞かないよな、アイツ。ま、イイけどさあ」
食べ終わったかき氷をゴミ箱に放り投げて、携帯電話の画面を見ながら浮かべるのは呆れた、でも他人から見れば嬉しそうな笑み、だった。


そんな訳で、彼氏ができました。
向こうから熱烈に口説かれて降参してのお付き合いだなんてはじめての経験であり、完全敗北でのスタートでもあって。
そもそも桂伍は佳南汰そっくりの人に片思いしてたんじゃないか、なんて少々不安に思っていた佳南汰の気持ちなんて片手の指の回数をヤった後には綺麗さっぱり忘れるくらいのしつこさで、散々鳴かされて口説かれて遊んで、割と直ぐにそんな切ない気持ちは消えてしまった。

「また後ろっ・・・も、ダメだってば」
「気持ちイイだろ。身体はイヤだって言ってないだろ?」
「心が、言って・・・んっ、や、あ、あ・・・っ」
「ゆっくり慣らせば俺のも挿いるから、喘いでる佳南汰、すっごい綺麗」
「んん、ん・・・ふ、このっ・・・やぅ」
体格差と経験差、プラスして情熱の差に負けた佳南汰は数回目のホテルでうっかり後ろまで食べられてしまった。こうなるのも時間の問題かもしれないと思っていたけどやっぱり悔しいし、でも気持ち良さも感じてしまってつくづく桂伍には適わない。
熱帯夜でもホテルは寒い程に冷えているから行為にはお誂えで、なのに汗だくになるのは仕方のないこと。俯せで腰を高くされた佳南汰に桂伍が覆い被さって好き勝手に後ろを弄っては鳴かされる。
既に両手の数くらいはこんなことをしているから佳南汰の身体は勝手に桂伍の指を受け入れて開発も順調だ。わざと灯りを落として暗がりに揺れるのは佳南汰の汗ばんだ身体で、既に指を挿れられて気持ち良くなっている。ゆらゆらと揺れながらそろそろ後ろだけでなんて恐ろしいことを桂伍が呟くから慌てて逃げようとするものの逃げられない。ぜえぜえと肩で息をしながら結局は桂伍の言う通り前を弄らずに達してしまってぐったりだ。
「だいぶ慣れたな。気持ち良かっただろ。もうちょい慣らせば挿いると思うんだけど」
「・・・も、イイよ挿れて。オレの負けで、いいよ」
「やった。好きだよ、佳南汰、大好き」
「はいはい。オレも、好きだよ」
仰向けで荒い息を吐く佳南汰に桂伍が嬉しそうに笑んで口付ける。

この狭いホテルに通うのも両手の数に届くくらいになった。
外はまだまだ暑いものの何となく季節の変わり目を感じる頃だ。隙あらばホテルに通っている印象もあるけれど、それなりに日々を普通の恋人同士としても楽しんでいる真っ最中だ。
今日は佳南汰の学校に桂伍がこっそり侵入して一緒に学食を食べて、夕方に待ち合わせて食事してホテル。来週は佳南汰が桂伍の大学に侵入する予定である。
「うーん、我ながら楽しんでるなあ」
まさか毎日がこんなに楽しくなるとは思わなかった。男同士で一応世間様では異端になるのに、なのに桂伍と過ごす毎日はただただ楽しいばかりだ。行為の方はあれだけど。
「楽しい?そう言ってくれると嬉しいな。じゃあ楽しいついでに来週末空いてるか?」
呟いた独り言を桂伍に聞かれて裸の身体がすり寄ってくる。まだ行為は途中と言うか、まだまだ桂伍に鳴かされる前提での小休止中だ。
「空いてるよ。あ、でも夜もならバイトあるけど」
「いや、出かけるのは昼間。俺もバイトあるし。そろそろ夏も終わるから水族館とか、どう?」
「いいねー。オレ、ペンギン見たい。桂伍は水族館、好きなの?」
「どっちかって言うと好きかな。何となく夏って言ったら水族館のイメージがあって」
「言われてみればそんな気がするかも」
汗ばむ身体をくっつけて笑って、そのまま佳南汰から口付けすれば行為の再会だ。

桂伍も一人暮らしで時間制限はない。ただお互い学生だからあんまりホテルにばかり通うと金欠になるから部屋でもヤっている。壁が薄いからあんまりできなくて桂伍は嫌そうだけれど。

次第に荒くなる息とやっぱり弄られる後ろにむずむずしてきて、どうしたって佳南汰の方が先に降参する。桂伍は意地悪ではないけれどそれなりに焦らしてもくるから佳南汰には縁のなかった鳴いて強請る、なんて桂伍にしか使えなさそうなことも覚えて夜は更けていく。

遊ぶだけ遊んで、食事をして部屋に行き来して抱き合って。
ただただ楽しいばかりの毎日は不穏な気配なんて全くないのがいっそ不思議で。

季節はあっと言う間に秋になって冬も近くなって。

「ただいまー。桂伍、醤油って、これ?」
「おかえり佳南汰。サンキュ」
自然に桂伍の部屋に『ただいま』と入る様になるまで進んでいた。
部屋はお互い駅が違うから気が向いた方に行き来していて、今日は桂伍の部屋にお泊まりだ。




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