神様の貯金箱「雪チョコフォンデュ」の半分くらいです。あんま長くないです。この半分に18禁はありません。



世界は魔力で満ちている。
例えばロクトが持っている毛皮のコートにも、暖炉の前で暖めている毛皮のブーツにもククルが両手で運んでいる毛糸のチュニックにも。
物だけじゃなくて人も動物の全てが魔力で満ちている。ロクトにはたくさん、ククルにも割といっぱい。暖炉でぐつぐつ似ているお鍋の中身もけっこう魔力がある。
「しっかし寒くなったよな。雪まで降ってやがるし。ククル、ちゃんと手袋していくんだぞ。あと帽子とマフラーも。コートもだぞ」
「今日もまんまる・・・」
朝の着替えをしつつ着込みすぎてだんだん腕が上がらなくなってくるククルが眉間に皺を寄せてロクトを見上げるがおかまいなしに次々と防寒具を着せていく。
ククルは十三歳になったばかりの少年で、ふわふわで黒色の癖っ毛を背中まで伸ばした極々普通の人間だ。
ちょっと他人と違うのは、普通は上限がある体内の魔力量に上限がないくらい。後は王立学院の最年少の学生なことと、神様の主であるくらいか。
神様はせっせとククルに洋服を着せているロクトで保護者でもある。
「寒いよか良いだろ。ほれ、もう出ないと遅れるぞ」
「うー・・・ん、まんまる・・・」
新年を迎えたゼイレイはすっかり雪の降る季節になって、毎日冷える。昨夜から降り始めた雪はうっすらと王都を白く染めて綺麗だけど、とても寒い。
寒さに耐性のないククルは毎日まんまるになるくらいにもこもこだ。学院の制服である漆黒のローブは防寒具ではなくてロクトにはすごく不評だけど、毛皮の上にちょこんと着せられる。
学院でも極僅かな突出した才能の持ち主にしか漆黒のローブは持てないのに扱いがぞんざいだ。
「どうせ王宮から配給されるんだから冬用にでもすりゃあいいんだ。そもそもローブってのは防寒具じゃないのか」
「どうなんだろうね。ローブ、いろんな色があって格好いいなあっては思うよ」
「格好良さなんてどーでもいいんだよ。まずは寒さを凌がないと凍えちまう」
ぶつぶつ文句を言うロクトと手を繋いで階段を下りて、外に出れば雪化粧の大通りはとても綺麗だけど、誰もククルみたいに毛皮でもこもこにはなっていない。
ロクトだってククルに毛皮を着せるくせに自分は毛糸の上着だけだ。ククルと同じで寒さに弱いくせに。

神様のロクトは数年前に神様の世界から弟のいるゼイレイに引っ越してきた。ククルが人だからと言う理由と趣味の家事全般を楽しみたくなったから、である。
見かけは二十代前半の青年で黒い髪を尻尾みたいに伸ばしている。格好良い青年だけどエプロンが標準装備で、ククルに魔力を溜めるのを何よりも好んでいる。
「うわあ、雪がいっぱい。綺麗だね」
「綺麗だけど寒みぃな。お、きたきた。ヨーロス、リリカ、おはようさん」
いつ見ても雪は不思議だ。空からひらひらと落ちてくる羽根みたいな雪にククルがぼけっと見とれているとヨーロスとリリカが一緒に来てくれる。
この季節は学校まで一緒に行くことになっている、と言うかロクトにお願いされているのだ。
二人とも学院の友人で、ヨーロスは漆黒のローブ、リリカは赤のローブでククルから見ればとても格好良い自慢の友人だ。きりっとして背が高いのがヨーロスで、綺麗なのがリリカ。二人で歩いているとかなり目立つ。どちらも十七歳の少年でククルよりお兄さんだ。
「おはよー、ロクトさん、ククル。まーたもこもこだねえ、そんなに寒くないと思うんだけど、ロクトさん」
「小さいから余計に毛皮が目立ってしまうな。転がったらそのまま転がりそうだぞ」
二人ともククルみたいに毛皮でもこもこになっていたりは、しない。薄い毛皮のコートを羽織ってはいるけどまあるくなんてない。それだけククルが着込みすぎなのだ。しかもこの二人に毎朝寄って貰う様にしているのはロクトの我が儘で。
「毎朝助かるぜ。これ、今日の弁当。暖めるのはククルに描いてもらえ。じゃあなククル、ちゃんと遊んでくるんだぞ。転ぶなよ。お前らも楽しんでこいよ。帰ったらオヤツあるからな」
昼食であるお弁当をヨーロスに、ククルがいつも持っている魔導書をリリカに運んで貰う為なのだ。
なぜそうなってしまったのかと言えば、昼食は寒い季節だからどうしても暖かくしたいロクトの我が儘で、魔方陣で暖める陶器に入った重たいものになっている。運んでもらうからには三人分で、量もかなり多いから当然ながらククル一人では運べない。
そして、ククルの持ち物でもある魔導書をなぜリリカが運ぶのかと言えば、石畳が凍る様になった頃から毎朝ククルが転んでいるからだ。
「ごめんね、二人とも。ありがと」
「別に良いよこれくらい、僕らも美味しいロクトさんのご飯毎日食べられて幸せだし」
「オヤツもついてますます幸せだしな」
大変申し訳ない理由なのに毎朝笑顔で運んでくれる二人には頭が上がらない。しかもリリカが手を差し出してくれるから毎朝手を繋いで転ばない様に登校である。凍った石畳はとんでもなく転びやすいのだ。
「ククル、忘れ物してるぜ。いってきますのキスは?」
それぞれ荷物とククルを抱えて出発しようと歩き始めればロクトが思い出してククルをひょいと持ち上げる。そう言えばまだいってきますの挨拶をしていない。
その辺りの、人の目とか羞恥心が全くないククルだから、リリカから手を離してロクトの頬にちゅ、とキスをする。
「いってきます、ロクト。オヤツ、楽しみにしてるね」
「おう。いってらっしゃい」
ぎゅっと抱きしめられてまたリリカに戻される。けど、リリカの笑顔がちょっと変だ。首を傾げれば帽子ごと撫でられて頭がぐらぐらする。
「ほんっと、もう、いいけどね。さ、行くよ」
王立学院はククルの家から一本道。大通りを真っ直ぐ進めば到着でそう遠くない。
灰色の空からはちらちらと雪が降っていて、登校中でもまた見とれてしまう。ふわふわして興味深いのだ。
「こーらククル、また空見てたね。転んじゃうってば」
「あ、ごめんね。でもね、雪ね、綺麗なの」
「そんなの分かってるって。綺麗だけど、今ククルが見るのは空じゃなくて、できれば道の方を見てほしいんだよね」
「うん。がんばる」
このやりとりも毎日のことで、朝から主にリリカが賑やかでヨーロスが重たい昼食の袋を肩に担ぎ直しつつくすりと笑う。



神様の貯金箱 雪チョコフォンデュ




王立学院での一日は早い。授業と実習と訓練であっと言う間に終わる感覚だ。まあ実際に終わる時間もオヤツ前だけど。
王宮に隣接された学院はククルより年上の子供達で溢れていて寒くてもみんな薄着で元気だ。そんな中、もこもこのククルは結構目立つ。元から目立っているけど、冬になればさらに目立つ。
「どうしてみんなは寒くないんだろうね。不思議・・・」
「俺から見ればどうしてそんなにまんまるなのかが不思議なんだけどな」
「だって寒いもの。指先とかね、ぎゅーってなって切なくなっちゃうんだよ」
「血色は良さそうなのに冷え性なのかねえ。ほら、寒いなら僕の魔力あげるから温石の魔方陣描きなよ。ついでに僕らのも」
「うん。ありがとね、リリカ」
学院の授業が終わって放課後。朝から降っている雪はまだ降っている。王都だと珍しく降り続いている、とのことだ。だからククルはいつもより寒くて魔方陣を描くペンを持つのも一苦労になる。手袋をしたまま何とか描き終えて木片を魔方陣の紙でくるんでリリカに渡す。
魔方陣は最後に魔力を込めないと魔法にならない。でもククルの魔力はロクトの許可がないと使わない様にしているから、リリカが小石大の魔方陣を両手で包んでほわりと魔力を込める。
「うん、あったかい。やっぱり温石あった方がいいよね。僕らだってククル程じゃないけど結構寒いし。ククル、ありがとね。はい、ヨーロスの分もあるよ」
「ありがとう、ククル、リリカ。程良い温度だ。流石、ククルの魔方陣だな」
「この温度が難しいんだよねー。はあ、あったかい」
「二人とも、寒いなら毛皮でもこもこになればいいのに、って思うよ」
「そこまで寒くはないの。さ、早く帰ってロクトさんのオヤツ食べよ」
雪が降ってなかったら放課後は買い食いをしながら帰る三人だけど、この雪で大通りの露店も減っているし何よりロクトが待っている。毎日オヤツがあるぞと伝えるのは三人を、特にククルを早く帰らせたいからだ。あまり身体が丈夫ではないから油断すると直ぐに風邪を引いてしまう。
「うん、オヤツ楽しみ。二人も、一緒に食べようね」
「ああ、楽しみだ」
「当然一緒でしょ。美味しいご飯とオヤツで幸せだよねえ」
「全くだ」
リリカとヨーロスはそれぞれゼイロスの中でも代々続く貴族の子だ。普段であれば放課後は訓練や勉強で割と忙しくしているのだがロクトの頼みとあっては何より優先される。それに、二人ともちょっとくらい放課後の時間を割いても全く支障がないくらいには優秀だから全く問題ない。毎日幸せのオヤツタイムの為にうきうきとククルの家に向かう。

今日のオヤツは何だろうとわくわくしながら大通りを歩いていたら大きな店からロクトが出てきた。流石に寒いと見えて毛皮のコートに毛糸の帽子姿で、肩に大きな荷物を抱えている。
「ロクトだ。大きな荷物、どうしたの?」
「お、丁度良かった。イイの見つけてさ、すげーだろ、チョコフォンデュ専用の器だぜ。帰ったらやるだろ。つか、今日のオヤツな」
荷物は包まれているから中身は見えないけど、チョコフォンデュの言葉に三人の目が輝く。
一度はやってみたい憧れのオヤツだ。
「すごい!大きい!」
思わずククルが拍手すればリリカも手を叩いて喜んで、けれどヨーロスだけはロクトの抱える荷物の大きさに首を傾げる。
「すまないが、その大きさだと部屋に入らないんじゃないのか?」
そう、ロクトの抱える荷物はかなり大きくて、見かけによらず力持ちだなあとククルはのんびり関心していたのだが問題はそこではない。どう見ても荷物の大きさが部屋に合わない。入るには入るだろうけど、これにチョコを入れたら部屋が大変なことになりそうで。
「しまった!そうか、そうだよな。デカイ方が楽しそうだと思っちまったけど、これじゃ部屋じゃ危険だよな」
ロクトも気づいたみたいで荷物を見上げつつ舌打ちする。盛大に喜んだククルとリリカはがっかりだけど、直ぐにロクトがにんまりと笑んだ。何か思いついたみたいだ。
「いや、待てよ、部屋が狭いならデカイ所でやりゃいいんだ。よし、材料ごと宮殿に送るわ。お前ら明後日休みだよな。明日の放課後から空けておけ。宮殿でめいいっぱい食うぞ。ついでにデカイ風呂で泳ごうぜ」
ふふふ、と笑うロクトに今度は三人で拍手だ。
王宮は王の住まう、この国の中心であり最も尊い場所だけど、ロクトとククルにとっては第二の我が家であり、リリカとヨーロスも家柄の関係でしょっちゅう出入りしている。最近はククルと一緒に遊びに行くことも多いからそろそろ二人専用の客室を用意されそうな勢いでもある。
「お休み、楽しみ。ロクト、イチゴがいいな。僕、イチゴ食べたいの」
「分かってるって、もちろん手配済みだ。まあホントは今日やろうと思って温室フルーツ買いだめしちまったけど、寒いから大丈夫だろ。あと、折角だから家に帰って小さいのもやろうぜ。鍋だけど」
「うん!」
器は普段使いの鍋でも味は一緒だ。今日のオヤツに三人ではしゃいで、手配のあるロクトを残して家に急ぐ。

明後日は週に一度の休息日で、国のほとんどが休みになる日だ。大人も子供も大抵が休みになるから楽しく遊べる日でもある。
「楽しみだなあ。専用の器ってのも楽しみだし、宮殿でお泊まりも楽しいよね」
「この分だと雪も積もりそうだし、いろいろ遊べそうだな」
「雪、朝より降ってるね。このまま降ってるとみんな真っ白になっちゃうよね」
「そうだねえ。珍しいけど、偶には良いかなあって思うよ。綺麗だもんね」
白い息を吐きながら三人で空を見上げる。朝からちらちらと降っていたまだ止まずしっかり積もりそうだ。



「雪、ねえ。見てる分にはいいけど寒いのはなあ」
「僕は好きだよ。真っ白なの。夜も綺麗で明るいの。でも寒いのは苦手なの」
「そりゃそうだろ。俺ら寒さに耐性ないし、風呂から上がりたくねえなあ」
「うん、このまま、寝ちゃいたいよねえ」
鍋でチョコフォンデュを楽しんだ後。夕食も四人で楽しく食べて、二人が帰った後のお風呂でロクトとククルが小さく溜息を落とす。
部屋の風呂は大人二人くらいが入っても大丈夫なものでククルとロクトなら余裕だ。いつもは別々に入るけど、冬の寒さが身体に辛くてこの季節だけは二人一緒。
はふ、と息を吐きつつ花の匂いがする入浴剤で遊んだりしながら身体の芯まで暖める様にしている。そうしないとククルは直ぐに風邪を引いてしまうし、ロクトも寒くて暖炉から離れられなくなるからだ。
「雪が積もるって言ってるの。雪合戦、ってリリカが楽しそうにしてたの」
「好きそうだよな。ククルはやりたいか?」
「寒いからちょっとイヤ。あとね、僕は遅いからすぐに雪だるまになっちゃうの」
「あの二人が相手じゃなあ。でも雪合戦じゃなくても、ちゃんとした雪だるまだったらいいんじゃないか?寒いのは一緒だけど」
「だよねえ。綺麗なのに、なんであんなに冷たいんだろうね。手が凍っちゃうよね」
「確かに凍るよな。っと、ククル、ちょっと待ってろ。誰か・・・って、このクソ寒い夜に来やがった。ヴェーザだ」
「え?ヴェーザがきたの?」
「はしゃぐな。いいか、俺がいいって言うまでちゃんと浸かってろよ」
「はぁい」
ヴェーザは二十代後半の青年でこの国の第一王子であり、ククルをとても愛している、大人な意味で愛しているちょっとあれな人だ。既に王宮で働いているとても優秀な人で見た目も良い。なのにククルに会う度に求婚をするから今ではちょっとした名物になりつつある、ククルの周りで、だけだけど。
「ヴェーザ・・・寒くないのかな」
お風呂の外ではロクトとヴェーザの声がしてるから本当に来ているんだろう。この雪降る寒い夜に来たなんて。
ククルなんてお風呂から上がっても直ぐに冷えてしまうから真っ直ぐ暖炉の前に行くのに。しかも、しっかりと香油を身体中に塗ってから眠らないと翌朝にはぱさぱさになってしまうのに。
思い出しながら外の声を聞いていたらうずうずしてくる。
「どうしよう。僕も、会いたいな・・・出ちゃ、だめかなあ」
元々ククルは一人きりでいるのが得意ではない。誰かが側にいれば知らない人でも嬉しいし、知っている人なら幸せになる。それは生まれた時の記憶からくるものだけど、一人が寂しいのはずっとロクトとくっついて暮らしていた所為でもある。
ロクトの声とヴェーザの声、それにいつも連れて歩いている部下の人達の声。聞いていたらもう我慢できなくて湯船から出てしまう。
お風呂の扉をそっと開けて、濡れた身体をろくに拭かず、とりあえず大きなタオルだけをくるりと巻いてそっと外の様子を伺う。

暖炉の前でバスローブ姿のロクトと、しっかりコートを着ているヴェーザが睨み合っているみたいだ。いつものヴェーザと同じで片手には小さな花束を、背後には部下の人達を連れている。
花束はククルに求婚する為のもので、後ろの部下達はその立会人だ。ヴェーザが出歩く時は必ずセットになっている。
「だから風呂入ってるんだっての。上がったら香油塗らなきゃだから、それまで下の図書館で待ってろって言ってんだろーが」
「折角来たのに、しかも風呂上がりのククルを見逃すと思うのか?」
「裸だったら何度も見てるだろ!お前がいたら絶対ククルがうずうずするからダメだっての!」
「うずうずするのか・・・」
「にやけるな!・・・と、ほら見ろ、ククルが我慢できなくて来ちまったじゃねえか。ククル、怒らないから出てこい。冷えちまうだろ」
そっと見ていたのに見つかってしまった。見つかったらお風呂に戻っても意味がないし、みんながいる部屋に行きたいからいそいそと出て、真っ直ぐロクトの所に向かう。
「髪も身体も拭いてねえな。しかもちょっとの間に冷えやがって。ほれ、暖炉の前で乾かしながら拭いて香油だ。おいそこの、いそいそと暖炉の前に座るんじゃない」
「良いではないか。こんばんは、ククル。花は香油が終わった後でな。それで、綺麗な夜だからデートに誘いに来た。これから少しだけ、どうだ?」
暖炉の前にはヴェーザがどっかりと、なぜか床に座って身体を拭いてもらっているククルを嬉しそうに見る。
ククルの裸なんて何度も見ているのに不思議だ。
「こんばんは、ヴェーザ。お花、今日も綺麗。あのね、僕は寒いのが苦手なの。ヴェーザは平気なの?」
「寒いに決まっているが、一年の中でも今しか味わえないものだし数年に一度くらいだからな。楽しまないと損だぞ」
「損しちゃうの・・・?」
身体を拭き終えたらロクトの魔法で髪を乾かす。音のない不思議な風がふわりとククルの髪と、ロクトの髪も乾かしてくれる。とても便利な魔方陣は結構難しいものだ。
髪の毛を乾かしている間に自分で塗れる所に香油を擦り込んで、甘酸っぱいフルーツの匂いがヴェーザまで届く。
「ああ、損だぞ。良い匂いだな。美味しそうだ」
「食らいつきそうな視線でククルを見るな。そこで鑑賞してんなら温風出せよな。暖炉の前でも寒いんだぞ」
「ロクトも寒がりか。仕方がないな。それで、デートはどうする?眠る前までには帰ってくるぞ」
「うーん、どうしよう」
髪も乾いたら背中と手の届かない場所にロクトが香油を塗ってくれる。まだ服を着ていないから暖炉の前でも確かに寒い。
ロクトの文句にヴェーザが笑いながら懐から小さな魔導書を出すとあらかじめ描いてあったのか、買ったのか、温風の魔道具を創ってくれる。髪を乾かす風とは違って音はあるけどあたたかくてほっとする。
そして、寒い夜に外出したくないククルにヴェーザがにこりと微笑んで人差し指をククルの頬にぷに、とつけた。
「熱々の飴細工を出す露店がある。大通りだから近いぞ」
「あつあつ・・・。あのね、ロクト」
「分かった分かった。但し、着込んでから。温石も仕込んで絶対に冷やさないこと。ヴェーザ、ククルが冷える前に戻すんなら許可してやる」
熱々に熱した飴はククルの好きなもののひとつ。ぱあっと顔を輝かせればロクトが苦笑しながらも許可を出してくれてヴェーザも嬉しそうに微笑む。外は寒いし雪も降っているけど、楽しみだ。

夜だけどまだ遅くない時間だから雪が降っていても大通りは賑やかだ。露店もちらほらと出ていて寒さに負けずみんな遊んでいる。と言うか大人達が飲んでいる。
お風呂上がりで身体がほかほかしているから雪が降っていても暖かいし、夜遊びはちょっぴり大人な気分になれるから好き。ヴェーザと手を繋いで、凍りはじめた大通りをゆっくり歩けば露店から漂う甘い匂いにふらふらと吸い寄せられそう。
「こらこら、しっかり歩かないと転んでしまうぞ。あの店がいいか?」
「うん。あつあつの飴、美味しいの。アンズとマンゴーで迷っちゃうの。あとね、ナッツもおいしいの。かりかりなの。ヴェーザは何が好き?」
「実は食べたことがなくてな。サキトからはよく聞かされているんだが・・・飴の上に砂糖か。悩ましいな」
露店では丁度注文しているお客がいて水飴を作っている。それを見学しながらククルはフルーツで悩んで、ヴェーザは作る所を見て悩んでいる。
ちなみに、具材となるフルーツは全て乾燥させた日持ちするもので、くたくたになるまで砂糖で煮詰めている。その上に水飴をのせて軽く燻り、さらに砂糖を掛けるのがこの菓子だ。暖まるけど見た目以上に甘い。見た目も甘いけど。
「オススメはね、オレンジだよ。ちょっとすっぱいの。僕はマンゴーにするの」
悩むヴェーザの手を握ってにこにことククルが見上げる。好物、それもロクトは作ってくれない、作る気にならない水飴は露店だけのお楽しみでとても嬉しいのだ。
ヴェーザも覚悟を決めたのか、ククルに見られない様にひっそりと気合いを入れる。
「そうか。ではオレンジとマンゴーを。マンゴーは砂糖多めで頼む」
ヴェーザと並んで熱々の水飴ができあがるのを待つ。
この作っている所を見るのも好きだ。調理は簡単だけど不思議と惹かれる、そんなお菓子だ。
程なくして出来上がった熱々の水飴を片手に雪のかからない場所に移動する。あちこちに露店で食べる様の椅子やテーブルがあって、ちゃんと傘も立っているから雪が積もらず食べられる。その一つにヴェーザが座って、ククルを手招くから素直に隣に座る。
「ん~っ、美味しいね。あつあつ」
「ああ・・・見た目よりさらに、だな・・・ククル、一口食べるか?」
「うん。ありがと。お返し、僕のも」
「うっ・・・」
水飴は露店によって形や器が違う。この露店は紙のお皿とフォークがついていて、ちゃんと座って食べるものだ。
しかもククルのお皿にはヴェーザがお願いした通りに砂糖がたっぷりとかかっていて食べごたえがある。まあ元々濃い甘さを売りにするお菓子だから大きさはククルの手のひら程度で、大人だったら一口で終わるものだ。それをちまちま食べながら甘い味にふんわりと幸せになる。
ヴェーザは悪戦苦闘していて、見かねた部下の一人が飲み物を持ってきてくれたみたいだ。ちゃんとククルの分も持ってきてくれてありがたい。
「あんまり沢山食べられないけど、この甘さが好きなの。ロクトは一緒に食べてくれないから、嬉しいな」
「そうか。まあそうだろうな。サキトは大好きだと言っていたが、やはり菓子好きには共通の好みがある様だな」
「そうなのかな?今度はサキトも一緒だと、嬉しいな」
「そうだな。では今度また機会をつくろう。しかし、今は俺とデート中だぞ」
「デート・・・」
なのだろうか。でも、言われて見ればデートかも知れない。夜にヴェーザと一緒にお出かけして、一緒に水飴を食べて。小さく首を傾げればヴェーザが軽く笑ってククルを抱き寄せる。頬に手のひらがふれて、こんなに寒いのに手袋をしていないからひやりと冷たくてびっくりした。
「ヴェーザ、手が冷たいよ。手袋、忘れちゃったの?」
ククルはお風呂上がりだし、きちんと手袋をしているからフォークは持ちづらくても冷えてはいない。冷たいヴェーザの手を頬から剥がして両手で包む。こんなに冷えているなんて切なくなってしまう。
「ふふ、暖かいな。ロクトの手編みか」
「うん。いっぱい作ってくれるの。帽子もセーターもロクトが作ったの。ヴェーザの手袋もお願いする?」
ロクトの趣味は家事全般プラス、何かを作ること。
今は冬だから編み物にはまっていて毎日遅くまで、神様だから寝なくても平気で徹夜で大物を作っていたりする。
「そうだな。俺より前にサキトの分をお願いしようか。あれも寒いとぼやく毎日だからな」
「サキトも寒いの。ヴェーザはどうして寒くないの?」
「生まれ育った気候だし、今はククルが暖めてくれているだろう?」
ヴェーザの手をずっと握っていたらだんだんと距離が近くなってきた。ククルが近づいているんじゃない、ヴェーザの顔が近寄ってきているのだ。
どうしてだろうと不思議に思う頃には額が触れる距離になって、笑顔が格好良いなあとふにゃりと笑えば唇に軽く口付けされる。外でもククルは全く気にしないからそのまま口付けを軽く口内をぐるりとされてから、また唇に触れられて軽く食まれる。外だからあまり深くならずに終わって、ちょっと離れがたい。
「ここまでだな。一応外だし、そろそろ冷えてくる。ロクトに怒られる前に帰ろう」
「うん・・・あのね、帰るけど、何だかねヴェーザともっと一緒にいたいなあって思ったの」
「それは嬉しいな。では明日の夜、共に過ごそう。宮殿でチョコフォンデュをしたら泊まるんだろう?俺もククルが来てくれれば嬉しい」
唇が離れてヴェーザも離れて、でも手は繋いだまま食べ終わった器を近くのゴミ箱に捨てて歩き出す。まだ雪は降っていて、繋いだ手を離したくない気持ちだ。



やっぱり雪が積もった。ゼイレイでは珍しいみたいで朝から学院の生徒達もどこかはしゃいでいて、寒さも忘れて雪を掬っては遊んでいる。
もちろんククル達も、といきたい所ではあるけど眺めるのは好きでも冷たいのが嫌いなククルは、はしゃぐリリカを眺めているだけで満足だ。
「雪合戦とかしたいよねえ。ねえヨーロス、訓練がてらやらない?」
「嫌だ。それは遊びではなくて訓練そのものになるだろう。魔方陣で雪を投げるつもりなだな?」
「ちぇー。最初からバレてるとつまんないよね」
「雪を投げるの?リリカ、教えてもらってもいい?」
「もちろんだよ。教室に着いたらね。寒くてほっぺたが真っ赤っかだよ」
「だって寒いもの。雪は綺麗だけど、寒いの・・・」
寒さが苦手で、どうしても慣れなくてどうしても固まってしまう。一人だけ毛皮で温石の魔法具を毛皮の中に沢山仕込んでいてもまだ寒い。
「まあもうちょっとの辛抱だよ。ゼイレイでこんな雪が降るなんてあまりないし、冬さえ乗り切れば春がくるし、そうしたら暖かくなるよ」
「・・・まだ、ずっと先だもの。ずっと寒いもの」
確かに季節が過ぎれば暖かくはなるだろうが、それはまだまだ先のこと。珍しく頬を膨らませるククルにリリカが笑って、ヨーロスが自分の温石をククルの頬にあててくれる。
「じゃあ目先の暖かさだな。今日は宮殿に行くのだろう?大きな風呂が待ってるぞ」
「うん、頑張るよ。ヨーロス、ありがとね。でもね、ヨーロスの分だからいらないの。僕のは後で描き足すの。いっぱい笑ってるリリカ、魔力頂戴」
「ごめんって。僕の魔力でよければいっぱいあげるから、どうせなら教室ごと春にしちゃえばいいんじゃないかな。週末だし、今日は特に寒いから先生も喜ぶと思うよ」
「そうだな。雪も良いが偶には暖かさも思い出したいしな。俺の魔力も使ってくれ」
雪で遊んでいたくせにやっぱり寒かったらしい二人の提案にククルの瞳がきらりと光る。
大きな魔方陣は得意だし、二人の魔力を合わせれば大抵のことができてしまう。一緒にリリカの言っていた雪を投げる魔方陣も教わろうと、ようやく寒さが気にならなくなってうきうきと教室に向かった。

季節を変える訳ではなく、温度を上げる。ただそれだけでも広範囲になれば難易度は増すし魔力も使う。
それでも一日くらいは、しかも週末の一日くらいならばとせっせと魔方陣を描くククルに教室にいた全員が乗って、教師まで乗ってくれて。
「いいなー。学院、今日だけ春だったんだって?そう言う時は私も呼んでよね。喜んで遊びに行くのに」
学院と王宮は隣だ。一日だけ春になった話は王宮のサキトの区画まで届いたらしく、放課後になってチョコフォンデュをしに来たククル達を迎えたサキトが珍しくふくれっつらでお出迎えしてくれた。
サキトは王宮に住む神様で、ロクトの弟だ。
大昔からゼイレイに滞在している神として、とても有名な人でもある。見かけはククルと変わらない年代の少年で、長い黒髪にとても美しい容姿をしていることでも有名だ。でも今は寒さに負けてククルと変わらないまんまるな格好になって暖炉の前から動けないでいる。
王宮の室内だからそれなりに暖かくはあるけど、広すぎて暖房もいまいちだ。
「ごめんねサキト。でもね、春になったけど魔力、使いすぎちゃって全員ぐったりになっちゃったから禁止になっちゃったの」
「えー。つまらないなあ。あ、じゃあ私とヴェーザの魔力使うから魔方陣だけ後で教えて」
「うん、いいよ」
王宮でも立ち入ることが難しい区画にサキトは住んでいて、大きな広間もある。普段は花で溢れている広間も今はロクトがせっせとチョコフォンデュの準備をしていて何となく空気全体が甘く感じる。
ロクトが買った器はかなり大きなもので、広間の中央にどん!と設置されて、その周りを王宮の人達と協力しながら忙しそうに飾っている。
広間には王様やお后様達に殿下達、宮殿の人達もいて結構な人数だ。
「随分大人数だね。あの器なら頷けるけど」
「確かに、だいぶ大きいし・・・数が増えてないか?」
ロクトが買った器は確か一つだけだったと思うけど、広間には大きな器が幾つか設置されている。買い足したのだろうか。
「だって折角のチョコフォンデュだもの、みんなで楽しみたいでしょう?兄様にお願いして私も買っちゃった。今日はチョコレート三昧、いっぱい食べようね。あの馬鹿が率先して用意してるホワイトチョコの方はいかなくていいから」
「ヴェーザ殿下・・・頑張るね。努力の評価はしないけど」
サキトが嬉しそうに甘い匂いが充満しはじめた広間を見つつ、でも一カ所を見て綺麗な瞳を半分にする。リリカとヨーロスも呆れ顔だ。ちなみに、ホワイトチョコの器の周りは大きな果物が多いとだけ説明しておこう。ククルは不思議そうに首を傾げるだけだけど。
「おー、来たな。おかえりククル。今日もいっぱい遊んだって言うか、春にしたんだってな。後で俺にも教えてくれ。偶にはあったまりたいしな。ヨーロス、リリカもお疲れさん。腹一杯食ってけよ。フルーツだけじゃなくて肉も山ほど用意したからな」
用意中のロクトもククル達に気づいてエプロン姿で来てくれる。
チョコフォンデュを思う存分用意できて、まだはじまってもないのに嬉しそうなロクトは真っ直ぐククルの前に立つとただいまのキスをして、お返しのキスもする。いつもの挨拶を終えればやっとククル達に気づいた遠くのヴェーザが駆け足で近づいてた。
「来なた。おいヴェーザ、何だあの品のないチョコは。ホワイトチョコにバナナなんぞ用意しやがって」
「男の夢だ。ククル、おかえり。残念ながら今日は花を用意していないのだがチョコレートなら沢山用意したぞ。後で一緒に食べてくれると・・・サキト、蹴るんじゃない」
「馬鹿なこと考えてるのがまるわかりだからだよ。さて、そろそろはじめられそうだね。アティ、一応はじまりの挨拶する?」
ククルが何かを言う前にロクトに抱えられて、ヴェーザはサキトに蹴られてちょっと痛そうにしているけど直ぐ立ち直って頭を撫でてくれる。サキトが両手に腰を当ててヴェーザを睨み上げながら声を掛けたのはゼイレイの国王でヴェーザの父、アティだ。
ヴェーザとはあまり似ていない、中肉中背よりちょっと太めなアティは大きなお腹とつるんとした頭の愛嬌ある国王だ。性格も外見からイメージする通りで昔から穏やかで笑顔の似合う人だ。サキトに呼ばれてにこにこしながら近づいて来る。
「私はお邪魔しているだけだし、そう格式張ったものでもないから好きにするといい。ククル、良く来たな。元気そうで何よりだが偶には私と一緒にお茶でもしておくれ。ヨーロスとリリカも久しぶりだな。見る度に成長していて眩しいね。うん、良い顔だ。もちろんククルもだよ」
「王様なんだからもっと偉そうにすればいいのにねアティは。まあいいや、それじゃ食べようよ。良い具合にチョコも暖まってるみたいだし、うーん、素敵な匂いだよね」
「もちろん匂いが混じって変なことにならない様に俺の魔法具で空間を分けてるぜ。こっちがチョコフォンデュ、あっちが普通のメシ。めいいっぱい食ってこい」

大人達に送り出されたククルはヨーロスとリリカと一緒に広間をぐるりと回って、まずはイチゴが山積みになっている所でうきうきと食べはじめる。




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