神様の貯金箱の半分くらいです。あんま長くないです。この半分に18禁はありません。



世界は魔力で満ちている。
これは当然のことで、世界に存在する全てのものに魔力がある。

例えば今ククルが摘み食いしようとしているクッキーにも、僅かではあるが魔力がある。
背中を向けてククルのお弁当をつくっているロクトの向こう側。美味しそうなクッキーが良い匂いでククルを誘っている。そろり、そろりと近づいて。
「こーら、ククル、食うなら堂々と食え」
ロクトの背中からそっと手を伸ばす前にあっさりとばれた。
大きなロクトは黒の長い髪を尻尾みたいに伸ばしているククルの保護者だ。海色の瞳がククルを見下ろして優しく細まる。
見かけは二十代前半の青年で、かなり格好良いと思うけど服装はラフでシンプルなエプロンが標準装備だ。
「あのね、摘み食いが美味しいんだよって、教えてもらったの」
「まーたロクでもない情報仕入れやがって」
ぴん、とおでこを軽く突かれて笑われる。それから、摘み食いしようとしていたクッキーはなぜか包んでもらった。
淡い桃色の紙にだって、赤いリボンにだって魔力がある。
「ロクト、これじゃプレゼントだよ。僕にプレゼント?」
「おう、プレゼントだ。んで、ククルに摘み食いを教えたヤツは誰だ?」
「えっとね、ローヨスとリリカだよ」
素直に友人の名前を告げたらプレゼントが増えた。両手にいっぱいで魔導書を抱えるククルには持ちきれない。
「あのな、何の為にバッグがあるんだ?ほれ、弁当も入れたし忘れ物はないな」
「うん、大丈夫。それじゃあ、えーっと、いってきますのキスするよ」
ククルは背伸びして、ロクトはしゃがんでくれて頬に行ってきますのキスをする。
ロクトにも魔力がある。とてもたくさん。ククルは、ちょっと特殊なので魔力はそこそこある、ことにしている。
「寝癖、ちょっと残っちまったな。癖っ毛だから癖だか寝癖だか微妙だけど」
お返しのキスも貰ってふわふわの頭をくしゃりと撫でられる。ククルの髪は制服のローブと同じ色、黒だ。癖っ毛で跳ねやすいから短いより長い用が楽だと、主に梳いてくれるロクトの意見で今は背中の方まで伸びている。
手入れをしてもしなくても癖っ毛だから寝癖は関係ないと思うのはククルだけで、ロクトはちょっと悔しそうに跳ねている髪を撫でている。
「あのね、寝癖じゃなくて癖かもしれないよね?」
「いいや、俺が寝癖と言ったら寝癖だ。ククルの身の回りを全て知ってる俺が言うんだぞ」
寝癖一つでそんな偉そうに胸を張らないでほしいとは思うけどロクトのククルに対する思い入れは深くて大きくて、果てしない。赤ん坊の頃からの付き合いだから慣れているけど、最近ようやくロクトの深すぎるお手入れがちょっと普通じゃないと知ったククルだ。
「僕は癖にしようと思うよ。あ、もう行かなくちゃ」
「おっと、遅刻しちまうな」
寝癖か癖かを言い合いあっている場合ではない。そろそろ行かないと遅刻だ。
身支度を確認して、ロクトに漆黒のローブを着せてもらう。ローブは制服で背中の真ん中まである凝ったデザインのもの。だけど衣装は何でもいいから淡いクリーム色のチュニックと五分丈のズボンに黒のブーツが今日の衣装だ。最後にロクトお手製のカバンを肩から提げて、大きな魔導書を抱えれば完成だ。

二人が住んでいるのは王都の中心近くにある魔導書蔵の二階で、本当は人が住む場所じゃないし、そもそもこの魔導書蔵は王立だから一般住居でもない。でも住んでいるのはロクトのお陰だ。
「ロクト、あのね、ヨーロスとリリカがこの前のご飯美味しかったからありがとうって。またご馳走してくれると嬉しいなって言ってたよ」
「直接言われたけどよっぽどだったんか、あの二人。ま、また腕によりをかけて作ってやるさ」
「ありがと、ロクト。ロクトのご飯が一番だって僕も思うよ」
「当然だろ。んじゃ、転ばないで行くんだぞ」
「うん。行ってきまーす」
玄関は外の階段を下りた先。外は快晴で今は秋の中頃だ。
この国は四季の差がはっきりしているからあっという間に冬になる。朝晩はだいぶ冷える様になってそろそろ暖炉の用意だ。
両手に大きな魔導書を抱えて、肩からロクトお手製のバッグを提げて石畳の大通りを歩く。息は白くないけど、結構寒い。
暖炉も用意しなきゃだけど、その前に冬用のブーツにしないと足が冷えるなあ、なんて思っていたら気を取られて前のめりに転んでしまう。と思ったけど、転ぶ直前でロクトに抱き上げられた。
「毎朝だから慣れるけどよ、そろそろ歩くの慣れようぜククル。もう十三歳になったんだろ」
「うん、なったよ。あとね、歩いてる時はあんまり転ばないんだよ」
「あんまりかよ・・・ほら、行くぞ」
ロクトは力持ちだから片手でひょいとククルを持ち上げるけど、すぐに下ろされてから魔導書を取り上げられて、変わりに手を差し出される。ククルには大きな魔導書もロクトには片手で運べるサイズで、握った手は暖かい。

光りある国、ゼイレイ。
寒暖は厳しいものの、作物と温度以外の気候に恵まれた豊かな国だ。小さな大陸全てがゼイレイの領土で歴史は古い。
王都は大陸の中央にあって、目立つ建物は王の住む宮殿だけど、その他にもいくつかある。
ククルの向かう王立学院はその目立つ建物の一つだ。王の住む宮殿は白と赤で、王立学院は黒と赤だからとても目立つ。
通う生徒は国内外から集められた優秀な子供達で、ある一定以上の地位による推薦状がないと入学できないが、変わりに全てが無償で提供される。十五歳から二十歳の成人するまでが学院に通える年齢だけど、偶にククルの様な特例もいる。

ククルは十一歳から学院に通っていて、最近ようやく一人で登校できる様になった。王宮と一緒にとても大きくて目立つ建物でも、小さいからよく道に迷っていたからだ。
まあククルの住む図書蔵から学院までは一本道だし今日みたいに転びかけて結局はロクトと一緒に通うからあまり一人で通うこともないけど。

一本道だから他の生徒達も登校時間だ。あちこちに色とりどりのローブを纏う生徒達が見える。
「おお、いつ見てもカラフルだな。俺はピンクが似合うと思うんだけどなあ」
学院のローブは本当に色とりどりだ。ピンクや青に黄色、それぞれの色が学科や種別を表している。
その中でもククルの漆黒はとても目立つ。色が、ではなくて色の持つ意味が、だ。
漆黒は王立学院の色でもあり、選ばれた人しか持てない。このローブだけが種別ではなくて、選ばれた者を示している。ククルは魔道魔方陣と言う力が突出していての漆黒だ。
「ピンクは可愛いと思うけど、ロクト、ふわふわの飾りをつけたいんでしょ?」
「あったりまえだろ。あの色がまたイイ感じなんだよな。形も結構良いし」

一般的に『魔法』と総称される力はちょっとめんどくさい。
まず紙に魔方陣を描いて、できあがった魔方陣で魔道具と呼ばれる様々な魔法の元になる道具を包むのが準備段階だ。
それから、魔道具になった魔法の元に魔力を注いでやっと発動する。例外なく、全ての魔法がこの方法でないと発動しない。

ククルの抱える『魔導書』も魔道具の一つで、本に見えて開くことができるけど、実は中身が箱になっていて沢山の紙と、魔方陣を描く時に使う専用の羽根ペン、それに魔方陣で包む魔法具の元、ククルが愛用するのは安売りの木片、が本の大きさ以上の空間にこれでもかと詰め込まれている。
なぜ魔導書と呼ばれるのかと言えばこの本の形で昔からあるからだ。そして、この魔導書を抱えて街を歩くのは魔導師と呼ばれる人達だけ。いつでもどこでも魔方陣を描くからこの形式になったのだと言われている。
ちなみに、魔法具は試すときに使用されるのは木片が多いけど実用段階になればちゃんと装飾を施した道具になることが多く、こっちも専用の能力と才能がいる。

ククルの突出した力はこの魔方陣を描く能力にある。
魔方陣は古代文字と規則法則に沿った文様を描くもので、その種類は無限にある。誰でも描けるものだけど、誰にも描けない。そんなヤヤコシイ学問でもある。
例えば同じ魔方陣を描いてもククルと他の人とでは種類だけが同じでも精度や威力に使用する魔力に持続時間が全く違う。
魔道魔方陣と言う学問が魔法の差になるのだ。

「僕は赤が好き。格好良いよね」
「赤かあ、黒レースで飾りたくなるよな。赤は何だっけ?」
「赤は騎士だよ、魔道騎士。リリカが赤だよ。格好良いの」
選び抜いた子供達が通う王立学院は国内外から集めただけあって人数が多い。それでも、漆黒のローブはほんの少ししかいないからククルはとても目立つ。年齢の面でも目立つし、ロクトと手を繋いで登校するのも目立つけど。
「そう言や赤いのだったな。ヨーロスは黒だったよな」
「うん。ヨーロスはえーっと、カタナって言う剣を専門に使う騎士なの。背が高いから似合うよね」
「そう言う問題でもねえと思うんだけど。と、何だ、今日は騎士も多いな、何かあったのか?」
手を繋いで行く先は王立学院の入り口だ。しかし生徒以外の、白の騎士服も多くてロクトが首を傾げる。
白は王宮の色だから沢山いる騎士達は全て国王軍の人達だ。そして、騎士の人と一緒に魔導師も多い。魔導師も白のローブだから全員王宮から来ている。
と言うことは。
「あ、忘れた。あのね、今日の授業はサキトの魔道学なの。だから王宮の人達もいっぱいなの。一緒にお話聞くんだよ」
王立学院には特殊な講師が何人もいる。世界的に有名な人も沢山いるが、その中でも一番有名な人がサキトだ。

サキト=ラノ。世界に数人しか滞在していないと言われる人ではない人。神様だ。
十代中盤の少年の姿を取るサキトは数百年前からゼイレイの宮殿と王族を気に入って滞在していて、最近では王立学院で特別講師をしてくれる。講義があるたびにサキトの姿を見たい人と講義を聞きたい人で学院から人が溢れる。
サキトの特殊性から月に一度行われる講義は生徒だけではなく他の人も聞くことができてだからこの騒ぎだ。
「げ、そう言うのは忘れるんじゃない。じゃ、俺帰るから」
サキトとロクト。名前が似ているのは兄弟だからだ。
そう、ロクトはサキトの兄で、人の姿だけど人ではない。サキトと同じ、神様だ。
同じ神様でもロクトは数年前にククルと一緒にゼイレイに来ていて宮殿には住んでいないし、一応秘密にしている。
あんな風に神様だからって囲まれるのが嫌だからと顰めっ面で呟いていた。
「ごめんねロクト。送ってくれてありがと」
「おう、めいいっぱい遊んでこいよ」
「僕が行くのは学校だよ。お勉強なんだよ?」
「じゃあ勉強の間に遊んでこい。んじゃな、転ぶなよ。後、何かあったら直ぐ連絡、な」
「うん」
ロクトは心配性だけど、それも仕方がない。ククルの体質がかなり変わっているからだ。でも今は白い集団を避けたいから足早に帰っていった。その後ろ姿にばいばいと手を振る。

それにしてもすごい人だかりだ。小さいククルじゃ周りが見えないどころか学院の入り口も見えない。学院は建物は大きいから間違えることはないけど、入り口が多くて部屋も多いから覚えるのが大変なのだ。
今日は白い集団と一緒に歩けばたどり着けそうだけど、同時にこの沢山の人にはじかれて入れない可能性も、そっちの方が高い。
「・・・どうしようかなあ」
「肩車でもしようか?おはよう、ククル。流石にすごい人だな、俺でも迷いそうだ」
「あ、ヨーロスだ。おはよう〜」
立ち尽くして困っていたら後ろからヨーロスに肩をぽん、とされる。
十七歳になるヨーロスは年齢よりも大人びた印象を与える大柄な少年だ。きりっとした顔立ちでククルと同じ、数少ない漆黒のローブを羽織っている。世界でも数える程しかいない、代々家に伝わるカタナと呼ばれる特殊な剣を肌身離さず持っていて、ゼイレイでも名家で有名な貴族になる。
「このままだと遅刻してしまいそうだが、大講堂だったよな」
「うん。サキトの講義はいつも大講堂だもの今日もそうだよね」
「ククル、ここでは『様』だぞ」
「あ、忘れてた。そうそう、サキト様、だよね」
つい忘れがちだけど神様はとても尊い人だ。サキトは数百年前から変わらぬ姿でゼイレイに存在している守り神にも等しい存在になる。ククルにとっては親しい友人と言うか親戚の様な感じだけど、普通は違う。

ヨーロスと、ここにはいないリリカはロクトとサキトの関係を知っていてククルのこともある程度は知っているからいつも気をつけてくれる。ありがたい友達だ。
「そうだぞ。で、俺達はそのサキト様の講義にたどり着けるかどうかと言う話しでもあるな。相変わらず宮殿からの人が多いが、一応は俺達生徒の講義なんだがな」
「しょうがないよね、講義、面白いもの。でも出席できないと後で怒られちゃうよね」
「一応、漆黒でも学生だから単位はあるしな」
ヨーロスはだいぶ頭も良いけど、解決策はない。それだけ人がすごいのだ。白い人達以外にも学生だって溢れてる。
これは本格的に困ったなあと、今度は二人で頭を捻っていたら正面から見知った顔が近づいてくる。リリカだ。
「おっはよ〜。何朝から暗い顔してんのさ。折角のサキト様の講義なんだよ、明るくいかなくちゃもったいないじゃないのさ」
赤のローブに明るい、派手な顔立ちのリリカはかなり格好良い少年だ。年はヨーロスと同じで、この二人は幼なじみになる。
家もヨーロスの隣で、世界規模で活躍する商家がリリカの家になる。
赤いローブは魔道騎士。魔力の多い騎士を指す言葉で、リリカは剣技も優れているが生まれ持った魔力の量が特殊に分類される程、多い。

魔力は完全に生まれ持つもので、量の多さで優劣が決まるものだ。リリカの持つ魔力は国内でも上の方になり、剣技はヨーロスの方が上だけど魔力はリリカの方が上になる。
ただし魔力だけが大きくても魔法は使えない。魔道騎士は魔方陣を描く能力も加味される。リリカは既に大人と同等の力はあるが、それでもこの学院だとギリギリで漆黒にはならない。
腰に下げる剣はヨーロスのものと違って美しい装飾のされた細身の魔道具になる。
魔方陣は市販されているし、ヨーロスやリリカの様な大きな家だと専門の魔方陣を描く人がいる。
「おはようリリカ。あのね、人が多すぎて入れないんだよ。困ってるの」
「朝からテンションが高いな、リリカは」
三人揃えば結構目立つ。ヨーロスも目鼻立ちがハッキリして将来は男前になるのが約束されている感じで、リリカはそれ以上。ただし、ククルは二人より頭二つ以上背が低くて、壁に挟まれる感じになる。そのでこぼこ具合が目立つのであって、ククルは特に目立つ所はない。
「二人とも漆黒なのに頭の回転悪いよね。そんなの魔方陣でも描いて飛んじゃえばいいじゃない。ククルだったら直ぐに大講堂の窓まで飛べるのできるでしょ?」
両手を腰にあてたリリカが綺麗な笑みを浮かべてククルを見下ろす。そうだ。その手があったと感心するのは二人ともで。
「えーと、窓まで飛ぶのは直ぐなんだけど、それからどうしよう?落ちちゃったら痛いよね?」
「あの高さで痛いで済む訳ないでしょ。どうせなら高見の見物にしようよ、講義が終わるまで浮いていられるのがいいんじゃない?あ、できれば障壁付きがいいかな、見つかるとお説教くらいそうだし」
「待て待て、それじゃ出席扱いにならなくなる」
「えー、メンドクサイ。じゃあ窓に席作っちゃおうよ。そしたら出席じゃない。ついでに魔方陣のデキの良さも先生に見せられるでしょ」
「ククルは今更見せなくても優秀だろうが。漆黒だぞ」
「どうせ僕じゃできないよーだ。なにさ、自分も漆黒だからって」
「そう言う意味で言ったんじゃないし、リリカは既に漆黒と同等だろう。さっさと申請すればいいだけなのに面倒臭がるだからだ」
「だって実際面倒なんだってば。最初から漆黒ならいいけどさ、途中からはホント書類の山なんだって。うち、みんな忙しいから手伝ってくれないしさ」
すっかり話題がそれてしまったけどククルは背の高い二人を見上げつつ魔導書を開く。中から紙と羽根ペンを取り出して、魔導書を支えにさらさらと二人の意見を勝手に耳に入れて魔方陣を描いていく。

一般人には絵と変わらない古代文字と、文様。さらさらと描かれるそれは大人でも目を見張る高度なもので、ククルの頭の中には幾万もの文字と文様のパターンが入っている。
軽快に動く羽根ペンが淡く光っていれば描かれる魔方陣がちゃんと動くものである証拠だ。これが間違っていると光りはともらない。
描いている魔方陣は大講堂の窓まで三人を浮かばせて、そのまま侵入して位置を固定した後に椅子とテーブルを出すもの。
かなり高度な部類になるがククルには簡単だ。

流石に規模が大きめなので一枚じゃ足りなくて三枚ほどに分割された魔方陣を描き上げると、魔道具にする為に小さな木片を取り出して魔方陣の描かれた紙でくるむ。この木片を魔道具として認識する陣も組み込まれていて、これにも人それぞれ精度や才能がある。
三枚の魔方陣を小さな木片で包んで魔道具にするのはかなり高度なものだ。
そして、これだけではただの魔道具で魔法にするには魔力がいる。この場合、使われる魔力はリリカのものだ。
「二人とも、できたよ。あのね、窓まで飛んで中に入って、テーブルと椅子が出てくるよ。講義が終わるまでそのままで、終わったらそのまま下に降りるんだよ。あとね、僕はリリカの赤がとっても格好良いなあって思ってるけど、漆黒も似合いそうだなあって思うの」
魔方陣を描いて魔道具を作る間にもしっかり言い争いを聞いていたククルだ。
できあがった魔道具をリリカに渡しつつにこりと笑う。目立つ所のないククルだけど、にこりと笑う表情がとても良い。
ククルの笑みに魔道具を受け取ったリリカが肩を竦め、ヨーロスが横を向いて吹き出す。
「もう、そんなこと言われたんじゃ頑張るしかないじゃないの」
「はは、まあ書類なら俺も手伝えるし家の者も手配するさ」
「べっつにいいよーだ。自力でできるもの。ククル、ありがと。魔力は任せて」
ククルにも魔力はあるけど、ちょっと特殊であまり使わない。
ちなみに、魔力は血液の様なもので、使えば減るけど休むことで回復するし専用の薬もある。内にある全ての魔力を使い果たせば倒れるし、しばらく動けなくなる。
だから生まれ持った魔力の量が優劣になる。
「ん、結構吸うなあ。でも良さそう。ククル、今度教えてね」
「うん、いいよ」
「そろそろ発動だな。リリカに掴まれば良いか?」
「掴まらなくても大丈夫。僕とリリカとヨーロスにだけ発動するよ」
「さらってスゴイこと言うよね」
「ククルらしいけどな」
ふわりと魔道具から魔方陣が展開する。色は淡い白で丁度、白い人達に注目がいっているから三人はあまり目立たずに宙に浮く。そのままふわふわと漆黒の建物に近づいて、お目当ての窓に辿り着く。
窓にベランダはなくて、ただの装飾窓だ。もちろん開けられない造りのものだが、ヨーロスがカタナをチャキン、とさせれば枠ごと取り外せる。
「・・・ある意味魔方陣よりすごいよねって思うよ、それ」
「ヨーロス、すごーい」
取り外した窓も一緒に浮かんだまま大講堂に入る。大講堂だけあってかなりの広さで既に人でいっぱいだ。
この講堂は主に式典に使用されていて美しい漆黒と赤の装飾があちこちに施されている。灯りも全て魔法具を使用していて綺麗だ。
入り口は大きく開放された造りで、奥は数段高くなって講義をする為の用意がされている。と言ってもサキト用の机と椅子が置いてあるだけだが。
「あの辺だったら見るにも聞くにも良さそうだね。ククル、先生に出席してるって知らせて」
ふわふわと移動した三人は天井付近に移動してサキトを見るのに丁度良い、講義を聞いている者達からは見えづらい場所に移動して次の魔方陣を展開する。
その間にククルはもう一枚、新しく魔方陣を描いて木片に包み、ヨーロスに渡す。受け取ったヨーロスは魔力を込め、大講堂の奥に立っている漆黒の長いローブを纏う教師に思い切り振りかぶって、投げた。投げられた魔道具は正確に教師の所に飛んで行って、無事出席の知らせが届いた。
一緒にあきれかえる教師の姿も見えるけど、身振りで出席を受け取ったと両手で丸をつくるから三人の行動にも慣れてしまっている教師でもある。
「机もできたし準備はばっちりだね。間に合って良かったよ」
「うん。二人のおかげだね」
「ククルのお陰、だろう?」
机と椅子は教室で使っているものと同じ様な感じで作った。全てククルの魔方陣で作られていて、足場もちゃんと三人分の床がある。
発動させているのはリリカの魔力で、このまま講義が終わるまで魔力を使い続ける。膨大な量ではあるがリリカにとってはほんの少しの量だ。両端の机にリリカとヨーロス、真ん中にククルが座るのも講義がはじまるまでお喋りするのもいつも通り。場所が違うだけだ。
「あ、サキトだ。はじまるね」
「下は超満員ってヤツだね。それと、『様』だってば。今は良いけどね」
「う、すぐ忘れちゃう・・・でもね、サキトの前で『様』をつけると怒られるんだよ」
「それはそうだろうな。まあ、その使い分けを難なくこなすのが大人に近づく第一歩、になるんだろけど、まだ難しいよな」
大講堂の入り口、ではなくて奥からふわりと壇上に現れたサキトに会場が揺らぐ。
あからさまな歓声ではなくて密やかなものだ。
全員の注目を集めるサキトはククルと同じ年頃の少年で、黒の長い髪を頭のてっぺんで一つに結い、長く垂らしている。瞳は青色で、白と黒の綺麗な衣装を纏っているけど、サキト本人もとても綺麗な人だ。人の姿だけど人には見えない、そんな空気を持っている。エプロンが標準装備のロクトとは大違いだ。

サキトの講義は主に魔法に関する基礎知識になることが多い。あくまで学生向けなので学生より多く講堂に詰めかけている大人には一切配慮しない。
話す口調は穏やかで、神自らの講義だけあって基礎知識でも興味深く誰もが真剣に聞いている。が。
「・・・ごめん、お腹鳴っちゃった・・・お腹空いたよ」
「お前なあ、気がそがれるだろ。何か食い物持ってきてないのか」
だいぶ時間も経った頃、リリカから少々情けない音がして机にぱたりと伏せてしまった。
講義もそろそろ終盤で、確かに腹の空く頃だがその音に集中力が切れたヨーロスも机に伏してしまう。
そんな二人の姿にククルはひとり笑顔になって、肩から提げたままの鞄から小さな包みを出す。
朝、ロクトにプレゼントされたたクッキーだ。
「朝にね、ロクトにプレゼントされたの。摘み食い、教えてくれてありがとね」
摘み食いに失敗してプレゼントされた可愛らしい包みのクッキーを伏せている二人の机に置けば顔だけがククルを向いてお礼を言ってくれる。
「失敗したんだ。すると思ったけど」
「俺達の名も告げたな。相変わらず器用だなロクトさんは」
包みからも微かに甘い匂いがするから二人は起き上がって早速とばかりに小さなクッキーを摘む。
まだ講義は続いているけど食べ盛りの少年にはクッキーの方が大事だ。それでも一応気を遣っているから小声で喋り、静かにはしている。場所が場所だから、もあるけど。

美味しそうにクッキーを食べる二人を見ればククルも嬉しい。二人とは違ってまだお腹の減っていないククルは見ているだけで十分だ。ただ紅茶でも入れてあげられたらいいのにな、なんて思ってしまうのは既に興味が講義よりもクッキーを食べる二人に映っているからで。
紅茶も良いけど珈琲も良いよね、なんて思っていたらリリカの前に紅茶の入ったカップが、ヨーロスの前には珈琲の入ったカップが何の音もなく突然出てきた。どちらも湯気の出る入れ立てで、ククルの前にはココア入りのカップと小さなメモ用紙が出てきて。
「サキトから差し入れ、だって。あとね、お昼ご飯一緒に食べようって書いてるよ。王宮まで来てね、だって」
メモ用紙には短い用件と綺麗なサキトのサインがあった。
講義をしている本人から摘み食いを容認されてしまって、申し訳ないなと思うのはリリカとヨーロスだが、ククルはのんびりとココアを啜って幸せそうな顔をする。
どうやって入れたかなんて分からないけど、サキトのココアはロクトのココアと同じ味がするのだ。
「って言うかさあ、これ、どうやって入れたんだろ」
「考えたら負けだぞリリカ」
「そ、そうだよね」
紅茶と珈琲は二人の好みそのもので、考えれば考えるほど怖いから熱いまま急いで飲み干して、また講義に集中することにする。この場合、のんびりとココアを啜るククルを気にしても負けだ。

王立学院と王宮は隣り合っていて、いくつかの通路で繋がれている。通路は白と黒のグラデーションになっていてとても綺麗だ。
サキトの講義が終われば昼休みで、渡り廊下は人で溢れている。主に宮殿に帰る白い人達で溢れていて、ローブ姿の生徒もちらほら見える。宮殿の一部が王族や貴族、遠くから通う生徒の居住区になっているからだ。
サキトにお誘いを受けた三人は宮殿に住んでいなけど、一応ククルの場所はあるにはある。あまり行かないけど。
「いつ見ても豪華だよねえ大広間。全員白いからちょっと眩しいけどさ」
「綺麗だよね。でも白くない人達もいるよ?」
「騎士と一部の王族は違う色だからな。白は洗濯が大変そうだ」
「ヨーロスが言っても現実味がないよ。キミ、貴族街で一番大きな家に住んでるのに洗濯するの?」
「するぞ、訓練着は自分で洗う。直ぐに破れてしまうがな」
「破れたら洗わないでしょ、もう」
あれこれ三人で話しながら指定の場所に向かう。サキトのいる場所は宮殿の中でも入るのが難しい区画で、王族でも一握りの人しか入ることのできない場所だ。
区画の入り口には騎士が見張っていて許可がないと入れない。この場所まで来ると歩く人もまばらになって、ククルの姿を見かければみんなが挨拶をしてくれる。
今は王都に住んでいるククルだけど、ゼイレイに来たばかりの頃は宮殿に住んでいた。住む場所は沢山ある宮殿だから今でもククルの部屋があるし、ロクトの部屋もある。王様達はククルに今でも帰ってこいと言ってくれる優しい人達だ。

しばらく歩いて到着したサキトの部屋は一面花で溢れていて、いつもいい匂いのする部屋だ。この花はサキトの趣味ではなくて三番目のお后様の趣味になる。サキトは全く拘らない人なので好きに飾ってもらっているとのことだ。
とても大きな部屋、と言うか区画そのものがサキトの場所で、食事をするのは天井が吹き抜けになっている部屋になる。沢山歩いて辿り着けばサキト自ら出迎えてくれた。
大講堂では遠くてよく見えなかったサキトが嬉しそうにククル達を出迎えてくれる。腰まである長い黒髪はつやつやで、花の飾りをあちこちに散らして高い所で一つに縛っている。瞳は深い青色できらきらしていてとても綺麗。身長はククルより少し高いくらいでヨーロスやリリカより低い。今は自分の部屋にいるから白いラフな衣装になっていて、形はワンピースみたいなゆったりしたものだ。
「いらっしゃい、ククル。今日も可愛いね。ヨーロスとリリカも久しぶりだね、二人は沢山食べてくれるから食事に誘うのが楽しいよ」
ククルの額にキスしたサキトがふわりと微笑んで三人を連れてテーブルに着く。動く姿と声になれていない人は魅了される綺麗さだ。
ヨーロスとリリカは何度も会っているので耐性があるけど、慣れるまでに結構大変だったとククルに小さく愚痴った程だ。
「お昼ご飯に誘ってくれてありがとね、サキト。でもね、僕、ロクトのお弁当があるの」
「もちろん知ってるしそれがお目当てなんだよ。それにね、朝一緒に来ていたでしょう?折角来たのだから声くらいかけてくれれば良いのにつれない兄様だよね。だから、呼んじゃった」
「へ?」
テーブルに着いて、ご飯の前にククルにはお弁当があるのだと告げればサキトが企む綺麗な微笑みで部屋の奥をちらりと見る。
すると、隣の部屋からロクトがエプロン姿で出てきた。両手にはトレイを抱えていて、ほかほかの湯気が出る料理を運んでくる。
「あれ、ロクトだ。えーと、サキトに呼ばれたの?」
「呼ばれたんだよ、目敏いんだからよサキトは。ヨーロスとリリカも来るって言うから山ほど作ったぜ。腹一杯食ってけよ。ククルも暖かい方を腹一杯食えよ」
手際よく運んできた料理をテーブルに乗せるロクトにヨーロスとリリカが手伝いを申し出るがさり気なく断られている。二人とも手伝いなんてすることがないからで、ククルは最初から手伝うつもりはない。絶対に転ぶからだ。
「でもお弁当もあるんだよ。折角作ってもらったのに、もったいないよ」
「お弁当は私が食べるよ。可愛いよね、小さな箱に詰められてる食事って良いよね」
サキトがにっこりと微笑んで手を出してくるから素直にククルのお弁当を渡す。本当にお弁当が目当てだったみたいだ。でも目の前にはロクトが作ったできたての食事があるのに、それでもお弁当が良いらしい。不思議だ。
「弁当が珍しいんだろうよ、サキトが弁当持って出かけるなんてないだろうしな」
「そうかあ。ロクトのお弁当、美味しいものね」
用意を終えたロクトもエプロンを脱いでククルの隣に座る。
大きなテーブルは本当に食事で山盛りになっていて美味しそうだ。ヨーロスとリリカは食べ盛りだし、普通の人よりも沢山食べるから顔を輝かせていただきますだ。

学院の昼休みはちょっと多めで、それは昼休みに自習時間も加わっているからだ。なのでククルはゆっくりご飯を食べられて昼寝までできる嬉しい時間となる。
サキトの部屋でお腹いっぱい食べたククルはさっそく眠たくなっている。ヨーロスとリリカは折角だからとサキトと一緒に魔方陣の勉強をしていている。数名のサキト付き魔導師も勉強に加わって、とても真剣で真面目だなあと船をこぐククルは思う。そんなククルを抱えてソファに座るロクトはにんまり顔で魔力をククルに注いでいる。至福の時間だ。
「本当に好きだよねえ兄様。気持ちは分かるけれどね」
「ふふん、いいだろー」
この魔力を注ぐ行為はロクトが神様だからできるのではなく、ククルの体質が特殊で、ロクトと契約を結んだ主だからできることだ。

数百年に一度、そんな途方もない確立であらわれる極希な体質、魔力の上限のない人がククルだ。上限がないと言うのは魔力をいくらでも溜められるけど、同時に満杯になることもないある意味やっかいな体質でもある。
例えばリリカであれば持っている魔力がかなり多いが上限はあるし、使い切っても数日待てば回復する。人それぞれ持つ魔力の大きさは違っても必ず上限があり、その範囲内で魔力を使うのだが、ククルにはない。
「相変わらず幸せそうな顔してるよね、ロクトさん。ククルに魔力をあげるのってククルがロクトさんの主だからだよね?」
あんまりにもロクトが幸せそうな顔をしているのでついつい勉強を中断してリリカが声を掛ける。
「半分あってけど半分違うな。確かにククルは俺がこの世界にいる為の主だけど魔力はまた別な。ククルの体質と、主であることが加わってはじめてできるんだぜ。そう言やサキトは代々好きなの選んで主にしてるんだったな」
「ちょっと、嫌な言い方しないで兄様。確かに好きな人を選んではいるけれど、私が好きなのはあくまで魔力なのだからね、人柄じゃないよ」
「そう全力で否定すんなって・・・気持ちは分かるけどな」
主とは違う世界の住人である神をこの世界に繋いでおく契約者のことだ。ただし、契約をして主になっても特に得るものはないし生活も特に変わらない。共に生きる人が一人増えるだけだ。
サキトの場合は代々ゼイレイの王族の中から魔力の好みで主を選んでいる。今の主はロクトが言うとおり、魔力と質に申し分はないが、少々性格と言うか好みに問題のある主だ。
「ああ、サキトさんの主はヴェーザ殿下だったな。そう言えば今日はこないな、ククルがいるのに」
「ヨーロス、言っちゃ駄目だよ教えてないのだから。ヴェーザが来たらククルが休めなくなっちゃうでしょうし君たちの教育にも悪いでしょう?」
「そう言い切られるのも気の毒だよね殿下。立派な人なのに。変態っぽいけどさ」
散々な言われようだが事実だ。
そして、こんな風に話をしていると当然ながら問題の人を引き寄せてしまう訳で。
「俺の話をしていたな、サキト。おお、ロクトも来ていたのか・・・どうしてククルがいるのに俺を呼ばないんだ、また秘密にしたなサキト!」
ざわりとサキトの部屋の入り口が騒がしくなったと思ったら金色に輝く人が入ってきた。
話題の主、ゼイレイの第一王子であるヴェーザだ。
白と漆黒の礼服を纏う大柄で、金色に輝く髪と瞳を持つ派手な人だ。容姿も良くサキトと並ぶと何も知らない人々はうっとりするのだが、中身はちょっとアレだ。なぜならば、既に成人を越えて暫く経っているのにククルに求婚しているのだ。それも正式なもので、会う度に花束を持って膝を折って求婚していて、ククルに出会って割と直ぐに真面目に恋に落ちたのだと小さな少年をぱくりと食べる勢いである。
今も片手には派手な花束と求婚のルールである立会人の部下を数名引き連れている。秘密にしていたのに準備が良いと思うのは間違いだ。ヴェーザはいつでも花束を持ち、立会人の部下を、と言うか部下に立会人の資格を取らせて連れ歩いている。
「ほら来ちゃったじゃない。駄目だよヴェーザ、ククルはお昼寝中なのだからね」
「ちっ、だったら俺を昼食に呼べば良いんだ。ロクトの楽しみは邪魔できんし、つまらん。ちょっと頬突いて良いか?」
「駄目に決まってんだろ」
ヴェーザがいるとそれだけで部屋全体に華やかさが増す。そんな人だがロクトに抱えられてお昼寝中のククルを突こうとして蹴られてサキトには呆れられている。
ヴェーザ本人はとても優秀ではあるけど子供のククルに本気で手を出そうとしている時点でいろいろとアレな感じがしてしまうのだ。
「・・・うらやましいなロクト。魔力を溜めるにしても溜めたままだろうに何がそんなに楽しいのだ?」
結局ククルに手を出せないヴェーザはそれでも諦めきれずにロクトの前に椅子を王子自ら持ってきて座る。視線はがっちりククルに固定だ。
「あー、そうだな、例えるなアレだ。貯金箱ってあるだろ。あの金貯めるやつ。アレにさ、ちまちま小銭入れて貯めるだろ。んで、ある程度貯まるとうっとりするだろ。しないか?」
ククルを抱えたままのロクトがうっとりと語るが全員で首を横に振る。
残念ながらこの場に小銭を貯めるタイプの人もいなければ、そもそも全員が高位だったり大金持ちだったりするから貯金箱も持っていない。
「ロクトさん、その理屈だとククルから魔力を取り出せない時点で例えにはならないと思うが?」
「貯めるだけなんでしょ?」
けれど意味は分かるので、ヴェーザが来たことで本格的に勉強どころじゃなくなったリリカとヨーロスも会話に参加する。
「分かってねーなお前ら。こうな、魔力がどんどん貯まっていって、くーって感じのになるのがな」
「兄様、人には分からない感覚になるみたいだよ、魔力の質と言うものは。私達にはうっとりするものだけれど、人にはない感覚だから」
サキトも加わって魔力の質の話になるがこれは神にだけ分かるもので人間にはさっぱりだ。そして、溜めるたけ溜めてうっとりするのであれば。
「貯金箱の例えになるのだろう。眠るククルは可愛らしいな」
「最後の一言がなければ良い男なのにねえ、ヴェーザ」
この話をしている間もロクトの魔力はククルに注がれている。その量は膨大で、リリカの全魔力を軽く越える。
けれどククルに上限はないから魔力はそのままククルの内に溜まり、外に漏れることもなければ膨大な魔力を抱えている様にも見えない。通常であれば魔力を持つ量が多ければそれなりに分かるものだけどククルにはそれがない。
だからククルは一般的に魔力の保持量は普通だとされている。
「・・・んぅ、んー。おはようロクト。あれ、ヴェーザがいるよ?」
周りでがやがやと話していれば気持ち良く眠っていたククルの目も覚める。もぞもぞとロクトの腕の中で動いてぼんやりと目を開ければ周りをみんなに囲まれている。
そして、ククルの正面にはヴェーザが輝く笑顔で膝をついている。もちろん花束を差し出した格好でだ。
「おはようククル。愛している、この花束を受け取ってくれ。そして俺とけっ、痛いぞロクト、蹴るなんて酷いじゃないか」
会う度に挨拶と一緒に求婚してくるヴェーザにすっかりククルは慣れている。そしてロクトはヴェーザの言葉の途中で長い足で蹴りを入れて強制終了させる。ククルをきっちり抱えなおして、差し出された花束は溜息混じりでサキトが取り上げた。
「やかましいわ変態。だいたい結婚可能年齢にゃククルはまだ早い。王族だって十六歳からだろうが」
ゼイレイでは王族のみ十六歳からの婚姻が可能となっている。これは政略結婚やその他諸事情からで、普通は十八歳からだ。
「十六歳はまだ遠いよねえ・・・あと三年かあ」
「ククルは十八歳からだろ。ヨーロス、持ってってくれ。俺とサキトでこの阿呆に説教だ。だいたいこの前も懲りずに夜這いしやがって、後ろのお前らもだ、部下なら阿呆な上司の奇行をきっちり止めろ!」
ロクトが抱えたままのククルをヨーロスに引き渡すとさっさと学院に戻れと追いやって、ヴェーザの背後にいる騎士や魔導師達を睨む。
「僕まだヴェーザとお話してないよ。この前の夜以来だもの」
「だった二日前だ!ほら、もう昼休みが終わっちまうぞ。ククルは戻る。ちゃんと遊んでくるんだぞ」
「だからね、僕はお勉強しに行くんだよ。午後は魔道具学なんだよ」
ヨーロスもしっかりとククルと手を繋いで連れ出す用意は万端だ。でもまだククルはヴェーザと話していない。
ロクトがいるといつもこうだ。ロクトを憎いとは欠片も思わないけど、ククルにとってヴェーザは嫌いな人じゃない。天秤に掛ければかなり好きな方に傾く人だ。
だからヨーロスと一度手を離して殿下なのにロクトに蹴られたまま床に直接座っているヴェーザの所に行く。座っているヴェーザと立っているククルはそんなに身長差がない。それだけヴェーザは大きな人なのだ。
「ごめんねヴェーザ、お腹痛くない?」
「全然痛くないがククルがキスしてくれればさらに痛くなくなるぞ」
ヴェーザの前に立てば嬉しそうに微笑まれて軽く抱きしめられる。いつも良い匂いのするヴェーザは近くで見るとかなり格好良い人だ。
「キス?えーとね、じゃあ行ってきますのキスでいい?」
「ああ、午後も楽しく学んで来るんだぞ」
会う度に花束付きで求婚してくるヴェーザだけど、決して無理強いすることはない。出会った時からとても優しくて、ロクトとは違う意味でククルの全てを見守ってくれるし協力も惜しまない。今もこれから学院に戻るククルを引き留める事はない。
キスを求めるのはヴェーザだから、で意味もなく納得してしまうけど。
ロクトもヴェーザが無理強いしないと分かっているから怒るけど止めはしない。にこにことククルを見つめるヴェーザの額にちゅ、とキスをすれば頬に返されて抱擁を解かれた。少し寂しい。

午後の授業はオヤツの時間に終わる。でも本当の意味での勉強の時間はこれからだ。
生徒達のほとんどはこれからそれぞれの学ぶ学問や武道の師の元へ通う。全員ではないが、ほとんどの生徒は学院が終わってからも忙しく学ぶ時間を取る。
このほとんど、の生徒に含まれないのは神様を保護者に持ち、魔道魔方陣ならば既に国内でも上の方になるククルや、同じく既に自分が師になれるヨーロスに、ちゃっかりククルの住む図書蔵で日替わり先生を捕まえては勝手に学ぶリリカは例外だ。
そんな訳で放課後は早い時間で、城下町に並ぶ露店で買い食いをしたりロクトのオヤツに頬を緩ませたりの三人だ。
今日はサキトに捕まっているから帰りが夕食前になるとロクトからの伝言があったので買い食いをする日になった。

王都の大通り。露天の数も多く、三人が歩くのはその中でも子供向け、安価の菓子が多い通りだ。
周りには同年代の子供が多く、ちらほらとローブ姿も見える。
「って言うかククルから聞いてるけどヴェーザ殿下、三日おきに夜這いしてるじゃない。偶にはちゃんと昼間に会えばロクトさんだって怒らないんじゃないのかなあって僕は思うんだよね。言っても無駄だろうけどさ」
片手に生クリームたっぷりのクレープを持ったリリカが昼間の騒動を思い返して笑えば、ククルの魔導書を片手に抱えたヨーロスが肩を落として溜息も落とす。 片手には果物を飴でくるんでいくつか串にさした菓子を持っていて、これはクレープよりも甘いものだ。
「前に遭遇したことがあったが、普通の通りであの一団と花束つきだったぞ。騒ぎになるのが目に見えているから夜にしているんだろうと、思いたい」
「えー、ちょっと遠くから見たかったなそれ」
「遠くからだったら面白い・・・いや、すまん」
ククルはそんな二人に挟まれて甘い餡がつまったパンにかじりついている。大きいパンは両手で抱えないと食べられないからヨーロスが魔導書を持ってくれている。
「ヴェーザ目立つものね。昼間に出歩くとサキトにも怒られちゃうんだって。でもね、お休みの日にも遊んでるんだよ。今度ね、新しくできたお店に連れて行ってくれるって、約束もしてるんだよ」
「そうなんだ。良かったね」
「うん。楽しみなの」
ふにゃりと笑うククルにリリカもヨーロスも良かったねと言ってくれる。いろいろと問題のありそうなヴェーザとの関係だがククルが嬉しそうならば良いと思ってしまうのだ。そんな力がククルにはある。顔よりも大きなパンにかぶりついている姿も見ていてちょっとほっこりしてしまうのだから面白いと思っているし、やっぱり笑顔が一番だとも二人は思う。
「今日は二人とも、どうするの?訓練なの?」
「いいや、リリカが図書蔵に行くと言うから俺も偶にはと思ってな」
「ちょっと調べ物があるんだよ。お邪魔してもいいかな?」
「うん。ロクトもまだ帰ってないから嬉しいよ。僕も一緒にいても、いい?」
「当たり前に決まってるでしょ」
「ククル、食べきれないなら残りは俺が食うからその辺で止めていいぞ。もてあましているだろう」
「それ僕も気になってたから一口頂戴」
リリカの向かう図書蔵はククルの家の一階で、王都でも一番大きな図書蔵だ。

図書蔵は貸し出し禁止になっている魔導書を納めている、場所は蔵でも造りは小さな宮殿になる。王宮と同じ白と蔵を示す灰色で作られていて、かなりの広さだ。
一階から地下五階までが図書蔵で、地下深くになる毎に魔導書の重要度が上がる。一階には閲覧の為の場所もあるが、この三人はもっぱらククルの家が勉強場所だ。そして、二階にはククルと同じ様に王宮の人達が数名住んでいる。住み着いている、と言う言葉の方が正しい。要するに本の虫、だ。
ロクトとククルがどうして二階に住んでいるかと言えば、立地条件の良さ、だけである。市場と王宮が近かったからロクトが選んだのだ。




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