next will smile...遼太郎の幸せ計画




都内某所。
飲屋街の裏にある小さな店は焼き鳥で有名ながらも、奥まった場所が場所だけに隠れた名店としても有名なのに、なかなかその実態を知る人は少ない。

そんな店に遼太郎は充を連れて来ていた。
隠れた名店とは言っても店は狭くて、あちこちが煤けている。
何より店中に焼き鳥の臭いが染み付いていて、どこを触っても油っぽい気がしないでもないのだが、旨い焼き鳥と、それに加えて冷えた日本酒があるのだから、もう言う事は無い。

「焼き鳥、ネギマが好きなんですよ、俺」
「俺は手羽先が好きー」

にこにこにこ。
顔を見合わせてにっこりと笑って、幸せが沢山。
だって美味しいお酒と焼き鳥と、好きな人が隣にいるから。
何処を見ても幸せが沢山で、とても嬉しい。

どうやら誘いまくったおかげて充から見る遼太郎の評価はあがる一方の様だし、この前はとうとうキスまで進んだ仲で、それ以来キスは何度もしている仲にまでなった。
道のりが長い事は始めに惚れたと告白した時から何となく分かっていた事だから遼太郎は気にしない。
ただ、一日も早く充の全信頼を向けてもらえる様になる為にせっせと餌付けするだけだ。

そう、遼太郎は充を落とす手段として一番はじめに餌付けの方法を選んでいた。
だからこそ、毎日の様に携帯メールを送りまくって飲みに連れ出したりもしたし、雑誌やらインターネットやらで片っ端から美味しい酒を置いてある店を探しまくって、友人にもそれらしい店があったら教えてくれと拝み倒していたのだ。
その血の滲む様な(滲んではいないが)地道な努力の結果が、今、隣でにこにことしながら焼き鳥を頬張って酒を飲んでいる充そのものなのだ。

本当に、長かったと遼太郎はしみじみ自分を褒めてあげたい気持ちになる。
初め、喫茶店で出会った時には本当にかわった人だなぁというくらいの印象しか無くて、どうせ暇になってしまったし社に戻れば戻ったで煩わしい両親や婚約者がいるのだろうからと、出会ったばかりの充をナンパして昼間からやけ酒でも、と思っていた。
けれど、途中で充は倒れてしまって、慌てて自分の部屋にタクシーで連れて帰って初めて、惚れてしまった。
いや、惚れた、という言葉には少々語弊があるのだろう。この気持ちは。
ただ、それでも遼太郎としては充を放ってはおけなかった。

真っ青な顔。
顰められた眉。
見た目よりも随分軽い身体。
それなのにやけに記憶に残る柔らかい雰囲気と、匂い。

遼太郎にとって、充の第一印象よりも今では倒れた充を抱き上げた時の印象が強くなっている。

ふらりと、音を立てずに道に倒れ込んだ軽い身体。
身長差なんてあっても5cmくらいしかないのにドキリとする位に軽かった。
慌てふためいて抱き上げてタクシーを拾ってそのまま自分のマンションに連れ込んで。
ゆっくりと折れそうな身体をベットに押し込んで眼鏡を取って。

しかし、そこでも遼太郎の手は伸びなかった。

真っ青な顔で唸りながら眠っている充の寝顔を見ながら呆れはしたけれど、手は伸びなかった。
希に見る、滅多に居ないストライクゾーンな人だったのに。

そう、ゲイだと自覚して実はそれなりに遊んだ過去も持つ遼太郎のストライクゾーンは充の様な人だ。

柔らかい雰囲気に綺麗な顔。
細い身体とゆっくりとしていてほややんな物腰。
身長は自分より低ければ良いだけで特に注文は無い。
その上で眼鏡をかけていれば文句はなし。
視力の所為で眼鏡を外した途端にぼんやりと焦点の合わない瞳を見つめるととてもドキドキと・・・・・まあ、早い話が欲情するから。

見た感じ、あ、あの人の空気は柔らかそうだな、がストライクゾーンで、その上で綺麗だったり眼鏡をかけていたりすれば、まさにド真ん中。

それなのに、充に手を出そうとは思わなかった。
ただ、俺好みの人が寝てる。 と言う気持ちと、妙に心の中が暖かくなる気持ちだけで、真っ青な顔で眠っている充をしばらくぼんやりと見続けていただけだった。

この人はどんな人なんだろう?どういう顔で笑うんだろう。

ぼんやりと充の寝顔を見ながら想像しては妙にくすぐったい気持ちになんかなったりして、妙に幸せな気持ちだったのは覚えている。
そうして、目覚めた充に食事を与えて、思わず告白してしまったのだけれども、実は言葉に言っているよりも惚れた腫れたの気持ちは穏やかで、別にこのまま暫くは全く手を出さなくても良いかな、なんて思いもあったりする、何とも言えない不思議な気持ちを抱えているのだ。

「充さん、今日の帰りはどうします?泊まっていきます?」
「うーん。明日休みだもんね。泊まっていこうかなぁ」
「是非、そうしてください」

幸せだと思う。
少ない付き合いの中で、何やらいろいろとありそうな感じの充だけれども、今のところ遼太郎に不満は無いし、出来るだけ長くこんな関係が続けばいいと思っている。

酒の酔いでとろんとした瞳を無防備に向けられても遼太郎は表面上にっこりと笑っうだけだ。
だが、内心はちょっとばかりここ最近の禁欲生活の所為で羊の皮が半分ばかり脱げかけてしまっているのだけれども。 それでも、まずは心から。
充の心の全てを知って、貰いたいと贅沢な願いを抱いているから。
そして、それと同じくらいの強さで、自分の、この内に眠る冷え切った魔物の様な心を知って欲しいと願ってしまっているから。
決して叶えられない望みだと分かっている。この人の良い、分厚い皮を被った外見の内にある冷えた激情をいつの日か知って欲しいと願ってしまっている。
まだ名前しか知らない様な人の全てを知って手に入れて、全てをさらけ出して知って欲しいと願ってしまう歪な想い。

「りょーたろ?飲んでる?あー、飲んでないじゃない、ほらぁ、もっと飲んで飲んで!」
「はい。充さんも飲んで下さいね」

笑顔で酒を交わすその内面に何を抱えているのか。
充の、その柔らかい笑顔の下に何を隠しているか。
この、外ヅラの中に何が隠れているのか。

知らない事と知っている事。
その両方を秤にかけて、今日も遼太郎の酒は進みが早い。
もっぱら酔う、と言う事は無い遼太郎だけれども、それでも、急かす心に負けてしまいそうになる時もあり、酒でも飲まないとやってられない。

低俗な本音が充の身体を欲しがって暴れそうで。
掛け値なしの本音では身体も心も何もかも、と暴れそうで。

「やっぱり日本酒はお米だよね!お米以外のお酒はお酒じゃないよね!」
「・・・どういう意味です?」
「だって最近いろんなのがあるじゃない。この前残業中に鍛○譚飲んだんだけど、あれをお酒だなんて酷い話だと思わない?」
「どうして残業中に酒なんですか。しかも鍛高○って結構キツいですし、だいたいアレは日本酒じゃないでしょう?」
「お酒じゃないもん!ただのシソ水だもん!」
「シソ水って・・・・あ、手羽先来ましたよ」

渡された皿を充に押しつけて、遼太郎はひっそりの心の中の獣と魔物を押さえつけてにっこりと充に向かって微笑みかける。
そうすると充もほんのりと目尻を染めて微笑みを返してくれて、その暖かさに押さえつけていた物達が惚けた様に鎮まって、やっと息を吐く事が出来る様になる。

「今日の帰りはどうします?泊まります?俺ねぇ、新しいパジャマ仕入れたんですよ。可愛いんですよ」
「どーして可愛いのを仕入れるのさ。んーでも帰るの面倒だから泊まろうかなぁ。ああ!遼太郎、飲んでない!」

ぐい、一升瓶を突き付けられて、仕方なしにグラスに注いでもらってグラスを空けて。
2人だけなのに、1人で賑やかな充を眺めつつ、遼太郎は小さく溜息を落とした。

出来る事ならば。いつの日か全てを。
そう、願いながら、想いながら。





※たんたかたんはシソ味の焼酎です。好きな方多いです・・・・私は苦手ですごめんなさい(だって本当にシソの味しかしな・・・)
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