next will smile

02.07...ぬくもり




こうやって、遼太郎の顔を間近に見つめるなんて事は今までただの一度も無い。
寝顔ですら無かった。
何度も遼太郎の部屋に泊まりに行っているくせに、いつもいつも、寝るのも充の方が先で、起きるのは遼太郎の方が先。
遼太郎の寝顔なんて見た事が無かった。

だから、充は興味津々で酔っぱらった挙げ句に眠りこけている遼太郎の顔を眺めてみる。

近くから見ても整った顔と言うのは整っているんだなぁ、と言う奇妙な感想で、じぃーっと、穴が空く程に見つめてみる。

眉は男らしくきりりとしている癖に閉じられた瞼にあるまつげは驚く程長い。
すぴ、とたまに鳴る鼻は高い訳ではないけれど形は良い。
その下にある唇は少々大きい感じで、ぷに、とつまんだら掴み心地が良さそうだ。

ぺたぺたと遼太郎の顔のあちこちに触りつつ、たまにさらさらの髪の毛も触って、充はふふふと微笑みながらしばらく遼太郎をいじくって遊んでいた。

なんだかとてーも良い気分。
いつもは格好良くて男らしくて弱点なんて無さそうな遼太郎なのに、酔っぱらって訳の分からない事を言ってそのまま寝こけてしまっているなんて。
とても、とても、楽しいじゃないか。

遼太郎が寝てしまっている事ですっかり静かになった個室で充は自分の杯に残りの酒を足して口に含んだ。

膝の上にある暖かい温度と重み。
そういえば膝枕はしてもらった事はあるけど、してあげた事はなかったよなぁ、なんて思いながらちょっと一人でつまんなくなってきて、ゆさゆさと遼太郎の頭を揺さぶってみる。

早く起きてくれないかな。でも面白いからもう少し寝てていいよ。

全く違う思いが充の中で右往左往してて、それもまた面白く感じてしまっている。
天使と悪魔が言い争い。ではなくて、悪魔と悪魔が相談事、の様な充の中身だからもちろん遼太郎の心配よりも悪戯をしたいと言う気持ちの方が強いのだ。

けれど、あんまりにも気持ち良さそうに眠る遼太郎に、充は微笑みながらずっと遼太郎の髪の毛やら顔をいじくっては一人くすくすと笑っていた。

そんな遼太郎だが、さすがに一晩眠るなんて事はなく。
充がぺたぺたと遠慮なく触りまくっていると少し眉間にしわを寄せて、ゆっくりと目を開いた。

「・・・ん?充、さん?」
「はぁい。起きた?」

うっすらと開いた瞳に充はにっこりと微笑んでそっと遼太郎の髪の毛を撫でてあげた。
すると遼太郎はパッと目を開くものの、今ひとつ身体に力が入らない様で、何度も何度もまばたきをしながら覗き込んでくる充をじっと見つめて、それから、ぽぽん、と赤面してしまった。

「遼太郎?」

今までに見た事のない変化にきょとんとする充に遼太郎は赤面したまま両手で顔を覆って、小さな声を出す。

「・・・すいませんでした」

酔いの所為もあってか身体が動かないのだろう。
しおらしい声で謝ってくる遼太郎に充は微笑んだまま、顔を覆った遼太郎の手の上に自分の手を乗せた。

「いーよ。楽しかったし」
「・・・楽しかったのなら腑に落ちないけど良かったです。でも、その前もつまらない事で騒いだりして、すいませんでした」
「ん?」

手のひらに覆われていて、くぐもった遼太郎の声。
聞き取りにくいからと充が耳を近付ければ、顔を覆った手からは再度遼太郎の小さな声が聞こえてくる。

「ちょっと嫉妬しちゃいました。充さん、会社に泊まるなんて言うから、俺、心配になっちゃって」

小さな、聞き取りにくい声は本気で充の事を心配していた声で、何で心配なんてするのかなぁ?と全く分かっていない充としては反論するよりも、呆れてしまう。

「だからぁ、そもそもそこがおかしいんだってば。俺相手にどうこうできる人なんていないよ?俺こう見えても強いんだよ?」

えへんとわざとらしく胸を張って笑う充に、それでも遼太郎の表情は険しいままで、眉間に皺が寄ってしまっている。
何をそんなに妙な心配をしているんだろうと、自分の容姿に全く頓着の無い充は内心首を傾げつつ呆れているのだが、見た事の無い遼太郎の姿にちょっとばかし楽しいのもまた事実。

「りょーたろ。何でいきなりそんな事言ったのさ?」

これはちょっとばかり苛めがいがあるかも、と内心ほくそえんだ充はふふふと笑いながら顔を覆っている遼太郎の手を突く。
つんつんと突きながら、酒の酔いもあって充は非常にご機嫌だ。
けれど、遼太郎は充の問いには答えずに、小さなうなり声を挙げて、暫く沈黙してしまっている。

「遼太郎?」

どうしたどうした?とばかりに遼太郎の手を突いている充だが、流石に遼太郎の沈黙が重くて、心配気に声を掛けてしまう。
だって遼太郎は何時だって優しくて暖かくて格好良いから、本当は遼太郎を苛めるなんて充には出来ないのだ。
これはひょっとして怒らせちゃったかな、とだんだん不安になってきた充に、遼太郎はようやく顔を覆っていた手をどけて、じっと、真剣な目で充を見つめてきた。
それは、驚く程に真剣な色で、冗談なんて言える雰囲気では無かった。

「好きです」

真剣な瞳。真剣な表情。頭こそ充の膝の上だが、それでも遼太郎は真剣だった。

「好きです。俺、充さんの事、すごく好きです」

ハッキリと言っている癖に、声は囁き声で聞き取りやすく、けれど恥ずかしい感じ。
一瞬、言葉の意味が理解出来なかった充だけれども、だんだん遼太郎の言葉の意味を理解して、じわじわと頬が、顔全体が赤くなっていくのが分かる。

「俺は、貴方の事がとても好きです。何がどう好きって言われるとどう説明していいか分からなくなるけど、分からなくなるくらいに、貴方が好きです」
「ちょ・・・な、何もこんな所で言わなくても・・・」

今まで、最初に出会った日に惚れたと言われたっきりなのだ。
突然真剣に告白をされても充はただ焦る事しか出来ない。
今まで何も言わなかったくせに、何で突然言うのか。
恥ずかしくて、やけに自分の心臓の音が煩くて、どきどきと鳴っている心臓を必死に押さえながら充は遼太郎から視線を離せない。

「だってもう限界なんです。本当は、充さんの警戒心がなくなるまで、せめてもうちょっと充さんの事が分かるまでってずっと我慢してたんですけど、でも、もう限界なんです」

切々と、訴える様に言葉を続ける遼太郎。
何で今なのか。何故そんなにも真剣なのか。
充にはその辺の遼太郎の気持は全く分からないし理解も出来ないけれど、遼太郎の事を好きだと自覚しているからこそ、遼太郎の言葉が重くて、恥ずかしくて。

「俺も充さんも、まだまだお互いの事なんて何も知らないし、俺はまだ充さんが何を好きで何を嫌いかなんて酒と肴の事くらいしか知りません。充さんも俺の事知らないだろうし、そんな関係で先に進むのはマズいって思って、俺、ずっと我慢してたんです。前に口説かせてもらうって言ったけど、でも、俺、充さんの事が好きなのに、同じくらい大切に思う様になって、誰よりも傷つけたくなくて・・・・・」

ただ、その言葉が嬉しいと思ってしまう。

「りょ、たろ・・・」
「おかしいですよね。まだ出会ってそんなに経ってないのに。笑って下さい」

ようやく笑みを浮かべた遼太郎は未だ充の膝の上に頭を置いている状態だ。
けれど、そこから移動せずに両手を伸ばして、そっと、充の顔に触れてきた。
充の細い指に比べて遼太郎の指は明らかに太くて、けれど長い。
酒の酔いもあるのだろうけれど、充の頬に触れた指先は暖かかった。
その暖かさに触発されたのか、遼太郎の言葉に、心に、触発されたのか。
ほんの少しだけ、充の涙腺が緩くなってしまった。

「俺、そんなに遼太郎に惚れて貰える様な人間じゃないよ」

押さえきれずに漏らしてしまった充の言葉は小さくて、悲しい響きを持っている。
自分を悪く言うつもりなんて、意外に図太い充には無い。
けれど、どうしても漏らしてしまった言葉は充にとっては心底思っている、思い込まざるを得ない言葉。

「何を言ってるんですか。俺は充さんに惚れたって言ったでしょう?別に充さんに何をしてもらおうとか何て考えた事なんて無いし、すごいとか、すごく無いとか、貰えるとか貰えないとかなんて考えた事もありません」

思わず漏れた言葉に遼太郎は笑顔を消して、また真剣な表情に戻ってしまった。
そうして、充の頬に触れた指先をゆっくりと移動させて酔いで赤くなった、今は涙の浮かぶ目尻に持って行った。

「だって」
「何です?」

もごもごと言いづらそうにする充に遼太郎が返事を求めれば、緩んだ涙腺はあっと言う間に崩壊しかけて、押さえきれない涙がぽろりと、音を立てそうな大きさで落ちてしまう。
それに慌てたのは遼太郎だ。
充を泣かせる気持なんて全く無いのだから、泣かれてしまっては何だか遼太郎が充が虐めている様になってしまう。

「分かりました。充さんに嫌な思いをさせたくないので、この話はここで終わりにします。けれど、」

充の反応はどう見ても嫌い、と言われる反応ではないから、と。遼太郎は言葉を続けた。

「充さん、俺は貴方の事がとても好きです。何がどう好きって言われるとどう説明していいか分からなくなるけど、分からなくなるくらいに、貴方が好きです」

今まで言わなかったけれど、と付け足して遼太郎はまたにっこりと優しい笑みを浮かべて充の頬をそっと撫でた。

「りょ、たろ」

触れてくれる遼太郎の手の暖かさに、さらに充の涙腺は弱くなってしまって。

「好きです。俺は、充さんの事が好きなんです」
「で、でも、俺は」

遼太郎の事が好き。それは本当の気持。だけど、こんなに真剣に見つめられて告白されて、俺も遼太郎の事が好き、なんて、恥ずかしすぎて言えないし、何より、そんな価値のある人間なんかじゃない。
何時だって1人きりだった。永遠に1人。そう思い込んで、思わざるを得なくて、思い込んで。
だから、充には遼太郎の気持に答えるなんて、出来っこない。

好きだと思って。好きだと言われても、充にはその気持を先に進める方法を知らないのだから。

「今は返事は求めません。俺の気持だけ知っていて下さい。俺は充さんの笑顔を見て勝手に自惚れてますから。だから、キス、してもいいですか?」

もう普段通りの遼太郎に戻ってしまって、にこにこと微笑みを浮かべながら充の頬に当てた手に少しだけ力を込めた。
充も、どうしても抗う気になれなくて、そのまま遼太郎に近付いてしまう。

「何でそこでキスになるのさ」
「良い雰囲気じゃないですか。これでも精一杯理性を押さえてるんですよ」
「うそつき」
「嘘じゃありません。充さんの笑顔とか、すねた顔とか怒った顔とか、もう、ものすごくやばいんですから」
「・・・でも、ここ、お店だし」
「個室だから大丈夫です」

顔を近付けて、言いきって。遼太郎がにっこりと、それはもう笑顔満面、と言われる笑顔を浮かべて近付いて来た充に催促をかける。
もう、吐息も触れそうな距離。

「好きです。誰よりも。こんなに好きになるなんて思っていませんでした」
「あ・・・その・・・」
「今は返事はいりません。よく考えて、俺が側に居ても良いって思うんだったら、その時に返事を下さい」

ずっと後でも良いんです、と小さな小さな囁き声で呟かれて、もうその吐息が唇に触れる距離になっても、充は何故だか遼太郎から離れなくちゃとは思えなかった。
ただ、遼太郎の手が温かくて、声が優しくて、笑顔に見惚れてしまって。

もう、何も言えなくて、遼太郎に引き寄せられるままに、ゆっくりと笑みの形をしている唇にそっと唇が重ねられた。











ひとまずvol2.充編はここまでですー。
次回より颯也と綾宏、そして遼太郎も一緒になってのごちゃごちゃに戻ります〜。

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