そろそろ空気もぬるくなってきて、ようやく季節が変わる。
日中はだいぶ暖かくて、けれど朝晩は冷えて、なかなか春には遠い。
そんな冷える朝夕、の夕の方。冷える空気の中で久々にハルは思い出した。
そういや、ばーさまに甘酒を作ってもらって、アレが中々良かったんだよなぁ、と。
最近は簡単に作れるらしいし、久々に味わってみたい懐かしの味。
むふ。と笑んだハルはいそいそと仕事途中の机から離れて、財布一つで外に出た。
そんなわけで。
古ぼけたキッチンでことことと酒粕を煮る。
熱燗も好きだけれども、酒は酒。
甘い物だって好きなハルだから今から出来上がりが楽しみだ。
鼻歌まじりで鍋をかきまぜれば、足下に飼い猫その1、シロがすり寄ってきた。
ついでに、なぜか背中には同居人のガイルがへばりついてくる。
「甘い匂いがするぞ?なんだそれは?」
ガイルには良く分からない物だろう。
確かに甘酒があるのはこの国だけだろうし、見るからに洋風なガイルの世界にあったなんて想像もできない。
「甘酒ってゆー酒の一種。甘いけど旨いぞ?」
すっかり背中に貼り付かれる感触にも慣れて、何となく安心してしまう。
「・・・酒か。不思議な色だな」
「まー、でもほら、濁り酒も一緒だろ?」
「そういえばそうであったな」
ふむ、とハルの背中でうなずくガイルがなんだか可愛いなぁと思ってしまう。
すっかりこいつとの共同生活にも慣れ、気持ちはすっかり熟年夫婦な感じだ。
「ほい、できあがりー。ほら、どけってシロ、ふんづけるぞ。ガイルも邪魔。蹴飛ばすぞ」
「微妙に猫より扱いがひどくはないか?」
「気のせい気のせい」
猫とガイルを押しのけながら器を取って盛り付けて、と言っても甘酒を湯呑に入れて生姜を擦った物を垂らせばおっけー。
お手軽だ。
つまみはどうしようかなーとキッチンを見渡せば、すでにハルの相棒となっているガイルがつまみを探し出している。
「よし、飲むか。一応熱燗もあるぜ?」
熱燗は意外と日本酒好きなガイルの物だ。
「いや、折角だから甘酒と言う物を飲んでみよう」
「そっか?じゃガイルのも」
もうひとつ用意して。ほわりと香る、まったりと甘い匂いは甘酒独特の物で旨そうだ。
出来たばかりの甘酒とつまみ、それに熱燗を持ってリビングに移動すれば、冬用にとだだっ広いリビングにはソファとテーブルの隣に炬燵がある。この冬、あんまり寒くて無理矢理設置したやつだ。
日本人ならば冬は炬燵にみかんが標準装備!
いそいそと炬燵に潜れば足にふにゃ、と柔らかい毛玉の感触。先客が居る。
飼い猫その2と3のクロとチャが狭い炬燵の中でぐてん、と伸びていて、。邪魔だなぁとそろそろ足を伸ばせば、けれど大ざっぱなハルだからちょっぴり強めな、ぐにゅ、と言う感触がして。
「ふぎゃ!」
こたつの中から抗議の声が聞こえてきた。
「ごめんって、悪かったから俺の足を食うなよ!」
仕返しなのだろう。ハルの足に少し痛みがあって、両手を炬燵に突っ込んで犯人を引きずり出す。
ほかほかに暖まって出てきた毛玉は黒。クロが恨めしい目でハルを見上げてきた。
「ふん。毛皮着てるのに炬燵になんて潜ってるからだ」
「にゃ!」
どうやら炬燵から無理矢理出された事が不満らしい。小さな口で文句らしき鳴き声を呟いているが、そんな事を気にするハルでは無い。
クロを放り投げてもう一度両手を炬燵に突っ込む。炬燵の中でハルの足にじゃれついてきたチャを引っ張り出して、また放り投げる。けれどリビングは寒くて、猫達はすぐに炬燵に潜ってしまった。何時の間にやらシロまで炬燵に潜って満員御礼だ。
「足がのばせねぇ」
むーと頬を膨らませるハルにガイルが肩を竦めて猫を取り出した。何故か飼い主であるハルよりガイルの方が猫達に信用されていて、ガイルに出されたのならと、それぞれガイルの膝や炬燵の布団の上で寛ぎだした。
「・・・気にくわねぇ」
「そう言うな。ハルの扱いが乱暴だから猫の信用を無くすのだぞ?」
「ふんっ」
ガイルのあきれた声を聞かずにすでに常備されている猫皿にちょっぴり甘酒を。人間でいえば一口で飲める量だが猫にはちょうど良いだろう。ふんふんと甘酒のにおいにひかれて猫たちがよってくる。
「じゃおれらも飲みますか」
「ああ、そうだな」
向かい合わせて湯呑をこつんとぶつける。こんな飲み会もすでに日常のものだ。
すっかりガイルが側に居る生活は当たり前になっていて、くすぐったく思った記憶は遠い。
「ふむ。甘いが旨いな。不思議な感触だ」
「まー、確かに妙な感触だろうな」
「作ったのに何だか分からんのか?」
「そんな詳しくしらねーし。うまいからいいじゃん」
「まあそうだな」
ひとくち。ふたくち。甘さは程よく生姜の香りが心地良い。
しばらくはそうやって二人で飲んで、気づけば猫まで甘酒をなめていて。
「なんかいいなぁ。こーゆーのも」
ふと笑んだハルにガイルも嬉しそうに微笑んで、なぜかいそいそと場所を移動してハルの隣に潜り込んだ。 |